39
長閑な草原を僕らは旅していた。
次の目的地は、とりあえず、すぐ近くにあるというもうひとつのホビットの郷。
そこは、四つ葉の郷とは親戚みたいな関係で、互いに行き来もよくしているらしい。
実際に血縁者や、友だちも多いらしくて、ついでにと届け物もたっぷり頼まれた。
まあ、またその郷に着いたら、四つ葉の郷と変わらないくらい、歓待してくれるだろうし。
こんな届け物くらいおやすいご用なんだけどさ。
アイスの巨大化だけは、ほどほどにしておかないとね、と心に決めている。
うん、どんなに喜ばれたってさ。
一日一回だけにしておこう。
家族との再会を果たせたフィオーリは、前以上に明るくて快活なキャラになった。
意味もなく駆け回り、跳ね回っては、笑っている。
なんでそう脈絡もなく笑い出せるのか、僕には不思議で仕方ないけど。
マリエの手を引っ張って、丘に上って。
ふたりで遠くを指さして、なにか話している。
ときどき、マリエはとても幸せそうに笑っていて。
そこは、本当、よかったって、思えるんだけど。
年寄り三人組は、そんな若者ふたりを、なまあったかい目で眺めながら。
のんびり、グランのいれてくれたお茶でもすするとするよ。
フィオーリは、もらってきたスプーンを、首にかけておけるようにグランに加工してもらった。
これで、いつでも持ち歩いていられると喜んでいる。
しっかし、マイスプーンを持ち歩くなんて、食いしん坊のホビットらしいよね。
もっとも、フィオーリにとっては、そのスプーンは、ただの道具じゃない。
ちょっと特別な、お守りみたいなものでもあるんだろうけど。
オクサンにとっても、もしかしたら、スプーンはそういう特別なものだったのかも。
けど、特別なスプーンを持ってるなんて、実は、オクサンは・・・
「オクサンって、やっぱあの郷のホビットだったのかなあ?」
あの畑仕事への情熱は、ホビットらしいと言えば、言えなくもない、かも?
「さあなあ。まあ、確かめる術なんて、ないやろうしなあ。」
グランはずずっとお茶をすすった。
シルワは少し辛そうに眉をひそめた。
「ホビットにとっても同族からオークを出すのは隠したい事実なのでしょうか。」
同族のオークをもっとも忌み嫌うのはエルフ族だ。
彼らは、オーク化した仲間を、郷から外に出さずに始末する。
元エルフのオークというのは、この世にはほぼ存在しないという話だ。
「どっちにしろ、大昔のことやろ?
あのスプーン、三百年前のチーズから出てきたんやし。」
当時の記憶のある人は、流石に今の郷にはいないだろう。
「オクサンは、ずっとあのスプーンを探していたのかなあ。」
だから、三百年前のチーズしか食べなかった。
「さてねえ。
まあ、憶測ばかり話していても、仕方ありませんし・・・」
確かにそうだ。
確かめようのない憶測をいくら並べても、オクサンの身に起きた真実は分からない。
「けど、あのスプーンは、オクサンの、心の種、だったのかもしれませんね。」
心の種。
オークになった者は、人だったころの記憶や心は失ってしまうらしい。
けど、それはこの世から消え失せるわけではなくて。
形を変えて、どこかに残っているらしい。
それがどんな形をしているかは、ひとりひとり違う。
けど、それは、その当人にとって、とても思い入れの深い物の形をしているらしい。
それを総じて、心の種という。
心の種を見つけることのできたオークは、人だったころの心を取り戻すことができるそうだ。
ただ、人の心を取り戻したオークは、自らの罪の重さを思い知り、時に、それに押しつぶされる。
だったら、心なんか取り戻さないほうが、オークにとっては幸せなのかもしれない。
「ドメニカ嬢ちゃんの言うてたオクサンの話、な?
あれ、聞いてたら、オクサンて、心を取り戻してたんかな、て思えるんよね。」
「ふたりでアイスを食べた話ですか?
