第二項 再会
家に帰るとお母さんが夕飯を作っていた。
まだ出来上がるまで時間が掛かりそうだね。
お母さんは私に気が付くと料理を作る手を止めて笑って私の方を見た。
「お帰り、リアン。狩りはどうだったの?」
「ただいま、お母さん。狩りは大成功。これから水浴びしに行ってくる」
「あら、良かったじゃない。水浴びならこれを持っていきなさい」
お母さんはそう言って洋服タンスから普段着とタオルを渡してくれる。
タオルはフワフワで夏の間は布団としても使えるやつだね。
体を拭くのに使えるのは最高の贅沢というものだ。
「ありがと」
「ルージャも連れて行ってあげて?納屋で随分退屈そうにしてたから」
「分かった」
家から出て、納屋に入るとルージャが暇潰しに自分の尻尾を追い掛けて遊んでいた。
それ、馬鹿な犬がやることだよ?
パンッと手を打つとルージャは此方を見上げてグルルルと低く唸った。
「ルージャ、水浴びしに行こ?」
「グゥ」
ルージャは嬉しそうに目を細めると自分から納屋の外に出ていった。
後を追うようにして私も外に出る。
先に出ていたルージャは身を屈めて私を待っていた。
乗れということらしい。
そんなに早く行きたいんだね。
ルージャの背中に飛び乗ると、昔お父さんに教わったように背中をポンポンと叩いて合図を出す。
途端にルージャは力強く羽ばたいて空に舞い上がった。
わざわざ飛ばなくても湖まで歩いて20分で済む距離なんだけど……。
ЖЖЖ
空の旅を満喫する間もなく湖についてしまった。
移動時間は驚異の3分。
私としては楽でいいんだけど……もう少し景色を楽しみたかったな。
ルージャは私が背中から降りるとすぐにバシャーンッと盛大に水飛沫を上げて湖に飛び込んでいた。
しばらく水の中に潜り続け、やがて水面に顔を出すとキュルルルと気持ち良さ気に高い声で鳴いて此方を見る。
早くおいで?と言いたげな顔だ。
「すぐ行くから待って」
ナイフをベルトごと外し、服を脱いで、その2つをタオルと一緒に近くの岩の上に置く。
準備が出来たところでルージャとは違い、ゆっくりと歩いて湖に入った。
腰の辺りまで水に浸かる所で足を止めて体を洗う。
鹿の臭いがついてるから念入りに洗わないと……。
体を洗い終わって水の中にボーッと潜っていると何やら赤い水が此方に流れてきた。
遠くでルージャがバシャバシャやってるし、大方魚を捕まえて食べてるんだろうね。
それでも血は見たくないかな。
「ルージャ、魚を食べるのはいいけど血をこっちに流さないようにして」
水面に浮上して目を瞑ったままに言ったけど返事がない。
おかしいと思ってルージャを探すと、あの子は既に陸の上に上がって呑気に欠伸をしていた。
ギョッとして血が流れてきた方向を見ると懐かしい人が剣や顔についた血を洗い流している。
黒い髪、私と同じ紅の目、間違いない!
「お父さん!?」
「は?え、あ!リアン!久しぶりじゃねえか!」
「大丈夫!?怪我してない?」
「全部返り血だ、俺がそんなに弱いわけねぇだろ」
お父さんのいる岸まで泳いで行くとお父さんは慌てて目を逸らして剣の水を払った。
「お前、いい加減恥じらいを持て!服を着てくるまで口訊かねえからな!」
仕方ないので岸に戻り、タオルで体を拭いてナイフを付け直す。
最後に服を着てお父さんの元に駆け寄ると、お父さんは険しい顔をして湖面を眺めていた。
「何かあった?」
「ん?あぁ少しな……。良ければ先に帰ってノルノに伝言を頼めねぇか?」
「お母さんに?別にいいよ。何て伝えるの?」
「鐘持ちの来賓が明日村に来る。帰りそうもないから歓迎の準備をしろ。動けそうな子供達は外に使いに出せ。以上!」
「分かった。それじゃ家で待ってるよ?」
「おう、また後でな」
そこまで話すとお父さんは立ち上がって森に入っていった。
私は寝ぼけているルージャの背中に飛び乗って背中を叩いて合図を出す。
眠そうにしていたルージャだけど合図で目が覚めたらしく、勢いよく空に飛び立った。
来賓ってなんだろ?
