第一項 何気ない日常
どうも新参猫です。
今回から二章開幕です。
長くなると思いますがお付き合い願います。
コゴゴゴゴと地鳴りのような音がして目が覚めた。
周りを見回すと見えた景色はいつも寝ている部屋ではなく家の納屋だ。
あれ?何で部屋じゃなくて納屋にいるんだっけ?
そうだ、布団が寝苦しいからルージャの所に来て、そのままもたれ掛かって寝たんだった。
ルージャというのは家で生活しているドラゴンの事だ。
昔はお父さんの相棒として大陸を飛び回っていたらしいけど、今は私を相棒にしてくれている。
小さい頃から見守ってくれていたのでお母さんからの信頼も厚い。
立ち上がって伸びをすると、寝ていたルージャが目を開けて欠伸をした。
起こしちゃったかな。
ルージャの顔を撫でて、納屋の外に出ると、村のあちこちから美味しい臭いが漂っていた。
少し寝坊しちゃったみたい。
急いで家に戻るとお母さんが朝御飯を並べている所だった。
「おはよ、お母さん」
「おはようリアン。またルージャの所で寝てたの?」
「うん、寝苦しかったから。並べるの手伝うよ」
「ありがとう。そしたらサラダを持っていって」
そう言うとお母さんは色々な野菜が入ったお皿を指差した。
サラダを食卓に運び、食器棚から2つ取り皿を出して並べる。
3つある椅子のうち1つは1年ほど使われていない。
そこは中々帰ってこないお父さんの席だ。
私が産まれてすぐにお父さんは革命軍に呼ばれた。
昔馴染みの人に頼まれたから二つ返事で了承したらしい。
お父さんは村を出ていく直前にお母さんに村長の座を譲って行った。
その話をする度にお母さんは困った人よね、と嬉しそうに言って笑う。
でも、その笑顔を見るとお母さんが、どれだけお父さんの事が好きかよく分かるんだよね。
ボーッとお父さんの席を見ているとお母さんが笑いながらパンと付け合わせのバターを机に置いた。
「明日にはお父さんも帰ってくるわよ」
「え?何で?」
「何でって……明日はリアンの誕生日でしょう?毎年この日だけは帰ってくるじゃない」
「そっか、明日は誕生日だったんだ。忘れてた」
「そういう事に無頓着なのはお父さん譲りね」
お母さんは嬉しそうに笑って席に座った。
慌てて私も席に着くと2人で手を合わせる。
「「頂きます」」
パンをかじるとサクッという歯切れの良い音がする。
お母さんの焼くパンは村の中でも評判で、よくご近所さんが他の料理を持ってきて交換していく。
そんなに美味しいものを毎日食べられる私はきっと幸せ者なんだろうと思う。
パンとサラダを平らげると紅茶を飲んでまったりとする。
何を考えるでもなくキョロキョロしているとパンを食べているお母さんと目があった。
お母さんは微笑んでどうしたの?と首を傾げる。
「え?いや、何でも無いよ」
「ふふ、お父さんが帰ってくるから落ち着かないのね?」
そう言ってお母さんは嬉しそうに頭についている狼耳をピョコピョコ動かした。
落ち着いてないのはお母さんの方だよ。
やっぱり好きな人が帰ってくると嬉しいのかな?
私もお母さんみたいにいい人に出会えればいいけど……。
「ねえ、お母さん」
「なあに?」
「お母さんって、お父さんのどこが好きなの?」
「んー。誰よりも私のことを好きでいてくれるところかしらね」
お母さんが恥ずかしげもなくサラッと答えてくるせいで、聞いてるだけの私が顔を赤く染める羽目になった。
さすがお母さん、天然というか何というか……。
あ、お母さん尻尾をパタパタさせてる。
本当に嬉しいんだね。
「何でそんなことを聞くのかしら?」
「ん?何となく気になった」
「そうなの?てっきり好きな人が出来たのかと思ったのに……」
残念そうにお母さんは俯いてパンの最後の一欠片を口に入れる。
好きな人か……。
そもそも村にいる男の子って全員10歳くらい年下だよ?
ほとんど弟みたいな感じしかしない。
「森の外に出たらできるかも」
「外に行くのはダメよ。少なくとも成人するまでね」
「はーい」
この村には絶対守らなければならない掟がある。
ジャルジュは森を出てはいけない。
サピエでも成人するまでは森を出てはいけない。
外の人間が村に来たとき、ジャルジュは家の中から出てはいけない。
その際サピエは村長の指示が無い限り来訪者を追い返すこと。
大人は何かを知っているらしく何も言わずにこれに従っている。
昔の私は納得がいかなくてよくお母さんに理由を聞いた。
その度にお母さんは困った顔をして
森の外は危ないからよ、とだけ答えていた気がする。
最近は聞いても無駄だと気付いたから聞かなくなったけど気になってはいるんだよね。
お母さんが食事を終えたのを見計らって、2人で手を合わせる。
「「ご馳走さまでした」」
さて、今日もお仕事しなきゃ。
ЖЖЖ
納屋に戻るとルージャが退屈そうに前足を交互に上げて遊んでいた。
こうして見てみると猫と大差ない気がする。
パジャマから仕事用の服に着替えて、壁に吊るしてあった2本のナイフを取って振りを確かめる。
問題ない事を確認してナイフを太股に付けてある革製のベルトにセットした。
仕事用の服というのは丈が短めの白いワンピースの事だ。
「それじゃ、いってくるね!上手くいったら肉のお裾分け持ってくるよ」
「グゥ」
ルージャは楽しみだというように目を細めて短く鳴いた。
何かお婆ちゃんみたいな感じがするけど、お父さんが言うにはルージャはまだまだ成長するらしい。
どれくらい大きくなるんだろ?