そうですよね。
心を取り戻していたから、そんなこともできたのかもしれませんね。」
「そうでなかったら、氷室で眠っていたドメニカ嬢ちゃんを、助けたりもせんやろうしなあ。」
「ああ、それなのですけれど・・・」
シルワは何か思いついたようにこっちを見た。
「ドメニカさんをお助けしたのは、ミールム、あなたなのでしょう?」
「え?」
突然、そんなことを言われて僕はびっくりした。
「な、なんで、そんなこと・・・」
「疲れて休んでいたら、オクサンがやってきた。
たしか、ドメニカさんはそうおっしゃいました。
それって、一度はオクサンと別れて、ひとりで戻ろうとしたということでしょう?
けれども、疲れて休みたくなってしまった。
まあ、あの氷室のなかで、冷たいものを食べたりしたら、さぞかし冷えたことでしょうし。」
すごいな、シルワ。
天然ぼんやりだと思ってたけど、ちょっとその見解は改めることにしよう。
「氷室の奥にいたオクサンには、ドメニカさんのそのピンチは分からないはずです。
もしかしたら、もう凍って眠っていたかもしれませんしね。
そのオクサンを起こした人がいる。
それは、ミールム、あなたではありませんか?」
「・・・まあ、確かに・・・」
実際には、オクサンを起こしたんじゃなくて、誰か助けて、って、祈ったんだけど。
「そのためにあなたは、とても大きな犠牲を払ったのではありませんか?」
は?
え?
なんで、そんなことまで分かるの?
「氷室を開いたとき、かすかに、アニマの木の香りを嗅いだ気がするのです。
フェアリーは奇跡を起こすとき、アニマの木の香りをさせるといいます。
あなた、奇跡を起こしたのではありませんか?」
・・・流石、長生きのエルフ族だ。
いろんなこと、知ってるじゃないか。
「フェアリーは自らの実体と引き換えに奇跡を起こすと聞いたことがあります。
けれど、アニマの木から遠く離れて実体を失うのは、命を失うのと同じこと。
それなのに、あなたは、奇跡を起こした。
違いますか?」
「そういや、あのとき、ミールムの姿は見えんかったんや。
ドメニカ嬢ちゃんだけ、ひとり、ぼぅっと立っとった。
そやのに、フィオーリはミールムって呼んだんや。
ほんで、ふ、と見たら、そこにおるやんか!」
くりくりした目でグランはこっちを見て、それから、にっと笑った。
「なんや、あんた、格好ええやんか。
それならそうと、早よ言えばええのに。
黙っとったら分からんこともあるんよ?」
「・・・いいよ、そんなこと言わなくても。
だいたい、助けようとはしたけど、失敗したんだし。
そんなこと知られるほうが格好悪いよ。」
僕はグランから目を逸らせて言った。
「じっさい、僕らを助けてくれたのはオクサンだったんだし。
ドメニカだって、オクサンに助けてもらったって思ってるほうがいいでしょ?」
「だから、黙っててあげたんですか?」
「・・・僕が格好悪いからだよ。」
この話、そろそろ終わりにしたくて、僕は席を立とうとした。
その僕を、シルワの言葉が追いかけてきた。
「ミールム、あなたをもう一度見つけたのは、フィオーリなんでしょう?」
「!!!」
思わず、ぎくり、って声に出して言っちゃったかと思った。
そのくらい驚いた。
「妖精は自分を見つけた者の一部を使って実体化する。
けれど、その相手を失えば、アニマの木に戻って、また霊体になる。
そんな妖精が、長い時間を経て、再び見つけられて実体化する。
そういう古い古い歌を、昔、どこかで聞いた気がします。」
「まじ?そんな歌あるの?
どこからそんなのばれたんだ?」
それって、僕らの種族の秘密、そのものなんだけど。
歌って広めらても、困るんだけど。
僕の反応に、シルワはにこっと笑って首を振った。
「・・・ふふ、嘘、です。
今、わたしが作りました。」
「はあっ?!」
なにそれ?ちょっ、僕のこと、おちょくってるの?
「語るに落ちはったなあ・・・」
って、グラン?ため息つかないで!