しかも歓迎するなんて異例の事だ。
ЖЖЖ
ルージャは家の前に私を降ろすと納屋に戻っていった。
ドラゴンって何で藁が好きなんだろう?
勢いよく家のドアをバンッと開けるとお母さんはビックリして此方を見た。
そしてホッとしたように脱力すると困ったような顔になる。
「ビックリした……。どうしたの?そんなに慌てて」
「お父さんが帰ってきてお母さんに伝えてほしいことがあるって」
「お父さんが帰ってきたの?しかも伝言?一体何て?」
「 鐘持ちの来賓が明日村に来る。帰りそうもないから歓迎の準備をしろ。自分で考えて動けそうな子供達は外に使いに出せ、だってさ 」
「……そう」
お母さんはいつになく深刻そうな顔をして話を聞いていた。
何だろう?お父さんもお母さんも凄く悩んでるみたいだけど。
私の心配を察してかお母さんは笑って私を見た。
「リアン、テナちゃんを呼んできてくれる?」
テナというのは私の幼馴染みの女の子で隣の家に住んでいる。
彼女は純血のジャルジュで母親譲りの可愛い猫耳と尻尾、父親譲りの綺麗な灰色の髪と青い目が特徴だ。
小さい頃から仲が良く、最近では一緒に狩りをすることもある。
「テナを?別にいいけど何で?」
「2人に頼みたいことがあるの」
「ふーん、分かった」
何となく引っ掛かるけど詮索してもしょうがない。
何も気付かないふりをして頷き、家の外に出る。
歩くのも面倒なのでその場で息を吸った。
「テナっ!お母さんが呼んでるからすぐ来てっ!」
テナの家に向かって思いっきり叫んだ。
すると凄まじい勢いでテナが此方に走り寄って来た。
テナは混乱したような顔で私の肩を掴んで前後に揺すぶる。
何か地震みたいだね、でも揺れすぎ。
「テナ、落ち着いて」
「何で!人の名前を大声で叫ぶの!?恥ずかしいじゃない!」
揺さぶる手を掴んで何とか止めさせると、テナは手で顔を覆ってその場にしゃがみこんでしまった。
「明日から外を歩けないじゃない……」
「いい加減、その恥ずかしがり屋なのをどうにかした方がいいと思うよ」
そう言ってテナを無理矢理お姫様抱っこして家の中に入る。
お母さんはテナの様子を見てあらあら、と笑った。
私がテナを降ろして立たせると、お母さんは真面目な顔で話を切り出す。
「村長として貴女達に仕事を任せます。
今回の仕事では特例として森の外に出ることを許可します。明日の早朝、この家に準備を済ませて来てください」
「「はい」」
2人でしっかりと返事をするとお母さんは満足気に頷いて穏やかに笑った。
「以上です。また明日」
その時、外で馬の嘶きがした。
ドアを開けるとお父さんが馬から降りたところだった。
お父さんは私達に目もくれずお母さんに駆け寄っていきなり抱き締めた。
いきなりのことにお母さんは驚いたみたいで、目を白黒させている。
けど、すぐに尻尾をパタパタと振ってお父さんを抱き締め返した。
テナは呆然とその様子を見ていたけど、すぐに正気に戻ってお邪魔しましたっ!と叫んで家を飛び出してしまう。
いつもの事だから気にする必要は無いのに。
しばらく放っておくと満足したのかお父さんはお母さんを解放してただいま、と優しく言った。
お母さんはお帰りなさいと言ってお父さんの頬にキスをしている。
あ、お母さんの目がハートになった。
どうしようかなー、と考えているとウォッホンと咳払いが聞こえてくる。
音の源を見ると、開けっ放しになったドアの前に呆れ顔のカンマロおじさんが立っていた。
私が取ってきた鹿肉を手に持ってる所を見ると偶然出くわしたんだね。
御愁傷様。
お父さんはカンマロおじさんに気が付くと擦り寄って来るお母さんを引き剥がして片手を挙げて笑った。
「カンマロ!久しぶりだな!」
「このボケ共が、年を考えろ。今年で幾つになった?」
