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第1章 借金漬けの領地と無駄金食いの塔

挿絵(By みてみん)

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5

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翌朝、リリアの案内で塔を見に行った。


谷の突き当たりにそれは立っていた。


魔導水晶塔『セレスティア』。


高さ60メートル。


半透明の水晶を幾重にも組んだ外殻が、朝の光を受けて内側から青白く燃えて見える。


領内の家々が玩具のように感じるほどの巨大さだった。


王都から高名な芸術家を招き、建築の最中から話題になっていた。


古代オーミ帝国時代にあったとされる伝説の宝塔『クーレスティア』をモデルにしている。


外周に取り付けられた螺旋階段を、最上階まで登ればヴェルン領を一望できる。


観光名所の一つとして建てられたが、そんな高さの塔を登る物好きなどいない。


今や無用の長物と化していた。


しかし。


美しい。


アルフレッドは思った。


思った直後、黒い炎のような罪悪感が胸の内を駆け巡り、それを振り払うように彼は塔へ歩を進めた。


観光客用の階段は鎖で閉ざされ、石畳に埃が積もっている。


昨年からはもう誰も上がっていない、とリリアは言った。


塔の根元で、杖を持った老夫婦が、塔の壁に手を当てて『減圧』の詠唱をしていた。


「覚えておいでですか?魔石守のヨハンと奥さんのエラ。2人とも今は請負で塔守として常駐しています」


魔石守は原石を掘る仕事ではない。


すでに据えられた石の機嫌を読み、保守する仕事だ。


ヴェルンの領民はほとんどが農民であり、魔石に携わる仕事をこなす者はヨハンとエラの2人しかいなかった。


塔ができる前から、ヨハンの一族は代々、魔石守として峠の標石を守ってきたが、跡継ぎがおらず、塔守の担い手は来年から外部委託することになっている。


近づいてきたアルフレッドに老人は振り向きもせず言った。


「なんじゃ若様か。王都の仕事はどうした?」


「なんじゃはないだろ。辞めたよ。じい、久しぶり」


エラと抱擁しながらアルフレッドはヨハンに声をかけた。


「あっちじゃ金勘定の仕事をしてたって?」鼻を鳴らしてヨハンは言った。


「まあそんなところだね」


「なら金の話は要らんな。わしが話すのはこの塔の話じゃ。それを聞きにきたんじゃろ?」


ヨハンは、塔の根に何本も潜る太い管を、掌で叩いた。


「上を見ろ。この塔の芯には、でっかい魔石が入っとる。コナン大公国で採れたヤツじゃ。


核晶と呼ぶ。


魔石の中でも特級の魔力を秘めた石じゃ。


人の背の3倍はある。


あれは石の魔力を吸って、その圧で形を保っとるんじゃ。


だから吸わせ続けにゃならん。


吸わせるには魔石を食わせる。


この先に投入口がある。


わしらの仕事はそこに魔石を放り込むことじゃ。3年前からな」


「止めたら?」


「割れる」


老人は初めて、こちらを見た。


「王都の請負は『劣化する』と言った。


嘘じゃあないが、割れるとは言わなんだ。


じゃがわしらが石を放り込むのを止めれば核晶は割れる。


割れれば、塔は崩壊じゃ。3万トンの石が一気に谷に降る」


ヨハンは塔を見上げた。


「まったく。都会者に良いように食い物にされた。その象徴じゃよ。この塔は」


エラがこっそりアルフレッドに耳打ちした。


「あんなこと言ってるけどあの人、石には格別の情を寄せてるのよ。まるで自分の子供みたいに」


アルフレッドも塔を見上げた。


「維持するには石が要る。石を止めれば塔が崩れる。どっちにしても無駄金食いってことか」


「そうじゃ。建てた日から止められん造りになっとる」


ヨハンはそう言って、ひとつため息を吐いた。


「……割れ方なら、選べるかもしれんが」


「割れ方?」


「峠の標石を見たろう」


老人は顎で、村の外の方角を示した。


「あのてっぺんに乗っかっとる魔石はな、昔、この核晶と同じ、コナンの石から切り出した小片じゃ。


わしが20年磨いとる。あれは魔力を吸わん。ただ、独特の鳴き声を出す。


荷馬車が前を通れば、荷が重いほど、低くな。馬はあの音を嫌がるんじゃ」


アルフレッドの耳の奥に、昨日の唸りが蘇った。


「小さく切れば、石は魔力を吸わなくなる。理屈の上では。核晶ほどの石でそれをやった者は、誰もおらんがな」


風が吹いてアルフレッドの髪を乱した。


塔が微かに鳴った。


細く澄んだ音だった。


昨夜の数字を思い出しながら聞くと、何故か領地の財布が軋む音に聞こえた。


「リリア」


「はい」


「この塔を建てた請負は?」


「マルクス魔導コンサルティング商会。


基本構想から起債の手続き、芸術家、建築業者、請負業者の選定まで、全部そこです」


「契約書にその名は?」


「企画、設計、調整業務委託として。委託料は建設費の一割」


「3,000ザゼンか」


「はい」


それは領地の年間税収より多かった。


「魔石の供給組合は?」


「請負業者の紹介で決まりました。理事の名簿まで私は見ていませんが」


アルフレッドは黙って頷いた。


名簿は必ず改めよう。


「この塔を建てた先代の代官は今どこにいる?」


「王都の出納局に昇進しました。昨年」


「3年で異動して、失敗したとしても責任は誰にも残らない。残るのは、建物と返済表か」


「……そういう仕組みです」


「仕組みなら直せるな」


自分に言い聞かせるような話し方だった。


リリアがゆっくりと彼の横顔を見た。


その表情にある種の決意のようなものを見てとった。


「まさか……若様は、塔を壊すおつもりですか?」


「わからない。まずは数字を全部見る。それから契約書を全部読む」


「それで、何か変わりますか?」


「知らないうちに負けている戦いを、負けていると知る戦いに変える」


彼は塔に背を向けた。


「この領地は、誰にも負かされたつもりがないまま負けている。それだけは確かだ」


塔がもう一度低く鳴った。


青い光が、彼の影を長く石畳に引き伸ばした。


(第1章 了)

「ネット小説は初速が命!」という死んだ婆さまの家訓に従い、5話まで一挙掲載!


今後はぼちぼち更新しますので、お時間ございましたらお誘い合わせの上、お付き合い頂きますよう何卒よろしくお願い致しますm(_ _)m

挿絵(By みてみん)

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