第1章 借金漬けの領地と無駄金食いの塔
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翌朝、リリアの案内で塔を見に行った。
谷の突き当たりにそれは立っていた。
魔導水晶塔『セレスティア』。
高さ60メートル。
半透明の水晶を幾重にも組んだ外殻が、朝の光を受けて内側から青白く燃えて見える。
領内の家々が玩具のように感じるほどの巨大さだった。
王都から高名な芸術家を招き、建築の最中から話題になっていた。
古代オーミ帝国時代にあったとされる伝説の宝塔『クーレスティア』をモデルにしている。
外周に取り付けられた螺旋階段を、最上階まで登ればヴェルン領を一望できる。
観光名所の一つとして建てられたが、そんな高さの塔を登る物好きなどいない。
今や無用の長物と化していた。
しかし。
美しい。
アルフレッドは思った。
思った直後、黒い炎のような罪悪感が胸の内を駆け巡り、それを振り払うように彼は塔へ歩を進めた。
観光客用の階段は鎖で閉ざされ、石畳に埃が積もっている。
昨年からはもう誰も上がっていない、とリリアは言った。
塔の根元で、杖を持った老夫婦が、塔の壁に手を当てて『減圧』の詠唱をしていた。
「覚えておいでですか?魔石守のヨハンと奥さんのエラ。2人とも今は請負で塔守として常駐しています」
魔石守は原石を掘る仕事ではない。
すでに据えられた石の機嫌を読み、保守する仕事だ。
ヴェルンの領民はほとんどが農民であり、魔石に携わる仕事をこなす者はヨハンとエラの2人しかいなかった。
塔ができる前から、ヨハンの一族は代々、魔石守として峠の標石を守ってきたが、跡継ぎがおらず、塔守の担い手は来年から外部委託することになっている。
近づいてきたアルフレッドに老人は振り向きもせず言った。
「なんじゃ若様か。王都の仕事はどうした?」
「なんじゃはないだろ。辞めたよ。じい、久しぶり」
エラと抱擁しながらアルフレッドはヨハンに声をかけた。
「あっちじゃ金勘定の仕事をしてたって?」鼻を鳴らしてヨハンは言った。
「まあそんなところだね」
「なら金の話は要らんな。わしが話すのはこの塔の話じゃ。それを聞きにきたんじゃろ?」
ヨハンは、塔の根に何本も潜る太い管を、掌で叩いた。
「上を見ろ。この塔の芯には、でっかい魔石が入っとる。コナン大公国で採れたヤツじゃ。
核晶と呼ぶ。
魔石の中でも特級の魔力を秘めた石じゃ。
人の背の3倍はある。
あれは石の魔力を吸って、その圧で形を保っとるんじゃ。
だから吸わせ続けにゃならん。
吸わせるには魔石を食わせる。
この先に投入口がある。
わしらの仕事はそこに魔石を放り込むことじゃ。3年前からな」
「止めたら?」
「割れる」
老人は初めて、こちらを見た。
「王都の請負は『劣化する』と言った。
嘘じゃあないが、割れるとは言わなんだ。
じゃがわしらが石を放り込むのを止めれば核晶は割れる。
割れれば、塔は崩壊じゃ。3万トンの石が一気に谷に降る」
ヨハンは塔を見上げた。
「まったく。都会者に良いように食い物にされた。その象徴じゃよ。この塔は」
エラがこっそりアルフレッドに耳打ちした。
「あんなこと言ってるけどあの人、石には格別の情を寄せてるのよ。まるで自分の子供みたいに」
アルフレッドも塔を見上げた。
「維持するには石が要る。石を止めれば塔が崩れる。どっちにしても無駄金食いってことか」
「そうじゃ。建てた日から止められん造りになっとる」
ヨハンはそう言って、ひとつため息を吐いた。
「……割れ方なら、選べるかもしれんが」
「割れ方?」
「峠の標石を見たろう」
老人は顎で、村の外の方角を示した。
「あのてっぺんに乗っかっとる魔石はな、昔、この核晶と同じ、コナンの石から切り出した小片じゃ。
わしが20年磨いとる。あれは魔力を吸わん。ただ、独特の鳴き声を出す。
荷馬車が前を通れば、荷が重いほど、低くな。馬はあの音を嫌がるんじゃ」
アルフレッドの耳の奥に、昨日の唸りが蘇った。
「小さく切れば、石は魔力を吸わなくなる。理屈の上では。核晶ほどの石でそれをやった者は、誰もおらんがな」
風が吹いてアルフレッドの髪を乱した。
塔が微かに鳴った。
細く澄んだ音だった。
昨夜の数字を思い出しながら聞くと、何故か領地の財布が軋む音に聞こえた。
「リリア」
「はい」
「この塔を建てた請負は?」
「マルクス魔導コンサルティング商会。
基本構想から起債の手続き、芸術家、建築業者、請負業者の選定まで、全部そこです」
「契約書にその名は?」
「企画、設計、調整業務委託として。委託料は建設費の一割」
「3,000ザゼンか」
「はい」
それは領地の年間税収より多かった。
「魔石の供給組合は?」
「請負業者の紹介で決まりました。理事の名簿まで私は見ていませんが」
アルフレッドは黙って頷いた。
名簿は必ず改めよう。
「この塔を建てた先代の代官は今どこにいる?」
「王都の出納局に昇進しました。昨年」
「3年で異動して、失敗したとしても責任は誰にも残らない。残るのは、建物と返済表か」
「……そういう仕組みです」
「仕組みなら直せるな」
自分に言い聞かせるような話し方だった。
リリアがゆっくりと彼の横顔を見た。
その表情にある種の決意のようなものを見てとった。
「まさか……若様は、塔を壊すおつもりですか?」
「わからない。まずは数字を全部見る。それから契約書を全部読む」
「それで、何か変わりますか?」
「知らないうちに負けている戦いを、負けていると知る戦いに変える」
彼は塔に背を向けた。
「この領地は、誰にも負かされたつもりがないまま負けている。それだけは確かだ」
塔がもう一度低く鳴った。
青い光が、彼の影を長く石畳に引き伸ばした。
(第1章 了)




