第三十八項 アルロート攻防戦 終節
昨日寝落ちしました。
楽しみにしていた方、本当に申し訳ないです。
今日中には一章が完結する予定です。
「そらよっ!」
先に動いたのは俺の方だった。
大剣を振り回し、エッカの頭を狙う。
エッカは反り返ってそれを避け、刃を突き出して反撃した。
多少戦闘慣れはしているようだが、動きが拙い。
軽くそれを避けてエッカの腹に蹴りを入れて吹き飛ばす。
吹き飛ばされた先でエッカは地面と激突したが、やがて立ち上がって首をコキコキ鳴らした。
「中々お強いですネ!私も本気で行っちゃいますヨ!」
エッカはそう言うと呪詛を唱え始めた。
「星よ願わくば聞きたまえ
盗人の守護者の福音を
神々の伝令を務めし栄光を
我が身の内に伝えたまえ」
途端にエッカの体が光だした。
何か来ると警戒したときには既にエッカは目の前に近付いて腕を振るってくる。
間一髪、それを避けて再び大剣を振り抜いた。
何かが切れる感覚が手に伝わり、勝ったことを確信する。
だが、構え直そうとした大剣を見て早計だった事を思い知らされた。
「冗談だろ?」
大剣の刃が半分辺りから綺麗に切り取られ、使い物にならなくなっていた。
「隙ありネ!」
呆然としていると心臓目掛けて突きが繰り出される。
ギリギリのところで体を捻って避け、バックステップで距離を取った。
星術も使えるのかよ。
しかも、動きがかなり速くなってる。
不味いな……。
「質問していいか?」
「戦闘中だから一つだけだヨ」
「それって何でも切れるのか?」
光の刃を指差して聞くと、何を今更というようにエッカは頷いて飛び掛かってきた。
返事の一つくらいしてくれても良いだろ?
時間稼ぎにもならないぞ?
咄嗟に大剣の残骸を投げつけて迎撃する。
しかし、エッカは意図も簡単にそれを切り刻むと勢いを落とさずに突きを放った。
右に飛んだことによって辛うじて急所は外れたが右の上腕に穴が開いた。
「グッ!」
思わず膝を付いて腕を押さえるが血はどんどん溢れてきた。
不味い、このままだと……。
「残念な弱さだネ。期待外れだヨ」
エッカは鼻で笑うと光の刃を消して俺を見下ろした。
凄まじい痛みと共に体の奥底から怒りが湧いてくる。
何とかユラリと立ち上がり、エッカを睨み付けると、彼は笑って顔を殴ってきた。
バランスを崩してその場に倒れると、彼は俺を踏みつけてニキャキャキャと笑った。
その時、頭の中で声が響いた。
喰い殺せ、喰い殺せ。
血肉を喰らいて己の身とせよ。
血酔いの聖女の御子なれば。
その瞬間、目が冴え渡り脳内が享楽で満たされる。
痛みは段々引き、苦痛で歪んでいた筈の口には笑みが零れた。
踏みつけている足を掴み、目一杯力を込めて振り回すとエッカは呆気なく地面に叩きつけられた。
その隙に起き上がり、距離を取って左手で剣を構える。
右手はもう自分の意志では動かせず、振り子のようにブラブラと肩にぶら下がっているだけだ。
「覚悟しろ……」
立ち上がった所を狙ってエッカに接近する。
すぐさま此方の動きに反応してエッカは鋭い突きを放った。
負けじと此方も剣を振るう。
だが強化された彼の動きの方が速く、俺の右腕は完全に切り落とされた。
一瞬バランスを崩した隙に脇腹に蹴りが入れられ、吹っ飛ばされる。
そのまま棺桶に激突して地面に叩きつけられた。
だが不思議と痛みは無く、立ち上がって剣を構える。
「まだ動けるのですカ?あなた本当に人間?」
「いや、殆ど純血の魔族らしい」
ニヤッと笑ってエッカを見返すがどうも焦点が合わなくなってきた。
まだ死ぬつもりはない。
だが、体が限界だ。
彼もそれに気付いたようで余裕そうに笑って何かを言っている。
残念ながら耳が機能しなくなってきているらしい。
……そう言えば一つだけまだやってないことが有ったな。
