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―― ちょっと疲れて休んでたら、オクサンがやってきてね?
こんなところにいると風邪を引くよ、って、手、引っ張ってくれたんだ。
妖精さんも、こんなところに落ちてるから、拾ってく、って。
でも、妖精さんなんて、どこにも見えなかったんだけどなあ。
その後のドメニカの証言だ。
―― アイス?
ああ、オクサンと一緒に食べたよ。
オクサンのためにスプーン作って行ったんだけど、どこかでなくしちゃって。
そしたら、オクサン、スプーンなら自分のがあるからいいんだ、って。
妖精さんがそのスプーン、見つけてくれたんだ、って言ってた。
―― オクサンね、そのスプーンをずーっと探してたんだって。
どうしてもそれを見つけないとって思ってたんだって。
だから、妖精さんにはとっても感謝してるんだって。
有難う、って言ってた。
そういえば、扉の前で拾った、ドメニカ手作りの下っ手くそなスプーン。
ポケットに突っ込んでおいたはずなのに、いつの間にかなくなってた。
どこかに落としてきたのかな。
ちょっと悪いことしたかもしれない。
あの夜、僕のいないことに真っ先に気づいたのは、何故か、フィオーリだったらしい。
僕らの歓迎会パート2だったあの夜、やつは、それこそ、パーティの最重要人物だった。
あっちからもこっちからも声がかかって、引っ張りだこだったはずだ。
それなのに、僕のことに気づくなんて、さっすが、パーティ1の気配り男というか、なんというか。
まあ、そのお陰で助かったんだから、とりあえず、感謝はしておくよ。
はじめは、疲れて休んでいるのかな、くらいに思ったそうだ。
さんざんアイスの巨大化をやってたのは知っていたから。
それで、さり気なく会場を回りつつ、僕の姿を探したんだって。
なのに、僕はどこにもいなかったからさ。
それで、おかしい、って思ったんだって。
「だって、ミールムって、すっごい淋しがりでしょ?
疲れて休むんだって、人の気配のしないところには行かないと思ったんっすよ。」
・・・ふーん?
僕って、そういう印象だったんだ?
・・・・・・まあ、否定は、できないけど。
「けど、会場のどこ探しても、ミールムはいないし、これは、変だぞ、って。」
その時点で仲間全員にそのことを話したらしい。
それは、おかしい、ってみんな言って、僕のこと、手分けして探そうってなったんだ。
って・・・
・・・みんなが僕のことどう思ってるか、よっく分かるなあ・・・
家に戻ったり、近所を見て回ったり。
まあ、その辺りはドメニカを探していた僕と同じルートをたどったわけだ。
その時点で、氷室の前も何度か通ったらしいんだけど。
氷室の扉が閉まっていたから、まさか、その中にいるとは思わなかったらしい。
けど、どこにもいない、ってなって。
そのころになって、やっと、ドメニカもいない、ってのに気づいたらしい。
いなくなったドメニカを僕が探しに行ったんじゃないか。
それに気づいたのはシルワだった。
黙って僕がいなくなったのは、ドメニカが叱られるって思ったからじゃないか、って。
・・・まあ、当たらずとも遠からずなんだけどね。
ドメニカなら、オクサンのところじゃないか。
そう言ったのはマリエだったそうだ。
氷室の前は何回も通ったけど、そういえば、中は見ていない。
それで、みんな大急ぎで氷室にむかった。
そしたらグランが、氷室の前に落ちていた僕のスプーンを見つけた。
流石ドワーフ。光るものには人一倍目敏い。
しかし、あのスプーン、あそこに落としておいて大正解だったよ。
あとは、みんなして、ひらけ~、ごま。
ちょうどそのとき、オクサンが、僕らを氷室の出口まで連れてきてくれていた。
けれども、そのせいで、オクサンは光を浴びてしまった。
僕らを助けなければ、ずっと氷室の奥にいて、楽しく暮らしていられたかもしれないのに。
そのことを思い出すと、僕は今も、ちょっとだけ、胸がずきっとするんだ。
考えてみれば、おかしな話なんだ。
僕らフェアリー族はさ、オークを見たら、とにかく滅ぼせって。
もう至上命令みたいに思い込んでいるのにさ。
なのに、オクサンが光を浴びたことに罪悪感を覚えるなんて。
まさか、情が移ったとでもいうのか?
いや、まさかね。
そんなはずはないんだけど。
どうしてか、ドメニカはそのことをそんなには悲しまなかった。
氷室の奥で、ふたりは一緒にアイスを食べながら、たくさん、話したらしい。
オクサンと話した、なんて、夢でも見たんじゃないの、って、前の僕なら思ったんだろうけどさ。
あのとき、僕がオクサンにぶら下げられて、運ばれてたときにさ。
ふたりが会話しているのを、確かに、聞いてるんだよね。
もっとも、あれも夢だったんじゃないかって、その考えも捨てきれないんだけどさ。
オクサンは言ったんだってさ。
自分はあと一つ、なにかいいことをすれば、赦されて、次に行けるんだ、って。
今はそのチャンスを待っているんだ、って。
赦されるとき、自分は消えてしまうだろうとも言ったそうだ。
けど、それは、必要なことだから、どうか悲しまないでほしい、とも。
なんだろう。
オークにはオークにしか分からない事情、みたいなものもあるのかもしれない。
僕らが、オークを見たら滅ぼさないといけないと思ってるみたいに。
あのとき、オクサンは、アリガト、って言って、笑った。
オークが笑うのなんて、初めて見たけど。
確かに、笑ったんだ。
オクサンの布の下には、オークの涙がひとつと、小さな金属の棒が一本、落ちていた。
棒は真っ黒く変色して、ところどころ白錆が浮いていて、いったいなんなのか分からなかった。
けど、大きさといい、これはたぶん、あのチーズのなかから出てきたやつなんじゃないかな。
あのとき見たのは、やっぱり、見間違いじゃなかったらしい。
ホビットたちはそれを全部大事に拾って、小高い丘の上に塚を作って埋めた。
そこは一日中日当たりがよくて、新しく作った畑がよく見渡せる場所だった。
オクサンは、ここからずっと、郷のみんなを見守ってくれているだろう。
今度こそ、明るい光をたっぷりと浴びながら。
オクサンは、郷の大事な子どもを救ってくれた。
それから、郷にたくさんの畑をもたらしてくれた。
文句なしにこの郷の英雄だ。
オークが英雄だなんて、なんだかやっぱり違和感を感じるけど。
この郷のホビットたちにとっては、オクサンはやっぱり敵じゃなくて、郷の仲間だったんだ。