「俺は38だな」
「私は32ね」
「ったく。間近で見せられてる娘の身になってやれってんだ。なぁ?」
お母さんが食器棚からお皿を取り出すとカンマロおじさんは鹿肉をそれに置いて、私に同意を求める。
「別に私は気にしてないよ。もうそんな時期だったかー、って思うだけ」
「風物詩かよ……」
同意を得られなかったおじさんは苦々しい顔をして頭を抱える。
やがて考えるのを止めると付き合いきれん、と言い残して出ていった。
あーあ、止める人が居なくなっちゃった。
呆れる娘を他所にお父さんはお皿にのった鹿肉を見て嬉しそうに頬を綻ばせている。
「旨そうな肉だな」
「今日獲れた鹿肉だよ」
「リアンが獲って来てくれたのよ?」
お母さんがそう言うとお父さんは目をキラキラさせて私の頭を荒っぽく撫で回す。
髪がクシャクシャになっちゃうけどこの撫で方は嫌いじゃない。
これをして貰うと凄く安心する。
「マジか!さっすが俺の娘!」
お母さんは笑いながら鹿肉を台所に持っていき、早速調理し始めた。
ものの数分で美味しそうな臭いが部屋に立ち込め、お父さんと私のお腹が鳴る。
さすが親子だ、と言ってお父さんは笑っていた。
少し悔しいけどその通りだと思う。
お腹減ったな。
しばらくするとお母さんが鹿肉のマジュン(3種の香草が入ったタレを塗って焼いたもの)を4切れ大皿に盛り付けた。
1切れ多いと首を傾げるとお母さんは私の心中を察したのかクスクス笑う。
「1つはルージャの分よ。リアン、あげてきてくれる?」
そう言ってお母さんは1切れだけ別のお皿に取り分けて私に差し出しす。
「分かった」
快く返事をしてお皿を受け取り、家を出て納屋に向かう。
ルージャ、喜んでくれるかな?
ЖЖЖ
リアンが家を出たのを確認して俺はノルノに目配せをした。
ノルノは頷いてそれに答え、そっと耳打ちをしてくる。
「大丈夫、あの子とテナは逃がせるわ」
「お前らは逃げねぇのか?」
ダメもとでそう聞くとノルノは乾いた笑みを浮かべる。
諦めてんのかよ……。
「逃げたところですぐに狩られるわ……」
「相手はマタロフの鐘を持ってる、戦いにならねえぞ。それでもやるのか?」
「2人の為よ」
そう言いきったノルノの目に迷いは無く、最早説得の余地はない。
なら、最後まで同じ場所に居させて貰うだけだ。
「……そうか、なら俺も暴れさせて貰うぜ?」
「本当なら止めるべきだけど……正直な話、ありがたいわ」
そう言って俺の胸に飛び込んできたノルノは微かに震えていた。
ЖЖЖ
納屋に入った途端、ルージャは嬉々として此方に駆け寄って来た。
お皿を地面に置いてあげると、ルージャ器用に口に入れて味わって食べている。
やがて肉を飲み込むと美味しかったというようにグルルルと鳴いて翼をバタバタ動かした。
そんなに美味しいなら冷める前に食べないと。
ついでなので納屋の壁にナイフを架けておく。
急いで家に戻ると例によってお母さんとお父さんが抱き合っていた。
ルージャに肉を持って行かせたのはそういうことだったんだ。
そんなことしなくても私を気にせずにイチャイチャしてて良いのに。
「ほら2人共、早く食べないと冷めるよ?」
「おう、そうだな!早く食おうぜノルノ」
「ええ、そうしましょう」
3人で食卓に着き、手を合わせる。
「「「いただきます」」」
いつもはしない低い声が混じり、改めてお父さんが帰ってきたのを実感した。
その後他愛もない話をして夕飯を終えると、お母さんが明日は早いんだからもう寝なさい、と言ってきた。
きっとお母さんはお父さんと2人で過ごしたいんだね。
何も言わずに私は自分の部屋に戻って布団に飛び込んだ。
予想外なことにすぐに睡魔に襲われて眠りに落ちた。
疲れてたのかな?




