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その夜の月は、とてもとても明るかった。
月にかかる雲が、七色に光る。
とても縁起のいい月だった。
月明りの下で、ホビットたちは祝祭を楽しむ。
彼らはみんな芸達者だ。
誰だってひとつやふたつ、披露できる芸を持っている。
前回にも増して、今回は盛況だった。
郷中のホビットたちが、全員、参加していた。
普段は家からあまり出ないというお年寄りや、生まれたばかりの赤ん坊まで。
みんな、誰かと一緒に、広場に集っていた。
それはそれは、楽しい集いだった。
大人も子どももみんな一緒に、満月の夜を楽しんでいた。
みんなに期待されてるのが分かってたから、僕も何回もアイスクリームを巨大化してみせた。
いや、そら喜ばれたけどさ。
組成を変えないように大きくするのって、そんなに簡単じゃないんだよ?
元々、体力にはそんなに恵まれてないから。
こんな複雑な魔法を、こんなに立て続けに使ったりしたら、僕はもう、へろへろだよ。
それでも、みんな目を輝かせて、アイスを食べるのを見てたらさあ。
仕方ない、もう一回やるかあ、ってなるんだよね。
僕ら、基本的に、誰かに喜んでもらえると、すっごく嬉しいって感じるんだ。
今日はみんな自前のスプーンを用意して持ってきていた。
この郷の子どもはみんな、生まれたときに、自分の名前の入ったスプーンをもらうんだそうだ。
その子どもが、ずっとずっと健康で、美味しくご飯が食べられますように。
そういう願いが込められているらしい。
スプーンはその子どもが大きくなっても、結婚しても、一生、大事に使っていく。
最後には、棺にも一緒に入れるらしい。
誕生日とか、大事な日には、そのスプーンを使って食べる料理を必ず用意する。
それは、大切な意味のあることなんだそうだ。
だから、アイスクリームもあんなに喜ばれるのかもしれない。
フィオーリが僕にアイスを分けたからって弟妹たちがすっごく騒いだけど。
もしかしたら、そういう理由もあったのかもね。
フィオーリは突然オークに攫われたから、そのスプーンは持って行けなかった。
フィオーリの母さんは、フィオーリが帰ってくるまで、そのスプーンを磨き続けた。
ちょっと放っておいたら、すぐに色の変わってしまうスプーンを。
毎日ぴかぴかに磨き上げていた。
あのとき、厨房でぴかぴかに磨かれたスプーンを見つけたとき。
フィオーリがどんな気持ちだったか、それは想像しかできないけど。
きっと、すごく嬉しかっただろうって思う。
いや、嬉しいだけじゃなくて。
もっと、なんって言うか、ほっとしたって言うか、帰ってきたんだって思ったって言うか。
諦めないで待っててくれたってことも、そのスプーンを見た瞬間に分かっただろうし。
そういう、あったかい気持ち全部、あの一本のスプーンにこもってたんじゃないかな。
最初の歓迎会のとき、僕らも一本ずつスプーンをもらった。
それが、なんだかとっても嬉しかった。
あれからずっと毎日、僕らもそのスプーンを使っている。
いつも使いっぱなしで、磨くどころか洗ったこともないんだけどさ。
不思議といつもぴかぴかなんだ。
多分、フィオーリの母さんが子どもたちのと一緒に磨いてくれてるんだろう。
みんなきらきらのスプーンで、楽しそうにアイスを口に運んでいる。
こんな日々がずっとずっと、続きますように。
僕もそっと、お月様に願わずにはいられなかった。
ふと、それに気づいたのは、どうしてだろう。
なんでそんなこと気になったのか、謎だと言えば謎なんだけど。
ドメニカが、いない。
いや、これだけ広い場所で、これだけ大勢いれば、どこかに紛れてたっておかしくはないんだけど。
それでもさ、なんか、気になったんだ。
気になりだすと、居ても立ってもいられなくてさ。
僕はあちこち、ドメニカを探して回った。
最初は、そんな、緊張感とかなかったよ?
多分、誰かに聞けば分かるだろうって思ったし。
すぐに見つかるはずだった。
だけど、会う人会う人、ドメニカのことを聞いても、誰も知らないって言うんだ。
そのうち、本気で心配になってきた。
なんだろう、胸の奥がざわざわする。
なんだかひどく恐ろしいことが起こり始めている気がする。
祝祭に浮かれる人々が、僕には遠い世界の人たちのように見えた。
ドメニカを探さなくちゃ。
僕はそう思って宴会場を離れた。
仲間たちには声をかけなかった。
彼らの邪魔はしたくなかったし。
歓迎会の主役を、みんなから奪ってしまうのもよくないと思った。
どのみち、僕の魔法はもう打ち止めだしね。
妖精さんは疲れたのかな、くらいに思ってくれるだろうよ。
きっと、僕の気のせいだから。
取り越し苦労なんだから。
多分、忘れ物でもして、家に帰っただけなんだろう。
けど、それでも、胸のなかのざわざわは収まらなかった。
地下迷宮を、僕は必死になって、フィオーリの家目指して飛んだ。
こんなときには鍵開けっ放しなのも便利だなと思ったよ。
ドメニカの名前を呼びながら、家んなか、隅から隅まで見て回る。
けど、ドメニカは、いなかった。
隣?
近所?
ホビットは他人の家でも、自分の家と同様に上がりこむ。
今、ドメニカが誰かの家に行く用があるとも思えなかったけど。
小さい子なんて、こっちにはよく分からない理由でも、大真面目に行動しちゃうじゃないか。
けど、次々に家を回っても、どこにもドメニカはいなかった。
・・・・・・落ち着け。
落ち着け、僕。
よく考えるんだ。
ドメニカは、そう唐突な子どもじゃない。
行動するときには、必ずそうする理由があってする子どもだ。
祝祭が嫌になったわけじゃないだろう。
静かな場所のほうが好きという人は一定数いる。
祝祭で騒ぐより、ひとり静かに物思いに耽っていたい、って人も。
けど、ホビットにはそういう人はとても少なかったし。
少なくとも、ドメニカはそういうタイプじゃない。
そう。
ドメニカは誰より、祝祭を楽しみにしていた。
帰ってきた兄ちゃんとその仲間たちをお祝いしたいって・・・
たくさんのきょうだいや家族や親戚や仲間たちに囲まれて、それが幸せって子どもだ。
・・・仲間?
はっとして、僕はもう一度、フィオーリの家に戻った。
子ども部屋じゃない。厨房へと真っ直ぐにむかう。
かまどにいつもかけてあるはずの大きなやかん。
思った通り、それはなくなっていた。




