第四章 文曲星 参 新天地へ
カヲルと休みを一緒にとり、貰った名刺の住所に、次の金曜日には来ておりました。
工場長にはさんざんな文句を言われましたが、そんなものは耳に入りません。
有名な新聞社が私たちを「オモシロイ」といってくれている。
冗談や冷やかしだったとしてもイイ。
今よりも、もう少し視座の高い環境で仕事ができるかもしれない。
そんな小さな期待と大きな不安を抱えながら、私たちは名刺に書かれた場所へと向かいました。
東京、有楽町。
話には聞いていましたが、東京の、日本の経済の、中心地といってもおかしくない場所。
日比谷公園を抜ければ、そこには国会議事堂。
日比谷公園沿いに歩けば、皇居。
一度は聞いたことがある有名な会社の事務所が軒を連ねるこの場所は、私たちにとってはまさに異国の地。
戦後だというのにこの街を歩く人たちは、いかにも「しゃんと」している。
そして、目がチガウ。
それは、自らがこの日本を、世界を、変えていくことに使命を感じているように私には見えたのであります。
一方で私たちの出で立ちといえば、工場で支給された作業着。
少しは違うだろうと糊を利かせ、火熨斗をあててはみましたが、行き交う人たちの着ているモノには到底及びません。
私たちの生きている世界とここは、まったく違うことを服から、コトバから、意識から感じたのでございます。
「清さん…、なんか俺たち場違いじゃねぇか……? エライところに来てしまったんじゃなかろうか……」
いつもなら調子のいいカヲルが怖気づきます。
今にでも泣き出しそうな顔で、震える声で、私にすがり付きます。
ああ、私だってさっきから脚の震えが止まりませんよ。街に喰われているのはあなただけじゃあ、ありません。
そう言いたい気持ちをグッとこらえ、私はいいます。
「カヲル。しゃんとしなさい。まずは背中を伸ばしなさい。舐められたらいけません」
私は、自分でも声が震えているのがわかりました。多分、カヲルも察したと思います。
よりにもよって、叔父様のよくいっていた言葉をいうとは、私も相当取り乱していたのでしょう。
カヲルは両手で自分の両の頬を「バチン」と叩き、「ふぅ」と一息、漏らしました。
「できるじゃあないか。さあ、行こう」
私は、カヲルを見ず、正面を見据えながらに言います。
カヲルの覚悟の体を感じて、私は思います。
私こそが、カヲルに勇気を貰っていると。
***
まるで天衝く建物とはこういったものをいうのでしょう。
名刺に書かれていた場所には、灰褐色の大きな建物。
見上げると首が痛くなるほど、高かったことを覚えております。
「清さん、ここで……、イイんだよな……」
ここでもカヲルは少し、身じろぎます。
私は、唇をキッと噛みしめ、自動ドアに向かいます。
なんとも無機質で冷たいエントランスでしょうか。
私たちは速足でそこを抜けた先にあるエレベータに乗り込みます。
ここから私の人生が大きく変わって行こうとは、まだ微塵にも思っておりませんでした……。
(つづく)




