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幾千の夜と暁を越えて  作者: 白明


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第三章 禄存星 壱 無知は罪に似たり

 私は、じいちゃんの友人の家に来ていた。

 じいちゃんの遺品の中から見つけた住所に連絡し、無理矢理にお会いすることを約束したのだ。

 先方のお住まいは意外と近く、自転車で三十分もかからないところにある。


 先日の電話で私は混乱した。

 私の中のじいちゃん像と現実は、全く違ったものであったからだ。

 私の抱いていたじいちゃんは、「意識高く」、「常に学び続け」、「博愛の人」であった。

 それは、じいちゃんが私に、そうあるべきと求めてきたものであったからだ。

 しかし、スマホ越しに聞いたじいちゃんの人生の一部始終は、いとも簡単に私の考えを崩壊させた。


 私はすぐに、お話を聞くためのアポを取った。

 実際に会い、もっとじいちゃんの話を聞きたい。

 まあ、なんとも面倒なヤツである。

 だが、そんなことは知らない。

 私が、じいちゃんから最後に受取った言葉の意味。

 そして、じいちゃんの生きざまのようなものを知りたいと思ったのだから。


 意外にもカヲルさんという方は、サラリと私の提案を受け取ってくれた。

 それは、まるで必然であるかのように。


***


 「流川」と書かれた表札の下のインターフォンを押す。

 日本家屋とは「こういった造り」と表現するに相応しいその家屋は、この家の主の年齢をも表しているのではないかと想像する。


「はい。流川でございます」

 インターフォン越しに聞き覚えのある女性の声がする。


「海野です。今回は、祖父の件でお伺いをしました」

 緊張を隠せない私の声は少し震えていた。


「いらっしゃいませ。お待ちしておりました。どうぞお入りくださいな」


 門扉をそっと押し、敷地内へと足を踏み入れる。

 玄関までは石畳が続いており、それを囲うように緑が生い茂る。

 しっかりと手入れがされた庭の緑が、私の緊張を幾分か和らげる。

 右手には松だろうか? 随分と立派な盆栽が置かれている。

 そういえば、じいちゃんも盆栽が好きだった。

 私の実家には、松と柏の盆栽が置かれていたのを思い出す。

 あれは……、どうなったのだろうか?


 そんな考えを巡らせながら、玄関のチャイムを押す。

 扉の向こうに人の気配があらわれる。


「は~い。お入りくださいな」

 品の良さそうな女性が、開いた扉からちらりと覗く。

 若い時分であれば相当な美貌であったであろうその顔が、軽く引き攣ったのを感じる。

 ……何、だろうか?

 そう感じるも誘われるがまま、私は敷居をまたいだ。


 やはりここもしっかりとした昭和の日本。

 通されたのは八畳ほどの客間だった。

 客間は和室の様相をしており、皮のソファーが一つと、向かい合うように一人掛けの座椅子。間にソファーの珈琲色に合わせたチェストテーブルが鎮座する。

 当時流行していたと聞く、和洋折衷というモノだろうか。

 私は、お手持ちを招き入れてくれた女性に恭しく渡すと、一人掛け勧められた。


「主人もすぐに参ります。お寛ぎなさってください」

 そういうと私は、客間に独り取り残された。この部屋は、なんとも懐かしい匂いがする。

 太陽と畳のニオイに、皮特有の動物的なニオイが絡みつく。

 そうだ。

 じいちゃんの部屋の肩揉み機のニオイだ。

 ここでもじいちゃんの気配を感じるなんて、最近の私はちょっとじいちゃんに入れ込み過ぎだ。


「……! いらっしゃい。はじめまして。 流川カヲルです」

 扉がガチャリと開き、九十歳前後の男性が入ってきた。

 じいちゃんより少し若いのか?

 まるでカマキリのような逆三角形の顔。

 真っ白な頭髪は年齢の割に豊かで、軽くウェーブがかかる。

 細いフレームの眼鏡の奥に覗く、細く神経質そうな眼が印象的だ。


 しかし……、客間に入ってきた時にあの女性と同じく、一瞬の間を持った。

 ……一体、何なのだろうか?



「先日は突然のお電話、本当に申し訳ありません。海野 白明と申します。海野 清の孫にあたります。清の鬼籍の件、ご連絡が遅くなり本当にすみませんでした……」

 私は、慇懃に挨拶をすると軽く頭を下げた。

 カヲルと名乗る老爺は、私から視線をずっと外さない。

 やはり、なにかあるのであろうか……?


「立ち話もなんだ。おかけください。それにしても……。ふむぅ……」

 まただ。

 私の顔を正面から見据え。一切その視線を離さない。

 なんともいえない心持になりながらも、私は一人掛けに腰を下ろす。

 動物的なニオイと、雲に抱きかかえられるような柔らかさが心地いい。


 扉が開き、先ほどの女性が入ってくる。

 お盆に乗せたコーヒーの香りが、鼻腔をくすぐる。


「コーヒーでよかったかな? 白明くんは、砂糖は幾つ入れるのかね。ああ、妻のレイだ。清さんのこともよく知っているんだよ」

 気品がにじみ出るこの女性も、じいちゃんのことを知っているらしい。

 レイさんは、私たちの前にコーヒーを置くと、ソファーに座るカヲルさんの隣に腰を下ろした。


「妻のレイです。清さんには、生前多くお世話になりました。それにしても、清さんがねぇ……。白明さん、でしたっけ……? 本当に驚きましたわ……」

 まただ。レイと名乗るこの女性も私をじっと見つめる。


「そうだろ。お前もそう思うか? 私もここまでとは思っていなかった……」

 たまらず、私は聞く。


「一体、なんでしょうか? 私にも教えてください。今日はいろいろと聞きにきたんです!」

 少し語気が強くなってしまった。だが、私だけ除けものにされているようで気分が悪い。


 カヲルさんとレイさんは、一瞬、ポカンとし、顔を見合わせて大笑いをする。

 まったく。何がおかしいのだ? 私の言動がそんなにおかしかったのであろうか?


「いや、すまん、すまん。自覚があるのかと思っていたんだよ。白明くん、君、若い頃の清さんに生き写しなんだよ」


「は?」


(つづく)

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