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氷室に一歩踏み込んだ途端、僕の胸は絶望に侵された。
こんな寒い場所に、ドメニカみたいな小さな子が、たったひとりで、長い時間いたりしたら・・・
僕らはいつも、オクサンのいるところまで行って、オクサンを起こして戻る。
その間、扉は開けっ放しで、閉まっていたことはなかった。
頭を振って、嫌な予感を振り払う。
今は余計なことを考えている場合じゃない。
氷室のなかは寒かった。
みんなと一緒に来たときとは、くらべものにもならないくらい寒かった。
もしかしたら、扉が閉まっていたせいで、冷気がたまっていたのかもしれない。
僕はドメニカの名を大声で叫びながら、氷室の奥へと進んで行った。
こんなに遠かったっけと思う。
いや、遠かったよな。
ふと思いついて、脇の棚の保存食の日付を見たら、まだ百五十年前だった。
なんだって、ドメニカはこんな場所にひとりで来たりしたんだろう。
ホビット族は、生まれつき勇敢で、怖いもの知らずなんだ、って聞いたことあるけど。
こんな勇敢さはいらないよ。
仲間思いで勇敢なおチビさん。
叱らないから、どうか、無事に出てきておくれ。
君がどんなに優しくていい子かって、僕はよく知ってる。
誰かがひとりになっていたら、いつも君は真っ先にその人の傍に行っていた。
スプーンを持って行ったってことは、ドメニカはアイスを持って行こうとしたのかもしれない。
せっかくのそのスプーンは、扉のところに落としてたけど。
オクサンにもアイスを食べさせてあげたかったのかな。
氷室のなかでアイスだなんて、滅茶苦茶寒そうだけど。
この郷の連中は、みんな、本当、アイスが大好きだもんな。
ねえ、ドメニカ。
無事に出てきてくれたら、君ひとりのために、特大アイス、出してあげるから。
だから、どうか、無事でいて。
ドメニカはオクサンがアイスを食べる間、傍にいてやろうとしたのかも。
だから、いつもより長く、氷室のなかに留まることになったのかもしれない。
氷室の奥の奥。
いつもの場所に行けば、きっと、仲良くアイスを食べるオクサンとドメニカがいるに違いない。
オクサンだって、ここまで親切にしてくれるドメニカに、ひどいことなんかしないだろう。
しないはずだ。
たとえ、オークだとしても。
ドメニカを呼ぶ声が、だんだん小さくなってくる。
大きな声を出そうとするけれど、それも辛くなってきた。
声が震えるのは、寒すぎるせいだ。
決して、不安になってるからじゃない。
二百年前の棚の辺りまで来たときだった。
棚と棚の隙間に、僕は、それを見つけた。
ちょっと一休みと言わんばかりに座り込んで、眠っているドメニカを。
ドメニカの傍には、空っぽになった皿がふたつ落ちていた。
ああ、そうだ。やっぱりドメニカは、オクサンと一緒にアイスを食べたんだ。
その帰り道。
出口はまだまだ遠いし。
冷え切ったからだは重たくて。
ちょっとここで休んでから行こう。
膝を抱えて座って、脇の棚にもたれかかる。
なんか、眠くなってきた・・・
ちょっとだけ、眠ってから行こう・・・
ドメニカの行動は手に取るように想像できたけど。
そんなこと分かっても、嬉しくなんかない。
僕はドメニカのからだを起こそうと抱き寄せた。
そのからだはあり得ないくらいに冷たかった。
なんてことだ、ドメニカ。こんなに冷え切って。
自分を顧みない人は、本当に優しくも、勇敢でもないんだよ?
君が無事に帰ってきたら、三日三晩、寝かさないでお説教だね。
・・・なんて、嘘だよ、ドメニカ。
お説教なんてしないから、どうか無事に帰ってきて。
どうかその目を開けて、いつもみたいに笑ってよ。
とてもとてもゆるやかだけれど、ドメニカは呼吸をしていた。
大丈夫。
ホビットは生命力もまたダントツぴか一だ。
「熱発生。」
僕はありったけの魔力を注ぎ込んで、ドメニカをあたため始めた。
けど、みるみるうちに僕の力も奪われていく。
くそ。
いつもならもうちょっと魔力を温存してあるんだけど。
今日はうっかり調子に乗って、消耗しすぎたかもしれない。
後から思えば、あたためるより先に、外に連れて行けばよかったんだ。
だけど、とっさに僕は、そうしてしまった。
非力な僕には、ドメニカひとりだって、運ぶのは大変だったから。
この氷室は強大な魔法の力で動いている。
そこに悪意なんて欠片もないんだけど。
熱を発するものに対して、あくまで、冷やそうとするのがここの力だ。
それは、残酷なまでに淡々と。
氷室は、ドメニカと、ドメニカをあたためようとする僕の熱を奪いにくる。
僕なんかたちうちもできないくらい、巨大な力をもって。




