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満月休みの最終日。
郷のみんなに見送られて、僕らは四つ葉の郷を出発した。
お餞別には、食べ物と、食べ物と、食べ物と・・・
とにかく、食べ物をたくさん、もらった。
別れ際に母さんホビットは、僕らに一本ずつ、名前入りのスプーンを渡してくれた。
どれも、お日様を反射してまぶしいくらい、ぴかぴかに磨き上げられていた。
「みなさんは、もううちの家族ですから。
旅に疲れたら、いつでも、帰っていらっしゃい。」
帰る場所、かあ。
故郷というなら、僕にとっては、あの森なんだろうけど。
そこへ帰りたいという気持ちは別に起こらない。
けど、この郷には、またいつか、帰ってきたいって思う。
誰かが待っててくれる場所ってのがあるってのも、いいもんだね。
「ああ、そうや、忘れてた。
これ、氷室の二百年前の棚の辺りに落ちてたんやけど。」
そう言って、グランが取り出したのは、ドメニカの手作りのあのスプーンだった。
「あ!それ、オクサンの!
そっか、そんなところに落としてたのか!」
ドメニカはスプーンを指さして叫んだ。
「もしかして、これはお嬢ちゃんの手作りか?
えらいうまいこと、こしらえたあるなあ?」
グランはにこにこと木のスプーンをドメニカに返してあげた。
スプーンを握って、ドメニカは嬉しそうに笑った。
「これ、オクサンには使ってもらえなかったんだけどさ。
後で、オクサンの塚に埋めておくよ!」
そっか。
オクサンとドメニカは仲良しだったからなあ。
オクサンも喜ぶと思うよ。
って、あれ?
確かあのとき、オクサンは、自分のスプーンを持っていたって、言ってなかったっけ?
う、ん?
あれ?
妖精さんがそのスプーンを見つけてくれた、とか・・・
でも、オクサンの使ったのはドメニカのスプーンじゃなかったの?
だとしたら、どのスプーンだったんだ?
「・・・そういや、あの、オークの涙と一緒に落ちてた棒、な?」
グランは思い出したように付け足した。
「あれ、なにやよう分からん物に見えたけどな?」
「それだよ。ほら、いつか僕が、チーズのなかから棒が出てきたって言ったやつ。」
あれは確か、満月休みの前の日だったと思う。
みんな心当たりはないって、適当に聞き流されたけどさ。
「ああ、そんなこともありましたねえ。」
シルワが呑気な相槌をうつ。
「あれな、素材は銀やと思うねん。
ほんでな、大きさからして、あれ、スプーンやないかな?」
「スプーン?あれが?」
「そうだよ。
あれ、オクサンのスプーンだよ。」
ドメニカはこともなげに言い切った。
「妖精さんに見つけてもらったんだ、って、オクサン言ってた。
だから、妖精さんに感謝してるんだ、って。」
「え?
僕、何もしてないけど?」
あれって、チーズのなかから勝手に出てきたんだよ。
何かしたなら、それをチーズのなかに入れておいた人だと思う。
「いや、そのスプーンって、ミールムの持ってきたチーズから出てきたんでしょ?
だからオクサンは、妖精さんが見つけてくれた、って思ったんじゃないっすか?」
「え?いや、ちょっと待って?
そんなの偶然でしょ?
だいたいチーズなんて、手前のやつから順番に持って行っただけだし。」
そんなんで感謝されるってのも、なんか違うと思う。
「まあまあ、いいじゃないっすか。
オクサンは喜んだんだし。」
「いやそら、探し物が見つかったのはよかったけどさ。
それ、全然、僕のおかげじゃないし。
感謝されるようなことじゃないよ。」
「いいんっすよ。感謝なんて、黙って受け取っておけば。
有難うってのは、言ったほうも、言われたほうも、悪い気持ちなんかしないでしょ?」
「は?
いやいやいやいや。
なに、ちょっといい話、みたいにまとめてんの?
お礼を言われるいわれのないことでお礼を言われるなんて、僕、気持ち悪いんだけど。」
隣でシルワがくすくす笑い出した。
「あながちそれも、偶然とばかり言い切れないかもしれませんよ?
妖精のいるパーティには、ときどき、思いがけないラッキーが起こる、って言いますから。」
「い、いやいやいや。
シルワまで、なに、ドリームみたいなこと言ってんの?
それ、ただのおとぎ話だから。
僕べつに、ラッキーをもたらす特殊能力なんてないから。」
ときどきさあ、妖精に過度なドリーム見てる人がいて、困っちゃうよね?
体力もないし、あんまり役に立つ魔法もないし、僕ってただのパーティのお荷物なんだけどさ。
それでも、いるからには、何か不思議な力でもあるんじゃないか、って。
まあ、そう思ってくれようとしてるってのには、有難い、って思うべきなんだろうけど。
普通に考えてさ。
その、スプーンがどこかのチーズに入ってたとして。
順番に食べていったら、いつかは、見つかるはずだったんだよ。
だからさ、あのとき見つかったのは、僕の能力なんかじゃなくて、本当に、たまたま、だと思うね。
「お礼言われて気持ち悪いとか、面倒な人っすね?
いいじゃないっすか。
どういたしまして、って返しときゃ。」
「なにもしてないのに、どういたしまして、もないだろ?」
「相手はしてもらった、って言ってんだから、それでいいでしょ?」
「いやだからそれは、ただの勘違いだ、って。」
「それ、わざわざ言い張ることじゃないでしょ?」
「ああ、はいはいはい。
喧嘩するようなことかいな、まったく。」
面倒くさそうにグランが僕らの間に割って入った。




