リーゼロッテと転生者
私の抱える大問題が、ついに魔法学園に入学してきた。
赤みがかった茶色の髪。ボブカットなのは、商人の娘だからだろうか。長い髪は貴族の特権みたいなもので、綺麗な水をふんだんに使えないと不衛生で仕方がないからだ。
彼女の名はサクラ・グリーン。シェーンブルン公爵領内に本拠地を置く、デュオクリームという行商ギルドの副ギルド長の一人娘が、彼女だ。
私の知っているゲーム「Princess Step〜私を探す王子様〜」では、彼女は2年生として入学することになっていた。だが、蓋を開けてみればそれは違っていた。彼女は魔法大学に通っていたのである。
それが留学制度を利用して、この魔法学園にやってきたのである。私からしたら疫病神以外の何者でもないので、そのままずっと北の糞みたいな土地で流氷でも見ていればよかったのに。
てかハルって名前じゃなかったんだ。てことは私の前世の名前は、ハルってことになるのかな?へー。サクラ、ね。そういえばこっちの世界にサクラってあるのかしら。
小麦も芋もあるし、ある程度は期待してもいいのかもしれない。進化の収斂ってやつかもしれない。
とにかく、サクラちゃんは可愛かった。同性である私ですら見惚れてしまうほど可愛かった。ぱっちりした目。すっと通った鼻筋。ぷるんとした唇。雪の様な肌。長い睫毛。利発そうな雰囲気を放ちながらも、どこかぽわんとした癒し系のオーラも持つパーフェクト美少女。おまけに成績優秀ときたもんだ。
そんな彼女が魔法大学からの留学生ともなれば、話題にならないわけがなかった。
「あの転入生、可愛いですわね」
そう切り出したのはエリザベータ派閥の、ええと、誰だったか……。たしかアヴァリオン公爵系列の伯爵の庶子だったと思うんだけど……。
エリザお姉様と魔導モーター車の開発に着手してから、私はエリザベータ派閥の生徒と接することが多くなった。今もエリザベータ派閥の子たちと食堂でランチ。それに伴って、周りは私をエリザベータ派閥に入ったと思っているようだった。
でも、私はあなたたちを知らないの……。ごめんね……というか、自己紹介くらいしてくれてもいいじゃない。
「そうね。出力問題はこの案で行きましょう。多少燃費が悪くなるけれど、こっちの方が出力に優れると思いますわ」
全く人の話を聞いてないエリザお姉様が、昼食に全く手を付けずに言う。伯爵庶子ちゃんが可哀想じゃない。名前覚えてない私が言うのは筋違いかもだけど。
無視された伯爵庶子ちゃんは気にしてない様子だ。てかエリザお姉様の側にいると、この対応も慣れちゃうのよね。本気で魔道にしか興味ないみたいだし。変なスイッチさえ入らなかったら、普通の公爵家令嬢……いや、普段もあんまり令嬢っぽくないか。私がそもそもぽくないし。
私の隣にエリザお姉様が座って、周りを同級生の女子生徒が群れを成して囲んでいる光景は、むしろ滑稽ですらある。なんで滑稽かというと、私とエリザお姉様にとって取り巻きなんてアウトオブ眼中だからだ。
うん。ごめんね。私貴族嫌いだし、名前を覚えてほしかったら、それなりに役に立つところを見せるべきだと思うのよね。
「あー、あの子ね。可愛いけどまだ喋ったことないなぁ。エリザお姉様、モーターの案はそれでいきましょう。少しくらいなら大型化してもモーター出力さえ安定すれば問題ありません」
というわけで私がエリザお姉様とその派閥の子との間に入る形になってしまっている。エリザお姉様は周囲に全く興味がないし、私は彼女らの名前をほとんど知らないし、彼女らはそれを特に気にしていない様子である。エリザお姉様の側にいれば派閥争いには巻き込まれない、という利点だけで彼女の周囲を囲んでいるようだ。
