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二話投稿のにわめ
属性を統べる精霊王は四体。
白いほどの高温で燃える「緋色の女王」
雷雲を従えて空を駆ける「白銀の獣王」
地の巡りを穏やかに守る「玄色の賢王」
溺れるほど深く澄んだ水「青藍の龍王」
リィン帝国が帝都を遷す際に選んだのは険しい山脈のふもと。城塞都市として背中を守る意味もさながら、龍王が眠ると云われる土地を選びそして住まうことを許されたと示すためだった。
だが精霊王が姿を現すのは本当に稀で、リィン帝国建国時に初代皇帝を祝いに帝都に降りたのが最後だと伝えられていた。
「真相はレイリック、いや初代皇帝レ・イリス・リィンネーネにうるさくするな起こすな嫌いではないがお前に手は貸さないと忠告に来た、というものだ」
帝国の威厳かたなしの事実である。
その龍王が雪華の塔に巻きつくように顕現したのだから帝都は一時騒然となった。
物質的な重量を持たない彼が居座ってもそれで塔が崩れるわけではないが、ほとんどの者に姿が見えるため建国以来の精霊王の降臨に慶事だ不吉だと騒ぎになるのは当然だ。
しかしそれも塔内の混乱に比べれば対岸の火事で、龍王は皇族の居住区を囲うように現れて人の侵入を拒んだのだ。触れれば切断される水の刃と近づくものを氷漬けにする息のおかげで誰も近づけず、ラ・パルスの自治州総督任命式に集まった重臣たちは対処もできずかといって文句を投げることもできず右往左往していた。
外交に顔を出さない皇帝といえどこれほどの引きこもりはないと頭を抱えている、その内側でも大騒ぎであったが。
龍王に守られた区画は吹雪に見舞われまるで異世界のようになる、わけでもなく、居住区に残された使用人たちは大人しく静かな嵐が収まるのを待とうとした。
しかし白き皇帝はとんでもない状態で私室に戻ってきた。
明らかに害されたとわかる血塗れの衣服、それと同様の状態である金糸雀姫を抱えたラ・パルスを連れて戻ってきた時には、さすがの侍女たちも御前に関わらず悲鳴を上げた。
幸い卒倒する者はいなかったので金糸雀姫は彼女らに任せた。湯殿に放り込まれるように連れて行く侍女の中にはぼろぼろ泣いている者はいたが。
皇帝はみずから着替えをして椅子に腰掛け、湯殿のある寝室前で捕らわれた熊のようにウロウロする弟を興味深げに眺めていた。
そうして、ほこほこと身支度を終えた金糸雀姫に近づこうとしたラ・パルスは侍女たちの鉄壁に撃沈し、皇帝の前に姫が、その横に弟が立つという図がどうにかでき上がった。
「ーーーそれで」
あなたは誰ですかと、ラ・パルスは問うた。
皇帝は薄氷のように美しく澄んだ笑みを浮かべた。
「意図的に言葉にしているのだから歪んでいるな。姫も苦労する。余は第十一代皇帝ル・クリフである」
「それは、」
「人が決めた区分に当て嵌めるなら、属性を得たと言うか。幼い賢者の願いで生まれた、何にも属さない精霊が、『朱の狡知者』に喰われて聖属性になったと思えばいい」
それは肉体を持った聖属性の精霊ということ。
唯一にして異端であった彼の存在がますます神話じみてきた。
ラ・パルスはやや目を細めて白い皇帝を見た。彼が血のつながった人であろうと無属性の精霊であろうと、ラ・パルスが知るのは「彼」だったので兄であることに違和感はなかったのだが。
誰か、と問うほどには、確かめずにいられなかった。朱の狡知者が人間じみた言動をしていたから、ここで、生きて話して微笑むのが誰なのかと。
考えるが、それは人の手に負える領域ではないと一蹴されてしまえばそれまでだ。
記憶と経験という意味であれば「彼」はル・クリフには違いないのだ。
「まあ、余の身の上などどうでも良い。レイリックの首は持ち帰ったか?」
「……認識票は持ち帰りました。あの場にはカレル皇太子殿下と飛空艇団、ラウル王国のイェンシュ卿がおりましたので今後の動向について簡単に話してまいりましたが」
「ラウル王国か。青の同盟に参加するのを止めはせぬが」
「まさか。それは陛下への叛意です」