「ミールムって、かわいらしいですよね?」
いやだから、ふたりして顔見合わせて、にこにこしないでっ!
「ということは、今のあなたの主は、マリエではなく、フィオーリなのですね?」
「・・・そんなのどっちだっていいじゃない。
どっちみち、あのふたりは、いっつも一緒にいるんだし。」
僕は主からは遠くには行けないんだけどさ。
マリエとフィオーリがそんなに遠くに離れるなんてことは、金輪際、あり得ないだろ?
だったら、どっちが主だって、一緒だよ。
「・・・あなたが、それでよいのであれば、いいのですけどね・・・」
シルワは、なにやら含みのある言い方をする。
まったく、なにを知っているんだろうね、このエルフ族は。
「フィオーリの幸せはマリエの幸せ。
マリエの幸せはフィオーリの幸せ。
だから、僕はどっちだっていいんだ。」
「・・・あなたは?
あなたの幸せは、どこにあるんです?」
「僕?
そんなものはいらない。
妖精さんはさ、幸せになるために生まれてくるんじゃない。
誰かを幸せにするために、生まれてきたんだからさ。」
そうそう。
僕はそもそも、自分が幸せになろうだなんて、思ってないんだから。
「いつか、僕の存在があのふたりにとって邪魔になるってんなら、僕はいつでも消えてあげる。
そのときには、ふたりのために小さな奇跡でも起こすとするよ。」
その覚悟はね、してあるよ。
いつか、そのときになったら・・・
「・・・ミールム・・・」
シルワはなにやら言いたげに僕の名前を呼ぶ。
「それ以上、余計なこと言ったら、絶交する。」
僕はシルワを睨んで宣言する。
僕の真剣な目を見つめて、シルワは口を噤むと、静かに首を振った。
「絶交、て、久しぶりに聞いたなあ。」
能天気な声を上げたのはグランだった。
それに、シルワも僕も一気に脱力した。
それから、わずかに微笑んで、シルワは僕に言った。
「それでもね、これだけは忘れないでください。
わたしは、あなたのことを大切な仲間だと思っています。
あなたにも、幸せになってほしいと、思っています。」
「なになに?
なに、当たり前のこと言うてんのん?
けど、それ、ワタシも混ぜて?」
グランはにこにこと言うと、両方の腕で僕とシルワの肩をぎゅっと抱き寄せた。
「あぶれ者三人、仲良うしよな~。」
「ちょっと!
暑苦しいからやめて!」
「そうですよ。
ドワーフ族の丸太のような腕をかけられたら、わたしの骨なんかぽきりといきますよ。」
左右から上がる悲鳴に、グランはがははと高笑いする。
「まったく、華奢なお人は大変やねえ。
肩組んだだけで、骨折れるとか。
この世は図太ういかな、あかんよ?」
「図太いのは貴方の態度だけでじゅうぶんです。」
シルワはグランの腕から逃げ出すと、ふう、とちょっとわざとらしくため息を吐いた。
「またまた、そんなこと言うて~。
そ~んな細っそい神経してて、よう、旅なんかしてんなあ。」
「おかげさまで。
今のところ無事に続けられておりますが。」
「この先も無事でいたかったら、もうちょっと、逞しゅう、ならんとねえ?」
「逞しいのは、仲間うちにひとり、傑物がおりますから、間に合っております。」
あーあ。
このふたり、言い合いを始めると長いんだ。
まあ、とばっちりを喰わないうちに、逃げておこう、っと。
僕らの旅は、まだまだ続く。
これからも。この先も。
仲間たちは、みんな一癖も二癖もあって、一筋縄ではいかない人ばっかりだけど。
それでも、僕は、この仲間と出会えてよかったって、思ってる。
みんながいつか、それぞれの道を見つけて、幸せになれるといいな、って。
心の底から、そう思ってる。
いやあ、長かったですね。
“あなたの毎日が、歓びと輝きに満ち溢れていますように・・・”
有名なクリスマスソングの一節をお借りして、今回はお開きにしとうございます。
よい、クリスマスをお過ごしくださいませ。
長々とおつきあい、どうも有難うございました。