前世でも女同士の政治的やりとりはたくさん経験したけど、本当に面倒くさい。しかもそのほとんどの女がそれを面倒くさいと思っていても、なぜか政治的やりとりをせずにはいられない。連れションとか本当に面倒くさい。
まあそうやって爪弾き者を作り出して、他人を蹴落とすことで、自分の精神を安定させている部分もあるんだけど。
「まあ!あの留学生、エリザベータ様にもリーゼロッテ様にもご挨拶されてないんですか!?」
派閥の女の子たちが一斉に口を隠すように手を持っていった。あまりに綺麗に揃っていたので演技にしか見えない。まあ演技なんだろうけど。
というかそれを言いたくて可愛いとかぬかしたわけか。普通のご令嬢なら、自分より可愛いのか?とカチンとくるところだもんね。
それから取り巻きたちは口々に文句を言い始めた。
「信じられませんわ!魔法大学から来た方は礼儀を知りませんのね!」
おー、魔法大学と彼女は言っているはずなのに、私の耳には北の田舎と聞こえるぞ。
確かにサンマルティア公爵領は帝国最北端の領地で、ただただ広いだけの痩せた土地だ。山と針葉樹林に囲まれ、農地に適した土地はほとんどない。林業と造船業、そして優れた魔導師による魔道具作成が主な産業という、限界集落みたいな土地だ。
でもそのくせめちゃくちゃ金持ってるのは、偏に魔道具と魔法大学のおかげだ。北の田舎も侮りがたし。
「わたくしが呼んできましょうか!?」
「よ、呼んで……って、何もそこまでしなくても……」
「でも彼女ったら、リーゼロッテ様に断りもなくオズワルド様やセドリック様と親しげにお話されていたんですよ!」
「そうですわリーゼロッテ様!ここはガツンと言うべきですわ!」
そうだそうだと外野が囃し立てる。
実際、彼女らも面白くないのだろう。容姿端麗なサクラちゃんは、かなりの数の男子から言い寄られている。狙っていた殿方を横から奪われたように見えてもおかしくはない。まあ、その子に魅力がなかったからってわけなんだけど。
「お話してみるくらい、よろしいのではなくて?」
エリザお姉様が目線を全くこちらに向けずに言った。コミュニケーション放棄公爵令嬢は黙っててください!留学生を呼び出すとか完全に喧嘩腰すぎるじゃないですか!
だが、そのエリザお姉様の言葉を「呼んでこい」と受け取った女子3人でサクラちゃんのところに小走りで向かっていった。どの名前も覚えていないコミュニケーション放棄伯爵令嬢は私。
サクラちゃんは一人で黙々と今日のランチである、パンとシチューとサラダを食べていた。食べ方は貴族のものではなく、庶民らしい食べ方だった。
「サクラ・グリーンさん?ちょっとよろしいかしら」
話しかけるにしては大きな声。一瞬で、ガヤガヤとしていた食堂が静まり返る。ああ、完全に喧嘩腰だよ……!
何かサクラちゃんが呟いたように見えた。面倒くさい、とかその辺だろうか。ごめんなさい主人公様!
……うん?この光景、どこかで見たことあるんじゃないか?
3人の顔が見えない女キャラが立っているスチル。不自然に空いている真ん中の空間。そこにはとある悪役伯爵令嬢が颯爽と初登場を決めるのだ。
……ついに来た。これがシナリオの修正力か!
「何でしょうか?」
サクラちゃんは至って冷静なようだ。彼女が留学してきてから、慌てふためいたところを見たことがない。オズやセドに話し掛けられたら多少はドギマギするものなんだけどなぁ。やっぱり主人公様は違うのかもしれない。
「こちらの学び舎には慣れまして?」
「ええ。ある程度は慣れました。魔法大学でも一人暮らしをしていたので」
「ふーん。慣れた……にしては食べ方が随分と粗野ですこと」
「魔法大学ではテーブルマナーは学びませんの?」
ああ!このイベントだ!間違いなくこのイベントだ!これから、3人を宥めすかすように登場して、余裕を見せつけるどこぞの悪役伯爵令嬢がいるはずだ!どこだ!ここだ!私だ!
