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幾千の夜と暁を越えて  作者: 白明


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第三章 禄存星 弐 激動の時代と波乱に生きる

「清さんは本当に面倒見のいい人で、多くの人に慕われていたよ」

 カヲルさんは、コーヒーをすすりながら語りはじめた。

 会ったばかりには細く神経質そうな印象を受けた眼は、いまでは目尻が垂れ下がり好々爺の雰囲気が漂う。


「ただ、時代のせいか、本当に大変な思いをしたんだ……。私がはじめて清さんと出会ったのは学生時代。その当時はね。いわゆる戦争の真っただ中。そんな中でも仲間想いでね。本当に明るい人だった……。私の仕事やレイとの出合いだって、清さんのお陰だったんだよ……」

 あんなに神経質で、礼義にうるさかったじいちゃんが仲間想いで、明るい人?

 まったくイメージができない。


 しかし、常に「お前は、一人か? 仲間はいるか?」と問われていたことを思い出す。

 今目の前にいるカヲルさんも、じいちゃんの「仲間」だったのだろうか?


「私と出会うより前に『色々なことがあった』と、酒を飲んだ時によく話をしてくれた……。養子に出されたこと。若いながらに店主になったこと。知合いに騙されて、すべてを失ったこと。でも、学校に通い続けたこと。赤紙が送られてきて、徴兵されたこと。……本当に波乱万丈というにふさわしいよ。戦後に一緒に入った新聞社では、ずば抜けた交渉力で取引先や仲間を作っていったんだ。清さんみたいな人のことを傑物と言うんだろうなぁ……。そして、清さんがいつも自慢気に話をしていた星が、白明くん、君なんだな……。本当にこうして会えてよかったよ……」


 え? ちょ、ちょっと待って。

 確かに養子になったのは知っていたが、店主? 学校に通っているときに徴兵?

 戦争の話しは少し聞いたことがあるが、新聞社での仕事は、まったく聞いたことがない。

 情報量が多すぎて、あたまが混乱する。


 そして星? 私が星? じいちゃんは一体カヲルさんに何を話していたのだろうか?


「差支えなければ、私にも祖父がどういった人生を送ったか、教えてくれますか? 実は、サイドワークで私、作家をやっているんです。今回、祖父の遺品整理をしていて、いろいろなものが出てきたんですよ。私、本当に祖父のことが大好きで、どうにかして祖父の生きた証みたいなものを残したいんです。お会いして間もないのに、こんなことをお願いするのは失礼なのはわかっています。話せることで構いませんので、どうかよろしくおねがいします!」


 傍らで聞いていても不躾なお願いである。

 普通だったら、三顧の礼をもってしても難しいお願いであるにも関わらず、初対面でここまで言い放ってしまうとは。

 自らの厚かましさに自嘲するも、好奇心と熱意が溢れる。


 じいちゃんを深く知っている人に会えた。

 それだけでなくカヲルさんは多分、じいちゃんの親友だ。

 できうる限り話を聞きたい。


 じいちゃんをもっと理解したい。

 心から思ったことをストレートに伝えた。


「まったく……。熱量と頑固さは、清さん譲りというワケか……。君を見ていると、本当にあの頃の清さんを見ているようだよ。そして……、作家といったか? なんとも因果なもんだよ。今の君を清さんが見たら何と言うか……」

 カヲルさんは腕を組み困ったような仕草をしているが、その顔が全く困っていない。

 むしろ悪巧みをする少年のような表情が、目の前にいる九十前半の老人の顔に浮かんでいる。


 この人はいま、心から楽しんでいる。

 そう私は、確信する。


「好き嫌いは、なにかあるかね? レイ、『おざわ』に上握りを三つ注文しておきなさい。萬壽もまだ一本あっただろう。食事でもしながらあなたもここで、一緒に清さんの昔話をしようじゃないか。そう。あの頃のように……」

 レイさんは、目を瞑り軽く礼をすると、客間から静かに出て行った。


「さて。白明くん、君は清さんの自慢の孫なんだ。イケるくちなんだろ?」

 カヲルさんは右手の人差し指と親指で作った盃を、笑みがこぼれる口元に運んだ。


(つづく)

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