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氷室の奥はずっとずっと続いていた。
中は薄青い光に照らされていて、暗くはない。
ただ、足元には箱やら桶やら無造作に置かれているし、はっきり見えるほどに明るくはない。
じゅうぶんに注意して進まないと、すぐになにかにけつまづきそうな気配ではあった。
しかし、寒い。とにかく、寒い。
「ううう、ぶるぶるぶる。
まだ着かないの?」
「もうちょっとだよ。
オクサンってば、いっつもこの奥まで行っちゃうんだ。」
奥さんだけに?
なんて余計に寒くなるから言わないでおこう。
しかし、なんだってその奥さんは、こんな奥まで行ってしまうんだろう?
貯蔵庫は奥へ奥へとずっと続いている。
延々続く棚の多さに気が遠くなりそうだ。
まったく、ホビットの貯め癖って、すごいよね。
この辺のはいったいいつ作ったのか、霜どころか氷漬けになっている。
ちらっと見えた日付を見て、目を疑った。
え?百年前?
見間違いじゃ、ない、よね?
書き間違い、ってわけでも、ない、よね?
慌てて他のも見たけど、みんな同じくらいの時期の日付が書いてあった。
百年前の塩漬け肉とか、食べても大丈夫なんだろうか?
ううう、ぶるぶるぶる。
違う意味で震えがきたよ。
貯蔵庫はさらに奥へ奥へと続いていく。
どうやら奥に行くほど古いものが詰められているらしい。
この一番奥には、いったい何が詰まっているんだろう。
いや、怖くて、見たくないけど。
奥へ行けば行くほどホラーな氷室の果ての果て。
そこにそれは倒れていた。
「ああ~、やっぱり、凍ってる。」
一瞬、驚いてさ、反応が遅れてる間に、弟妹たちはわらわらとそれを取り囲んだ。
「いや、ちょっと待って!
みんな、避けて!」
光を放とうとした僕の前に、ドメニカが両手を広げて立ちふさがった。
「だめだよ!妖精さん!
オクサンをいじめないで!」
い、いやいやいや、いじめるとか、そういう問題じゃないでしょ・・・
「そいつって・・・」
オーク、だよね?
黒い布に全身を覆われた人型のものって・・・
百歩譲ってオークじゃなかったとして、それじゃ、そいつはいったい何なの?
「そうだよ。
オークさんだよ。」
ほらやっぱり。
てか、なんでオークにさんとかつけてんの?
あ、オクサンって、オークさんだったってわけ?
まさかそんなことあり得ないだろうって思うから。
全然気づかなかったよ。
「だめだよ、オークに近づいちゃ。
危ないだろ?」
どうして気づかなかったんだろう。
凍り付いていてもお湯をかければ大丈夫だなんて。
そんなの、オークしかいないじゃないか。
けどまさか、こんな平和な郷のこんな平和な子どもたちがオークと関わってるなんて。
ましてや、ここは、ついこの間、オークに襲われたんじゃないか。
君たちの兄ちゃんは、オークに無理やり連れて行かれたんだろう?
僕は目の前に立ち塞がるドメニカを見る。
必死な目をして、涙さえ溜めて、ドメニカは僕を睨んでいる。
なんで、そんなにまでしてオークを守るの?
そいつは、君たちの敵じゃないの?
「母ちゃんが、だめって言ったの。
オクサンいじめたら、兄ちゃんも、オークにひどい目に合わされるかもしれないって。」
「オークのこと守ったら、フィオーリもひどい目には合わされないって?
そんなの通じる相手じゃないだろ?」
「でも、兄ちゃんはちゃんと帰ってきた!
そんなにひどい目にも合わされなかったって、言った!」
・・・確かに、そうだけどさ。
けどそれは、たまたまフィオーリの運がよかっただけで。
グランやシルワに出会えて、マリエとも出会えて、だから、無事に帰ってこられたんだ。
「オクサンは、悪いオークじゃありません。」
僕の手を、後ろからそっとルネが抑えた。
いつも妹を止めているその手が、今は僕を引き止めていた。
「大丈夫ですから、どうか妹の言う通りにしてやってください。」
なんで、大丈夫なの?
なんだって君たちはそんなにオークのことを信用してるんだ?
「おいらからもお願いしますよ。」
フィオーリが僕の前に立って静かに言った。
「ミールム。お願いします。」
マリエまでその隣に立つ。
てか、これって、なんの構図?
まるで僕が悪者みたいじゃないか。
「なにかあったら、わたしも手をお貸ししますよ。」
僕の傍に寄り添うようにシルワが立つ。
「ワタシもおるし、大丈夫やで。」
反対側にはグランも立った。
「みんなしてそう言うなら・・・分かった。」
って言うしかないよね。
そうしたら、ドメニカは満足そうににかって笑って言った。
「妖精さん、大丈夫だから、そこで見ていて。
じゃあ、いっくよ~?」
持ってくる間にちょうどいい湯加減になっていたお湯をじょぼじょぼとかける。
一瞬、何も起こらないかと思った。
と。
その次の瞬間。
かーーーっ!という奇声をあげて、目の前のオークが跳ね起きた。




