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そうだ。ドメニカなら、そう考えるはずだ。
今日は郷のみんなが集まっているんだから。
ひとりも欠けていないんだから。
ひとりも、欠けては、いけないんだから。
満月の夜に連れ出すことはできない、くらいは理解していたかな。
だけど、こんなに楽しい日に、冷たい氷室の奥に、ひとりぼっちで。
仲間をそんなふうにしたくないって、ホビットなら思って当然なのかもしれない。
オークを同じ仲間だとは、僕ならどうしたって思えないけど。
毎晩、一緒に、かあああっ、て叫んで、走ってた。
ドメニカなら、オクサンを仲間だと思ってただろう。
どうしてひとりで行っちゃったのかな。
どうして、きょうだいの誰かに声ををかけなかったんだろう。
どうして、この僕に、声をかけてくれなかったんだろう。
いつも、うるさいくらいに、まとわりついてくるくせに。
もしかしたら、言ったら反対される、って思ったのかもしれない。
叱られるかもしれない、とすら、思ったかもしれない。
ほんのちょっとだから。
すぐ行って、帰ってくるだけだから。
そのくらいの軽い気持ちだったのかもしれない。
ドメニカはオクサンにも、楽しいを分けてあげたかったんだろう。
だって、オクサンだって、立派にこの郷の仲間なんだから。
ちらり、と誰か呼んでこようか、と思ったけど。
いや、今は、それよりもドメニカを見つけるほうが先だと思い直した。
瞬間転移を使えるほどの体力は残ってなかったし。
広場まで行って戻るとなると、かなり時間を消耗する。
その間にドメニカは移動してしまうかもしれない。
後になって、このときの判断を、僕はひどく後悔することになる。
せめて、置手紙を残すくらいは、思いつくべきだった。
けど、僕の気持ちにも、余裕はなくなっていた。
このときはとにかく早く、あのにぱっと笑った顔が見たかった。
フィオーリにそっくりな無垢な笑顔を見て、早く安心したかった。
それに、もしかしたら、氷室にいるってのも、僕の勘違いかもしれないし。
いや、勘違いじゃないとは思うけど。
ひとりで勝手に氷室に行ったなんて知られたら、ドメニカが叱られるかもしれないし。
いや、あの子はちょっと叱られたくらいで、しょんぼりするような子どもじゃないけど。
とにかく、早く。
急げ、僕。
僕は氷室への道を急ぐ。
毎日、みんなで通った道だから、迷うことはない。
氷室の前にたどり着いたとき、その扉はしっかりと閉まっていた。
だからと言って、ドメニカがここを通らなかった、という証拠にはならない。
この扉は、一定時間が経過すると、勝手に閉まるようになっているからだ。
うっかり者ぞろいのホビット族には、この扉の機能はとても便利らしかった。
うっかり開けっ放しにして、中のご馳走をだめにしてしまうことがないから。
なにせ、この中には、三百年分のご馳走が貯めこんであるんだから。
中にいて閉じ込められても、恐ろしいことなんかない。
中からもう一度、ひらけゴマ、と言うだけだ。
こともなげにホビットたちはそう言った。
ドメニカだって、扉のその仕組みはちゃんと知っていたはずだ。
けど、それでも、僕の胸はざわざわした。
だって、だとしたら、ドメニカがここを通ってから、一定時間が過ぎてしまった、ということだ。
それって・・・
いや、今は余計なことを考えるのはよそう。
そんなことより、動くほうが先だ。
ドメニカを早く見つけるほうが先だ。
もうここの他にドメニカの行った先に心当たりなんかなかった。
なにより、厨房の大きなやかんはなくなっていたんだ。
あのやかんは、オクサンを起こすためのお湯を沸かす専用で、他に使うことはなかった。
やっぱりドメニカが持って行ったんだろうって、考えるのが普通だと思った。
そのとき僕は、扉の前に落ちていたものに気づいた。
最初は小枝かなにかに見えた。
けど、近づいて見ると、それには、下っ手たくそな字で、オクサン、と彫ってあった。
これって、ドメニカの手作りじゃないのか?
オクサンのために、スプーンを作ってやろうとしたんじゃないのか?
金属に彫るのはできなかったから、木の枝を削って、そこに名前、彫ったんだろ?
やっぱりそうだ。ドメニカはここにいる。
僕は確信めいたものを抱いた。
いや、いないかもしれないけど。
それなら、いないことは、確かめておくべきだ。
僕はそのスプーンもどきを拾って、ポケットに突っ込んだ。
しっかし、これでスプーンって言い張るつもりだったのかな。
どう見ても、ただの木の枝を、ちょっと削っただけの代物だ。
こんなんでアイス食べたりしたら、口、切りそうだし。
いや、そもそも、オークはアイス食べるのに、いちいち、スプーンなんか使わないだろ。
言いたいこと、百個くらい思いついたけど。
今はそれ全部、飲み込んでおく。
ドメニカの無事な顔見たら、全部言ってやろうって、思いながら。
形は不格好だけど、これは、ドメニカのあったかい気持ちのあらわれだ。
オクサンにそれが伝わるかどうかは謎だけど。
誰かのあったかい気持ちをいい加減にしていいはずはない。
ドメニカのスプーンの代わりに、僕は、自分の名前の入ったスプーンをそこに落としておいた。
僕がドメニカのスプーンを見つけたように、誰かが、これを見つけてくれるかもしれないと思って。
それから、僕は意を決して、呪文を唱えた。
ひらけ、ゴマ。
まったく鍵の意味のないその呪文は、重い岩の扉を開く魔法を起動する。
ご、ご、ご、ご、ご・・・
岩のこすれる重たい音と共に、氷室の扉が開く。
中からは、夏だというのに、凍り付くほどの冷気が噴き出してきた。