藁にもすがる思いでレイから教わった呪詛を唱える。
「星よ願わくば聞きたまえ
かの地に轟く悪名を
血に酔いし淑女の顛末を
我が身を糧に伝えたまえ」
唱えきった瞬間、俺の周りを黒い煙が覆った。
ЖЖЖ
煙が晴れると、右腕の感覚が戻っていた。
見ればルナの魔腕のように真っ黒な腕が右腕の代わりとして生えていた。
握ったり開いたりして腕の具合を確かめる。
……元のものより調子が良いな。
黒い煙は一旦散らばったが直ぐに俺の掌に凝縮して一振りの剣になった。
刃から柄まで全てが黒い不思議な剣だ。
軽く振ってみると木の枝のように軽々と振れる。
さっきまで頭の中を満たしていた享楽感は消え去り、水面のように心は落ち着いていた。
目はより一層冴え、顔から表情は消える。
エッカを見ると彼は唖然として此方を見ていた。
だが、すぐに気持ちを切り替えて此方に接近する。
先程までは見切れなかった動きだが、今はスローモーションを見ているように簡単に見切って避けられる。
ヒラリと斬撃を避け、右手の剣を振るう。
エッカは自信満々に剣を受けたが、バチッと激しい音と共に彼の手は弾かれた。
慌てて後方に下がろうと、エッカは地面を蹴る。
刹那、黒い剣が振るわれ、彼の両手両足が失われた。
しかし一度ついた勢いは消せず、彼は胴体だけで後方に吹っ飛び、地面に落っこちる。
「痛イ痛イ痛イ!何か新しい扉が開かれるヨ!」
彼は首をバタバタさせながらのたうち回った。
「随分余裕だな?」
「そんなこと無いヨ!」
この状態になったのなら殺してやるのが情けというものだ。
止めを刺そうと彼に歩み寄り、剣を突き刺そうと逆手に持って振り上げる。
何とか逃げようと動いていたエッカだが、やがて諦めたように目を閉じた。
「一つだけお願いしても良いカイ?」
「内容による」
「殺したあと空いた棺桶に入れておいてヨ。蓋も閉めておいてネ」
「……いいだろう」
「そう、感謝するヨ」
彼が言い終わると同時に剣を彼の心臓に突き刺し、止めを刺した。
戦争の幕は存外静かに閉じられた。
剣を引き抜いて血だらけのそれを担ぎ上げ、棺桶に放り込み蓋を閉める。
その瞬間、どこかで聞いたことのあるカチッという音がした。
後悔する間もなく地面が揺れ始め、周りの壁がガタガタと嫌な音を立て始める。
恐らく魔術による地震だろう。
しかしタイミングが良すぎる。
生き埋めにして死なば諸共ってか?
ふざけるな、生き埋めは御免だ。
急いで部屋を飛び出し、階段をかけ上がる。
あいつらは無事か?
ЖЖЖ
時計塔を出るとレティアとアンセルとアジャス、それにガナンが待っていた。
アジャスは俺を見つけると嬉しそうに笑って飛び上がる。
「よう、お前ら。結界は壊せたみたいだな?」
「おうよ!ガナンの兄貴がぶっ壊してくれたんだぜ?」
「ありがとな、ガナン!」
「当たり前の事をしただけだ、気にするな!」
照れ臭そうにガナンは背を向けると魔力を纏って空に飛んでいった。
彼が見えなくなるまで4人で手を振って見送ると、レティアが嬉しそうに此方を見る。
だが俺の事を見た瞬間レティアはピシッと動きを止めた。
「どうした?レティア」
「シュ、シュドム、の腕が……」
レティアはやっとの思いで俺の右腕を指差して言った。
そんなに驚かなくてもいいだろ?
肩をすくめてアンセルとアジャスを見ると、2人共目を丸くして右腕を見ている。
お前らもかよ!
「後で色々話してやるから今は脱出するぞ」
1人でさっさと歩き出すと恐る恐るといった具合に3人共ついてきた。
仕方ないので歩きながらエッカとの戦いを叫ぶようにして話してやると、話が進むごとに3人は段々近付いてくる。
話し終わる頃には4人並んで笑って話を出来るような距離に戻った。
そんなに怖いか?
