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腰を据えたマリエは、また種の選別を始めた。
十回に一回くらい、ぼんっ、と大きい種ができるけど、まあそれもご愛敬。
案外、なにか面白い作物になるかもしれないし、この大きい種は分けておこう。
選別のほうはすっかりマリエに丸投・・・お任せして、僕はぼんやりとその様子を眺めていた。
マリエがやったほうが、大きい種になって面白いからね。
「みんなすっかりこの郷に馴染んでるねえ。」
黙って見ているのも退屈なので、僕はゆるゆるとマリエに話しかける。
「ホビットのみなさんはとてもご親切に、いろいろと教えてくださいますの。
・・・せっかく教えていただいても、わたくしはなかなか上手くできませんが・・・」
「気にすることないよ。
マリエにはマリエの得意なことがあるでしょう?」
「わたくしの得意なこと?」
マリエは人差し指を唇に当てて、うーん、と上を向いた。
「神官の修行は・・・好きですけれど、得意とは言えませんし・・・。
魔法は、はっきり不得意だと申し上げます。
お料理は・・・お鍋をかき混ぜるところからなかなか先に進みませんし・・・
いえ、それも、やるたびにおたまを壊すからいけないのですよね?
あとは・・・
なにかございましょうか?」
「あるよ。なにより君は聖女じゃないか。」
「聖女?
いえそれは、なんちゃって、と申しましょうか、自称、と申しましょうか・・・ですし・・・
それに、聖女というのは、特技と言っていいものなのですか?」
大真面目な顔をしてそんなことを尋ねる。
「特技ってのとは違うけどさ。
君は笑うのが得意だ。
それから、誰かを笑顔にするのが得意だ。
そういう人を聖女っていうんじゃないかな?」
「誰かを笑顔にするのなら、わたくしよりも、フィオーリさんのほうがお得意ですわ。」
マリエは目を輝かせてそう言った。
「フィオーリさんはいつも周りの人を笑顔にしてくださいます。
あの方の周りには、いつもたくさんの人がいらっしゃいますわ。
それって、みなさんがフィオーリさんのことが大好きだからなのだと思うのです。」
一息に言って、それから、急に風船がしぼむようにしょんぼりした。
「この郷にとって、フィオーリさんはなくてはならない方なのですわ。」
「だから、もうお別れなんだ、って思ってるんだろ?」
僕の言った言葉に、マリエは目を丸くした。
「どうして、お分かりになったんですか?」
「いや、そりゃ、分かるよね。」
僕は苦笑した。
「最近、君が元気がないのは、そのせいなんでしょ?」
「わたくし、元気がない、ですか?」
「ないね。
あるように見せかけようとしてるって、それが分かるくらい、はっきりね。」
マリエは首を傾げた。
しまった、ちょっと言い方が回りくどかったか。
「あいつがどうするつもりなのかは、僕には分からないし、どうこうしろと言う権利もない。
けど、君に悲しい思いをさせたら、一発くらい殴ってやる。
そのくらいの権利は僕にもあると思うんだ。
まあ、僕のパンチくらいじゃ、やつにはダメージはないかもしれないけどね。」
「もちろん、その権利、わたしも行使いたします。
もっとも、わたしは非力なエルフですから、効果のほどはあまり期待しないでくださいね?」
ぬっと顔を出したのはシルワだった。
「よう言わんわ。
あんたら、拳にこっそり魔法かけて、強化してから殴るやろ?
ワタシにはそんな裏技あらへんから、一番効果ないのはワタシのパンチやろ?」
グランもついてきている。
手に持っているのは、あれは、作りたての新しいクワかな?
「なにをおっしゃいます。
素手で岩をも砕く、ドワーフ族が。」
「いやそれ、採掘でばりばりに鍛えてはる人たちのことやから。
ワタシはしがない細工師や。
せいぜい瓦割り程度や。」
ふふふふ、くくくく、とふたりして不適な笑みを浮かべてみせた。
「大事な聖女様に悲しい思いをさせるなんて、たとえどこかの聖人だとしても許しませんとも。」
「仲間やと思えばこそや。
思えばこその愛の拳や。」
ふたりを見上げたマリエは、泣き笑いのような顔になった。
シルワはそんなマリエにそっと寄り添って、触れるか触れないかくらいに髪をなでた。
「ミールムも言いましたけれど、フィオーリがどうするのかは、わたくしたちにはなんとも申せません。
聖女様をお慰めして差し上げたいけれど、分からないものを憶測で言うこともできません。」
「あの子は、ワタシらと違って、自分の意志で旅を始めたわけやないからな。
無理やり、そういう状況に放り込まれて、仕方なく、旅をしとったんや。
あの子の本来の目的は、家族のところに帰ることやろうし。
それを果たした今、ここからまたあの子がどうするんかは、あの子の決めることや。」
グランは作ったばかりの真新しいクワをマリエのほうへ差し出した。
「けど、なあ、聖女様?
なんやったら、あんたも、ここに残るっちゅう選択肢もあるんと違うかな?」
この郷なら、きっと、マリエのことも受け容れてうまくやってくれる。
フィオーリの家族は、喜んでマリエを家族に迎えてくれるだろう。
そうすれば、マリエは淋しい思いをしなくていいはずだ。
けれど、聖女様は、静かに首を振った。
「それは、できません。
わたくしも、心に誓いを立てて、旅を始めたのです。
わたくしを快く送り出してくださったお父さまにも、申し訳が立ちません。」
「お父さまは、何より貴女の幸せをお望みになると思いますけれど。」
マリエを見下ろすシルワの瞳はどこまでも優しい。
「お父ちゃんが許してくれるんやったら、残る?
そんなら、ワタシが代わりに言うたる。
心配せんでええから、あんたの幸せ、一番優先し。」
マリエのことを思って言っているであろうふたりに、それでもマリエは首を振った。
「いいえ。
なにより、わたくしのなかの精霊様に、それでは背くことになってしまいます。」
「精霊だって、君の幸せを祈ってくれると思うよ?」
マリエとフィオーリが、もしここで旅をやめてしまったとしたら。
僕らはとても淋しいに違いない。
けど、ふたりがそれで幸せなら、それでいいって、僕も思う。
ふたりは、そのくらい、大切な仲間だから。
「たとえお父さまも、精霊様も、みなさんも、そうしろおっしゃったとしても。
わたくし自身は、わたくしに、そうすべきではないと命じるのです。」
凛として顔を上げて、マリエはそう言い切った。
その瞳には、涙がいっぱいたまっていたけれど、それでもとてもきれいだった。




