17
マリエは日が高くなるころには、部屋へと戻った。
マリエに見つかりたくなかったから、あわてて僕は先回りしようとしたんだけど。
ほどよくマリエは地下通路で迷ってくれたから、焦らなくても大丈夫だった。
ベットに入って寝たふりをしていると、マリエが帰ってきた。
静かに音をさせずにベットに入ると、すぐに寝息を立て始める。
子どもみたいに寝つきがいいんだよね。
僕は、こっそりマリエの枕元に立つと、そっと、よく眠れるお呪いをかけておいた。
僕もちょっと疲れて、ようやく眠れそうだった。
うとうとしたかな、と思った矢先、いきなり、ばんっ、と部屋の扉が開いた。
「妖精さんっ!おっはよー!!」
「こらっ!ドメニカっ!
お客さんを無理やり起こすなっ!」
けたたましい声がふたつ続いて、僕はぼんやり目を開いた。
「・・・なんやあ、もう、朝かいな?」
グランが布団のなかで唸る。
「う・・・う・・・・・・。う、ぅぅぅぅぅ・・・・・」
シルワのほうは声にもなってなかった。
けど、その次に起きたことに、僕は思わず息が止まりそうになった。
「妖精さんっ!
ご飯だよ~。」
そう言うのが聞こえたかと思うと、いきなり、どすっ、とお腹の上に何かが飛び乗った。
思わず、ぐえっ、と変な声が出た。
それから思いっきりひなたくさい匂いがして、首元にあったかいものがすり寄った。
「今日はドメニカの大好きな、ベリーのジャムだよお。
ドメニカが兄ちゃんたちと森で取ってきたベリーを、ママと一緒に煮たんだよお。
ぐるぐる~ぐるぐる~って、よ~くよ~く、かき混ぜたんだよお?」
すりすり。すりすり。くすぐったい。
重くて苦しくて息ができない。
けどなんだろう、妙に幸せな感じがして、押しのけたいとは思わない。
「こらっ!ドメニカっ!
いい加減にしろっ!」
「ああっ!やだ~!!!
ルネ兄ちゃん!やだ~~~!!!
放して!放して!!!」
ようやく胸の上から重石が取れて、僕はようよう起き上がった。
見ると、ドメニカは猫の仔かなんかのように、首根っこのところを捕まれてぶら下げられていた。
「ルネ兄ちゃんのばかっ!」
「ばかはお前だっ!!」
けたたましい兄妹喧嘩が始まる。
あれは確か、フィオーリの一番上の弟だっけか。
挨拶したときにはもうちょっと落ち着いた感じがしたけど。
普段はこういう感じなんだろう。
さすがのシルワも目を覚ましたみたいだ。
「おやおや、まあまあ、喧嘩はやめてくださいな。」
「ええやん。きょうだいの喧嘩は小さいうちにせいぜいやっといたほうがええ。」
グランはやれやれというようにため息を吐いて笑う。
それにシルワは小さく舌打ちをした。
「って、グラン、けしかけているんですか?
・・・ったく、これだから好戦的な種族の方は・・・」
そういや、シルワって、寝起きが悪くて、起きたばっかりは大抵、機嫌が悪い。
いつもなら聖人君子みたいなところもあるのに、寝起きのシルワは悪魔みたいに意地悪だ。
「え?ちょっと待って?
なに、今その、ぼそっと付け加えたのは?」
「はい?
いいえ、何にも言ってませんよ?」
「嘘つけ。
言うたやろ?
ちゃあんと、この耳に聞こえたんやから。」
「空耳じゃないですか?」
そらとぼけるシルワに、グランもいらいらし始める。
グランって、大人びて見えるけど、案外、売られた喧嘩は買う人だ。
「そんなわけないやろ?
年寄りエルフじゃあるまいし。」
「は?
今、わたしのこと、年寄りとおっしゃいましたか?」
「だあれも、そんなこと言うてへんやん。
年寄りエルフやあるまいし、言うたんや。」
「言ってるじゃありませんか。
年寄りエルフ、って。」
「誰も、あんたのこと年寄りとは言うてへんやろ。」
「このなかで、エルフといえば、わたしだけではありませんか。
なら、必然的に、年寄りエルフはわたしのことを指すでしょう?」
「なんでやねん。エルフってのは一般名詞やろ・・・」
ああ、もう、面倒くさい。
ぎゃーすぎゃーす。
こっちも喧嘩が始まった。
そこに響き渡ったのは、マリエの声だった。
「み、な、さ~ん。」
鈴のようによく通る声にみんな一斉に振り返る。
「おはよう、ございます。」
にっこり微笑んで、ぺこり。
たったそれだけなんだけど、その場の全員が毒気を抜かれて、呆けたように黙った。
「朝ご飯、楽しみですねえ?」
にこにこにこ。
たったそれだけなんだけどね。
見事に、喧嘩ふたつ、収めてしまったよ。
流石、聖女様だよね。