「王国の意図はむしろそこだろうな。トルステン侯が協力するくらいだ。ラルスが独立しようがそれこそ余は止めぬが、姫は苦労するだろうな?」
にこりと、向けられる笑顔をリールはじっと見ていた。
レイリック・ユングの首が飛んで。
生まれたのは白い羽に赤い目玉をした無属性の精霊だった。
死にゆく賢者の願いから生まれた精霊は鳥の姿をしていて、おのれの首を刎ねたロクスウェル・フォロウ大佐の肩に留まってくるくると鳴いた。彼の友人は呆れた顔をしていた。
精霊としてまた生まれたなら、彼には人としての「次の」生はない。
石灰の賢者の頭の上にいた精霊シシィは、き、と不機嫌そうな声をあげてから飛び出し、ラ・パルスの体をつたってリールの腹の上にちょこんとおさまった。
王城を囲んでいた軍人たちを文字通り蹴散らしてたどり着いたラウル王国近衛騎士たちは展開されていた光景に揃って首を傾げた。
どこの王城にもある建国神話を語る壁飾りか絵画かみたいな状況を、どうしようと思ってもどうすることもできないので、理解は放棄してただ受け入れる事にしたようだ。
彼らと共に王の間にやってきた狼のキィは、ラ・パルスに抱えられていた姫の前で跪いてとても礼儀正しい騎士の礼を捧げた。
これが正しい騎士だお前ら見習えと傭兵団のような王国の騎士たちにイルファが喝を飛ばしたのは余談として。
ここまではとにかく、その上で白銀の獣王がお土産を持ってきた。
アヤである。
姫が喜ぶと思って!と得意満面で飛空艇から掻っ攫ってきたらしく、突風に巻き込まれて放り出されたようなアヤは跪いたキィの横で「死ぬかと思った」と平伏に近い格好になっていた。
「アーヤ」
けれどそこが神話が語られる舞台のど真ん中であろうと、精霊王に拉致されたとはいえ反省中に艇を降りた違反行為を犯したところであろうと、名前を呼ばれてしまえばダメだった。
「うわあ、リールだ」
ラ・パルスに下ろしてもらい土埃舞う床に立ったリールが、両手を広げたので遠慮なく抱きついた。
わんわん泣いた。
ついでに胸は相変わらずふっかふかだった。
見目麗しい、魔王のような皇子が「これが窒息…」などと言っていたのはまるっと無視した。
「リールは殿下と行っちゃうんだよな」
「……そうだね」
「メル。そこは即答して」
「すごい人のお嫁さんになっちゃったら、もう会えないなあ。カレルだったら会えたかも。リールも皇国でお嫁さんになれば良かったのに」
「アーヤ。ここでそれを言わないで」
「でも、どうしても、ラルスがいいの。ごめんねアーヤ」
「じゃあ仕方ない」
「…………メル、僕の方見て今のもう一回」
「いつかすっごい飛空艇造るからその時は見てくれよな」
「ん。約束する。アーヤは可愛いね、大好きだよ」
「うっひゃあああリールがデレたあああ。くそう!好き!」
「……なにこの敗北感」
お主はいつの時代も至らない奴じゃとラ・パルスに言い放ったのは、石灰の賢者ユウキだけだった。
他の連中はそう思っていても口には出せなかったので。
二人の賢者と精霊を連れた帝国軍人、それに後から合流した皇国飛空艇団と王国の騎士たちでこの場の処理はできるだろうとラ・パルスはリールを連れて帝都に戻った。道をつないでくれたのは悪夢の伯爵だった。
そこには聖属性の精霊に喰われたル・クリフ皇帝がいた。
ああ人手ができたと血溜まりの中で笑んでいた。
朱の狡知者が顕現した時点ですでに絶命していたカイ・サルダン少尉の遺体は処理され、意識はあったがどうにも動けなかったらしいルイス・トライバル中佐は「もうやだ」と一言残して皇室典医のところへ運ばれていった。
エルは、生きてはいたが意識がなかった。
彼にはもう興味を失ったかのような振る舞いだった悪夢の伯爵は、自分が届けると言って帝都郊外に停泊中の二番艇レオポルト副団長のところへエルを運んだ。
そうして、白き皇帝と対峙するに至る。
「任命の儀だけはしなければならぬ。済ませば州内の事としてラルスの権限で動かせるからな」
「陛下。丸投げされましたね?」
「姫に苦労をかけるのは忍びない。だが余の金糸雀を奪っていく輩に多少意地も悪くなろう」
