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ゴ、ゴ、ゴ、ゴ、ゴ・・・
岩のこすれる重い音とともに、扉が開く。
ぽっかりと開いた隙間から、すごい冷気が噴き出してきた。
「うっわ。さっむ。」
「さあ、これがうちの郷自慢の氷室っす。
みなさん、凍えないように気を付けて入ってくださいねえ?」
フィオーリは案内をするように手を伸ばした。
開いた扉の先は、広い洞窟になっていて、ずらっと棚が並んでいる。
棚の上には箱だの桶だの瓶だの、あれは保存食が入ってるのかな。
どれも凍り付いて、真っ白い霜に覆われていた。
「なるほど。ホビットさんのお宝は、食料ってわけか。」
グランが納得したように唸った。
「氷室なら、扉を閉めてあったのも納得ですね。」
流石に開けっ放しじゃ冷気が逃げてしまうからね。
あのどうしようもなく有名すぎる呪文には、鍵の意味はないだろうけど。
この大きな岩の扉を動かしているのはあの呪文だから、まったく意味がないってわけでもない。
「しかし、この氷室、なにやら魔法の香りがいたしますねえ。」
シルワも感じたか。
それは、僕も思った。
とりあえず、悪意は感じないけど、とてつもなく巨大な魔力がここには働いている。
「へえ~、ここって、魔法で動いているんですか?」
マリエがうきうき楽しそうに尋ねる。
あなたも一応神官なら、この程度の魔法は分かるはずなんですけどね?
もっとも、聖水がなければ治癒の魔法さえかけられない聖女様に、過度な期待はしないでおこう。
「へえ~、そうなんっすか?」
って、フィオーリ!君がそれを知らないってのはおかしいでしょう?
「この氷室って、この郷の自慢なんじゃないの?」
あのアイスだって、この氷室で作ったものだよね?
「そうっすよ?
けど、おいらたち生まれたときには、もうこの氷室はありましたし。
なんでここにあるのかとか、どういう仕組みなのかとかは、多分、誰も知らないっす。」
そういうところが、呑気だと思うんだけどねえ?
「なにせ、この郷のできたときから、この氷室はあるんっすよ。
というか、氷室のあった場所に郷を作ったと言ったほうがいいかな。」
確かに、こんなに大きくて素敵な食料庫があるなんて、ホビットにとっては理想郷かもね。
どれだけ入れても、まだ入りそうなんだから。
洞窟の奥はどこまで続いているのか、とにかく入口からは見通せなかった。
それに、中からは絶え間なく冷気が噴き出している。
この中に入っていくのは、ちょっと、いやかなり、躊躇ってしまう。
「その、奥さん、って人は、こんなところにいるの?」
ぱっと見た感じ、人のいそうな気配はない。
よっぽど奥のほうにいるのかもしれないけど。
しかし、その奥さんって人は、こんなところでいったい、何をしているんだろう。
保存食の整理、とか?
それにしても、とてもじゃないけど、こんな場所に長い時間はいられない。
まだ中に入ってなくて、扉の前に立ってるだけでも、こんなに寒いんだから。
「オクサンはねえ、いつもここにいるの。」
「ちゃんとお家、あるんだけどね、ここに来ちゃうんだよね。」
「オクサン、ここが好きなんだ。」
慣れているのかフィオーリの弟妹たちは僕らを追い越して入っていく。
あんなちっちゃい子らでも平気な顔して行くんだから、危険はないのかな。
「オクサンを見つけたのも、ここなんだよ。」
「オクサンってば、この中で凍り付いていたの。」
「ぺきーん、ってね、動けなくなってたんだ。」
え?
・・・それって、僕ら入って大丈夫なの?
というか、その奥さん、今、大丈夫なの?
「大丈夫だよ。ちゃんとお湯、持ってきたから。」
弟妹たちは、持ってきていたでっかいやかんを、得意げに差し上げて見せた。
「お湯かけたら、オクサン、動けるようになるんだよ。」
え?まじ?
てか、その奥さん、何者?
凍り付いていてもお湯かけたら大丈夫とか、どんだけタフなんだ。
しかし、なんか、ますます入るの、躊躇ってしまう。
妖精ってのはね、勇敢じゃないよ?
どうしても必要ってときには、それなりに頑張るけどさ。
暑いも寒いも痛いも苦しいも、苦手ってよりむしろ、大嫌いだ。
体力だって腕力だって、他の種族より劣っているし。
魔法の体系は独特だから、場合によっちゃ強力な魔法使いになることもあるけど。
戦いにはあんま役に立たない魔法も多い。
どっちかってっと、パーティの賑やかし、マスコット的存在な立ち位置なわけで・・・
「妖精さん、怖かったら、手、繋いであげようか?」
ドメニカが、小さな手で僕の手を握った。
あったかくてちょっとしめった手に、なんだかほっとする。
ぐいと引っ張られて、ようやく足が動いた。
こんな小さい子に気を遣われるなんて、って思うけど。
ここは素直にお願いしようか。
「聖女様、怖かったら、おいらの手、握ってください。」
フィオーリもマリエにむかって手を伸ばしたんだけど。
「お気遣い有難うございます。
でも、怖くありませんわ。
むしろ、わくわくいたします。」
あっさりふられてやんの。
まあ、マリエに悪気はないんだろうけどね。
こういうとき、怖い、ってより、楽しい、って思ってしまうのがマリエだよね。
けど、氷室に一歩踏み込んだ瞬間、感じた。
これは、あれだ。
この背中のぞわぞわする感じ。
ここには、あれか、もしくは、あれに関わる何か、がある。
これだけは見過ごせないんだ。
これは僕ら妖精族の使命だから。
奴らを滅ぼすために、僕らはいる。
弟妹たちは平然と歩いている。
何かを恐れているふうもない。
けど。
もし、あれが現れたら、僕のやることは決まってる。
僕はいつでも光を打てるように、わずかに身構えた。