「……すいません。貴族様のマナーには疎いもので」
「ふん。こんな庶民が魔法学園に来るなんて、甜められたものですわ」
「わたくしたちは厳しい試験に合格して入学してますのよ?そこにあなたみたいな裏口入学がいると、わたくしたちまで白い目で見られてしまいますわ」
入学試験かー。あの、アレね。私の場合、宮廷から書簡が来て勝手に合格したことになってたアレね。筆記試験とか実技試験とか、一切やった覚えがない。入学前の数年間は、ひたすらに領内の村々を巡って穴掘ってた記憶しかない。
というか、魔法学園に入学する方法は唸るほどの金を持っているか、貴族であるかのどちらかだ。カロン伯爵家は両方だったので、私が試験を受けてないだけなのかもしれない。
「あなた、エリザベータ様やリーゼロッテ様に挨拶していないそうですわね」
名前を出すな!と言いたいが彼女らの暴走は止まらない。天災2人組と名高い迷惑コンビの名前を聞いて、サクラちゃんも困惑の表情。念のため言及しておくと、誤字ではない。
魔道の授業でいろいろやらかし続けた私とエリザお姉様は、天災の2つ名を頂いてしまった。2年生からは実践魔道という科目も増え、決闘の練習が組み込まれることになっている。天災の2人と当たるようなら、欠席するのが正しい選択と言われている。酷い。
実践魔道の最初の授業での最初の質問が「辞退はできるのか」と「降参は成績に影響するのか」というものだった。その勇気ある質問者は、私とエリザお姉様をビクビクしながら見ていた。
別に人食い虎でもないのだから、その反応はかなり傷付く。
「校内に不慣れなようですから、案内して差し上げますわ。ちょっと来てくれるかしら?」
「……ええ」
あれ?サクラちゃん、こっち来ちゃったけどいいの?
というか周りの視線が痛い。エリザお姉様はまたノートに設計図かメモかわからないけどガリガリ鉛筆で書いてるし。てかランチに一口も手を付けていない。
さすがに栄養不足で倒れられても困るので、シチューをスプーンで掬って、あーんをする。はぁ……。何が悲しくて女の子同士であーんなんてしないといけないんだろう。
「エリザお姉様。あーん、してください」
「んあ」
エリザお姉様が令嬢らしからぬ大口を開けて、まるで雛のようだ。ちょっと可愛い。これが庇護欲……!
私は、ノートに零れないように片手を受け皿にして口まで運ぶ。マナーもクソもない。貴族の気品なんてものは月まで吹き飛んでいる。
そこに訪れるサクラちゃん。
さっき取り巻きのA子さんが言ってたマナー云々はこの世界には存在しないのよ、おほほ。
さすがにサクラちゃんも面食らったようで、ぽかんとしている。取り巻きA子、B子、C子は言うまでもなくさらにぽかーんとしている。
「エリザベータ様、リーゼロッテ様、それは……?」
目の前の光景が信じられなくて、B子が尋ねた。
「エリザお姉様ったら、このままじゃ餓死してしまうでしょう?だからこうして食べさせていますの」
「2、3日くらい食べなくても生きていけますのに、リゼがうるさく言うものだから……」
「生きていけません!魔道の基礎は体力からですわ」
「でも葉っぱを食べるなんて芋虫みたいなことやりたくないわ」
「貴族たるもの、社交界の蝶になるために必要なことです」
芋虫は蝶になるために葉っぱを食べるのですわ!
「リゼには魔術でも口論でも勝てないわね……」
「…………」
何とも言えない空気が流れた。
秘技!空気ブチ壊し!
天災と呼ばれ、さらには貴族の中でも最強の格を持つ私たちだからこそできる技だ。同時に、こいつ社会常識がねえな、と判断させて脅威判定を下げる効果も見込める。変態貴族に売られたくはない。
「あの……、私、呼ばれてきたんですけど」
「ようこそサクラちゃん。どうぞ座ってくださいな」
エリザお姉様にあーんをしながら、私は手で対面の席を示す。もちろんそこには人が座っているわけだが、この場に私に逆らえる人はいない。慌てて数人が立ち上がって席を譲る。
そうだよね。第三者から見れば、私ってアヴァリオン公爵、シェーンブルン公爵、アシェット公爵の家の子に生意気な口がきける新気鋭の伯爵の一人娘ってことになってるわけで。しかもその手からは無詠唱で殺傷能力の高い魔術が飛び出すともなれば、怯えるのも仕方がない。
空いた席に恐る恐るというふうにサクラちゃんが座る。目線は私とエリザお姉様を行ったり来たり。
あれ?こんな冷静さを欠いたサクラちゃんは初めて見るなぁ。
「呼び出しておもてなしもできずにごめんなさいね。わたくしは話がしたいと言っただけなのに、ちょっと齟齬があったみたいで」
「も、申し訳ありませんでした!」
エリザお姉様に餌……もとい、シチューをあーんしながら、ちらっ、とA子たちを見れば、彼女らは深々と頭を下げる。ちょっと!それじゃあ私が完全に恐怖政治を敷いてるみたいじゃない!