「……よろしいので?」
「よろしいわけがあるか。だが『王』は変わらず姫に選択の余地を与え、姫が選んだのだから仕方ない。その点は朱のが持っていた理だが」
皇帝は組んでいた長い脚をほどいて立ち上がった。
彼が制する前にリールも椅子から腰を上げ、膝を曲げる礼をして言葉を待った。ずっとリールの手に抱っこされていた白い精霊シシィは空気を読んで大人しく椅子の座面に残った。
待っていた言葉よりも先に手袋もしていない手がさしのべられたので、リールはそれに静かに触れた。皇帝がそうする立場の者などごくごく僅かであるが、挨拶の手をとる形で女性の立礼を支えることはある。
だから触れただけの指先から、手の平を合わせられても礼は崩さなかった。
「ああ、朱のが、姫に触れたいと願っていた。とても」
「陛下がお許しくださるなら、御目通りの機会をまた得たく思います」
「朱のも、……私も喜ぶ。リール」
名前を呼ばれて、それまで彼の襟元あたりを見ていた視線を思わず上げてしまった。正しくはリールが顔を上げたのではなく、重なっていた手が引かれて体勢が崩れて上向いてしまったのだ。
強く引かれてぶつかった先に、紅玉の目玉があった。
それは無属性の精霊の証、紅水晶のようだった朱の狡知者の色、それはもうル・クリフの色だ。
見惚れていたのは認める。あまりに美しい紅だったから。
ちょっとばかり慣れてしまっていたのもある。羞恥心こそあったが、ル・クリフの肌と体温が近くにあるのがこの数ヶ月の常だったので。
だから呼吸を飲み込まれて、ようやく気づいた。
唇に触れた、と自覚した時には手をさらに引かれて後頭部を捕らわれていて、目を丸くしている間に聞こえた音でさらに見開いてしまった。
親愛の挨拶にするちゅ、なんて可愛い音ではなかった。
「ーーー兄上!!」
背後からラ・パルスにべりっと剥がされて唇を拭われたが、呆然と視界にあったのは満足げに自分の唇を舌で舐め上げるル・クリフの姿だった。
「そう怒るな。朱のへ餞別だと思っておけ」
「兄上の意思でしょう…!メル、メルも抵抗して!」
「……あ、お、驚きの方が優って…」
「ええ、ええ兄上であると確信しました。早く任命式しましょう権限をくださいすぐに立ちますので。メルはここで待っていて、って、何?兄上のを上書きしようと思っただけだけど、この手は何?」
「抵抗…してます…」
早口でまくしたてながらもラ・パルスの手が不埒に動いて抱き込もうとしてきたので、ぺしりと顔に手を貼り付けてやった。抵抗というか防御というか。そのせいで手の平に触れる唇が動いてくすぐったい。これはこれでダメだ。
音を立てそうな勢いで真っ赤に茹ったリールの、手を外して改めて抱き込まれた。だからダメなんだが。
泣きそう。
「メル。僕の可愛いメル。王への誓いとは別に、君自身に誓うよ。愛してる、ずっと、愛してるから。そろそろ僕に溺れてくれる?」
もう溺れてしまっているから、苦しくて、息がうまくできないのに。
言葉なんか簡単に出てこない。
「い、言わないとダメ…?」
「聞きたい。アーヤにはあんなに大盤振舞いしてたのに」
「それは…アーヤなので」
「ねえメル。愛してる。全部でなくても、君のひとしずくでいいから僕にくれる?」
それだけでいいよと言われて、抱き込まれているラ・パルスの腕をつかんだ。選んだのは自分なのだ。カレルに求められてもル・クリフに甘やかされてもレイリック・ユングに愛されてもどうしても、この人がいいと選んだ。
喉を鳴らしてからどうにか意を決したが、小さな声になるだろうと。
踵を上げて黒髪がかかる耳に顔を寄せた。
すき。だから。
わたくしのことはラルスが全部もらって。
泣きそうな顔で真っ赤になった弟を見て、皇帝は口を開けて大きな声で笑った。
「お前たちの婚姻の証には余の署名が必要だろう。男子が生まれたら帝国に寄越すように書類を作らねばな。だから私の金糸雀。たくさん子を生むがいい」
彼女の子を愛でるのも、また幸福だろうなと思った。
ヘタレ魔王ラルスがいちゃいちゃが足りない!と言うので
あといっこ後日談があります