確かに黒い腕ってのは俺も慣れないけどよ、
別に襲ってくる訳じゃないんだし普通に接してくれ。
「にしても、片腕落とされて諦めない当たりが大将らしいよな?」
「本当にね、普通はそこで逃げるか命乞いだよ」
「仮にも団長がそんなことできるかよ。
部下が戦いを諦めるような死に方はしない。
最後まで戦って部下に仇討ちさせるような死に方をするのが上に立つ人間の役割ってもんだ」
「うえ、そしたら俺は一生下っぱかよ!」
「それが似合ってるよ」
「ひっでぇ!」
4人で笑い合いながら歩いて行く。
これが日常だと改めて実感できる一時だ。
しかし、この日常も直に終わりを迎える。
戦争が終わった以上、危険な集団である獣の旅団が解体されるのは自明の理だ。
そうなったときの為に兵士達の新しい職を考えてやらないとな……。
考え事をしているとレティアが笑って俺の顔を覗き込んできた。
「そんな暗い顔なんて、似合いませんよ?」
「……違いない!さーて帰って宴会だ!」
「「おうっ!!」」
全員が腕を空に突き上げて叫ぶ。
その瞬間、急に体が重くなった。
地面の揺れは増し、立っていることも出来なくなる。
近くにある建物は崩れ、先程まで自分がいた時計塔が音を立てて崩れさるのが見えた。
「どうなってる!大将!」
「知らん!聞かれても困る!」
揺れは5分程続き、ようやく収まる頃には辺りの景色は一変していた。
辺りは瓦礫の山と化し、死都としての姿すら失われている。
さながら遺跡といった感じだ。
先程まで怖い程美しい町並みが広がっていた筈だが、最早その面影すら無い。
アジャスは顔を上げて辺りを見回すと驚きの声を上げた。
「大将!雲が近い!」
「何だと?どういう事だ?」
空を見上げると確かに10mほど上に雲があり、明らかに以前と比べて近づいている。
一体何事だ?と首を捻っているとアンセルが必死の形相で裾を引っ張ってきた。
「早く脱出しよう!どう考えても此処は危ないよ!」
「分かってる!お前ら、走れ!ガナンが空けた抜け穴までもう少しだ!」
そう叫び、他の3人の背中を叩いて走るのを促す。
全員が走り出したのを確認してから自分もまた走り出した。
ЖЖЖ
10分程走り続け、抜け穴に着くと全員揃って絶句した。
本来ある筈だった地面ははるか下に見え、否応無くアルロートが空中に浮かんだことを認識させる。
4人で顔を見合わせ、改めて下を見た。
「なあ大将。親切が過ぎたんじゃねえか?」
「……俺もそう思う」
恐らく原因はエッカの棺を閉じた事にある。
あのときカチッという音がしたしな、アジャスが引っ掛かりそうになった罠と同じようなもんだろ。
「アジャス、此処から指笛は届くと思うか?」
「分からねえ。でもやるしかねえだろ?」
そう言ってアジャスはピューイと指笛を鳴らした。
俺は懐から角笛を取り出して精一杯吹き鳴らす。
2つの音は空に響き渡り、やがて吸い込まれるように消えていった。
後は待つだけだ。
あいつらなら気付くだろ?
2分程すると何処からかグラァァァァア!!という雄叫びが聞こえてきた。
穴から地上を見渡すとノーグとルージャが此方に向かって飛んできているのが見える。
2頭は一度城壁を飛び越してから地面に降りてきた。
ノーグに飛び乗ってレティアに手を差し出すと、レティアは頬を赤く染めて手を取って俺の後ろに乗る。
アジャスの方を確認すると、上手い具合にアジャスとアンセルが相乗りしていた。
アジャスはルージャの背中をポンポンと叩いて合図を出し、先に空へと飛び出していった。
「レティア、しっかり掴まってろよ?」
「はい!」
レティアは俺に後ろから抱きついてニッコリわらった。
浮かれて落ちないでくれよ?
心配して後ろを見ているとグルルルという鳴き声が聞こえてきた。
ノーグを見ると いつものを頼む、というように低く唸って此方を見てくる。
仕方ないな。
「行くぞ!ノーグ!」
「グラァァァァア!!」
ノーグは勢いよく空に飛び出して滑空を始めた。
短い間だが空の旅を満喫できるな。
ЖЖЖ
地上に近付くに連れて、段々兵士達の様子が分かってきた。
動揺している上に全く統率が取れていない。
敵が攻めてきたらどうするつもりだったんだ?
やっぱりザックだけじゃ無理か。
「ノーグ、あいつらの前に下ろしてくれ!」
そう言って兵士達の方を指差すとノーグはグルルルと鳴いて急降下を始めた。
レティアはいきなりの降下に悲鳴を上げられず、必死に抱きついてくる。
中々幸せな一時だったが、すぐにノーグは着地して俺達が降りやすいように身を屈めた。
レティアをくっつけたまま何とかノーグを降りる。
彼女を引き剥がして兵士達の前に立つと、兵士達はザワザワと騒ぎだした。
これは酷いな、挨拶も出来なくなったのか。
息を目一杯吸い込み、腹の底から叫び上げた。
「お前ら!何ボサッとしてんだ!さっさとマイソーカに戻って宴会の準備をしやがれ!戦争は終いだ!」
兵士達はハッと目が覚めたように姿勢を正し、息を吸った。
「「おぉぉぉぉお!!」」
第一部隊の連中から始まった雄叫びは段々全ての隊に伝わり、やがて空を震わせるような凄まじいものとなった。
満足してニンマリと笑い、率先して走り出すと後ろから兵士達がついてきた。
結局マイソーカまで走り続け、たどり着いた頃には辺りは夕焼けの光で赤く染められていた。
アジャス「聞いたかザック。櫓が燃えたらしい」
ザック「あぁ聞いたぜ?今回は屋根の上で音頭をとることになった」
アジャス「屋根の上!?上るのか?」
ザック「当たり前だ!是が非でも皆に声を届かせなきゃならねえんだ、それくらいどうってことねえよ」
アジャス「48歳のオッサンが言う台詞じゃねえよ」