「あ、そういうわけじゃなくてね、あの、それはいいけど、もう少し穏便にと思いまして……」
「はい、以後気をつけます。リーゼロッテ様におかれましては、ご寛容なお言葉、ありがとうございます」
……やりづらい。彼女らにとって、私は恐怖の対象なのだろう。たしかに貴族社会において、地位と権力と金は絶対的なものだ。公爵家に睨まれれば、それだけで家が物理的に潰される。そんな公爵家のうち、3人の子と親しい自分は、いったいどう思われてるかなんて、彼女らの反応を見れば一目瞭然だ。
ちょっと複雑な気持ちになりながら、私は延々とエリザお姉様に餌付けをする。ほーらシチューですよー。鶏肉のシチューですよー。人参が入ってるからって嫌な顔してはいけませんよー。
「ええと、サクラ……さんは、デュオクリーム商会の副ギルド長の娘さんでしてね?」
デュオクリーム商会とは、シェーンブルンの街にある乳製品関連のギルドだ。カロン伯爵領でとれる羊乳のほとんどは彼らが牛耳っている。それ以外は個人利用の範囲だ。
「ええ。そうです」
「デュオクリーム?あのデュオクリームですか!?」
取り巻きA子が大きなリアクションをとる。エリザお姉様が何事?と顔を上げるが、自分に関係なさそうだったのでまたノートに集中しだした。
あれ?エリザお姉様?私がシチューをあーんすることに何の疑問ももってらっしゃいませんこと?
デュオクリーム商会は貴族の間ではちょっとした有名所だ。乳製品という広い枠を利用して、様々な商品に手を出している。特に力を入れているのが製菓系で、製菓ギルドとの軋轢もあるようだが、今のところデュオクリーム商会に軍配が上がっている。
それも、デュオクリーム商会の発表する新商品があまりに魅力的だからだ。アイスクリームやレアチーズケーキを見た時は、思わず胸が高鳴って涎が滝のように出た。
彼女がそこの副ギルド長の一人娘というのは、ローラに命じて裏を取った。カロン伯爵家はお得意様の1つだったし、結果が出るのはかなり早かった。
「そうよ。そして彼女こそがデュオクリーム商会の影のブレーン……。そうでしょ?」
エリザお姉様の口にシチューを運びながら、私は横目でサクラちゃんを観察。私の言葉に、サクラちゃんはほんの少し瞼を動かしたが、努めて動かさないようにすぐ元に戻した。これで白状したのと同じだ。
こっちの情報はゲームでは知らなかったんだけど、ローラに探らせたらあっさり出てきた。情報漏洩とかの観念が薄いからなのかしら。それともサクラちゃんが凄腕パティシエールっていうのは、大したことない情報なのかしら。もしかしたら貴族お抱えのパティシエールという位置まで彼女を押し上げてやりたいという人情から、というのも考えられるけど。
でも、それ以上に見えてくることがある。それは私が転生者でなければ見えてこないものだ。
「何のことでしょう?私は父の仕事には詳しくないもので……」
「あら、そう?じゃあ、きっとわたくしの勘違いね」
私は努めてどうでも良さそうな声色で応える。しかも食い気味に。
これで1つだけはっきりしたことがある。サクラちゃんはシナリオの修正力を受けていない。いや、それどころかシナリオから逸脱する力を持っている。
……私の仮定が正しいなら、サクラちゃんとは交渉の余地があるはずだ。
はい。とりあえずエリザお姉様のシチュー皿は空っぽ。ということで私はスプーンを行儀悪く皿の中にからん、と落とす。それを合図にして、私は立ち上がった。
私が立ったのを見て、エリザお姉様も立ち上がる。集中力が切れたのか、ノートも畳んでしまっている。
「それではごきげんよう。サクラさん」
「……ええ、ごきげんよう。リーゼロッテ様」
サブタイからネタバレしていくスタイル