意気揚々と納屋を飛び出し、村の外まで走っていく。
さーて今日も楽しくお仕事だね。
ЖЖЖ
私はジャルジュであるお母さんとサピエであるお父さんの間に生まれたハーフだ。
見た目はお父さんに似てサピエと何も変わらないけど、力の強さとかの身体能力はお母さん譲りで、普通のサピエに比べてかなり体が強く出来ている。
その類い稀な血筋を生かす手は無いということで、村での私の役割は肉の調達、即ち狩りだ。
森に入ってから3時間が経過した。
適当に走って奥へ奥へと進んでいったのでどれくらい離れたのかは私には分からない。
村が見えなくなり、周りの音が鳥の鳴き声だけになった所でピタリと足を止めた。
神経を研ぎ澄まして、周りに居る動物達の気配を感じ取る。
……この分だと近くに12匹くらい居るね。
大抵は小動物のものだけど、猪とか鹿の気配も混じっている。
慎重に気配を探り、やがて一際大きいものに的を絞り込む。
ふぅ、と息を吐き、目を瞑ってリラックスする。
その直後、私は目をカッと開いてその気配に向かってナイフを投げつけた。
ザクッという音がした後、ドサリと何かが倒れた音がする。
上手くいったかな?
右手にナイフを構えながら慎重に音のした方に近付いて行く。
何故慎重なのかというと、以前仕留めたと思った猪が死に物狂いで突進してきた事があるからだ。
けど心配は杞憂だったようで、そこには頭をナイフで貫かれた牡鹿が倒れていた。
やった!大成功だ!
急いで鹿を木から逆さまに吊るして、頸動脈を切り裂く。
こうして血抜きをしないと凄い味になるんだよね。
あのとき食べた猪の味は忘れられない……。
しばらくボーッと血が流れ出る様子を見ていると段々気分が高揚してきた。
慌てて鹿から目を離して深呼吸して気分を落ち着ける。
危なかった。
最近は気を付けてたからこうなることも無かったんだけど、油断は禁物だね。
この変な性質はお父さん譲りで、私もお父さんも獲物の血を見ると何故か楽しくなって笑いが止まらなくなる。
お父さんは昔、この性質のせいで苦労したらしい。
詳しくは教えてくれなかったけど、とにかく血を見るのは避けろとだけ言われている。
鹿の血抜きを終えて、なるべく血を見ないように担ぎ上げる。
後は村に戻ってお向かいのカンマロおじさんに渡すだけだ。
帰りは重い荷物があるから流石に走れない、ゆっくり歩いて帰るしかないかな。
お母さんなら走って帰れるんだろうなぁ。
ЖЖЖ
6時間くらい掛けて村に戻ると辺りはもうすっかり赤く染まり、夕方になっていた。
道行く人は私が鹿を背負っているのを見て歓声を上げた。
子供達は跳びはね、大人達は両手を上げて喜びを表した。。
この村には肉用の家畜はいないので肉の調達は狩りに頼りきりだ。
私が狩りを始める前は獲物が獲れ無いことが多かったらしく、その時の名残で獲物を持ち帰った狩人を見たら喜ぶのが礼儀となっている。
すっかり祝賀ムードになった村を歩き回り、ようやくカンマロおじさんの仕事場にたどり着いた。
コンコンとドアをノックしながら呪文のような言葉を紡ぐ。
「フレイ ラク トルゼン(職人よ技をお貸しください)」
「ホクル メ モルトグ タリゼン(狩人よ貴女の求めに答えよう)」
ギギギギとドアが軋みながら開けられた。
中から現れたのは 鬣と尻尾をもつ 50歳のジャルジュの男、即ちカンマロおじさんだ。
彼は私の肩に担がれた獲物を見るとフンッと鼻を鳴らして奥の机を指差した。
あれに置けということらしい。
無愛想なのはいつも通りなので黙って鹿を机に置いて外に出る。
「フレイ ノ モルナーズ(職人よ後は頼みます)」
「ホクル メ モナ ドゥガン(狩人よ貴女の恵みに感謝する)」
彼は深く礼をして仕事場に入っていった。
いつもは普通に話してくれるけど、獲物の解体依頼するときにはこうして特殊な言葉を話す決まりになっている。
そういう慣習なんだそうだ。
さて、仕事も終わったし家に帰ろう!




