第1章 借金漬けの領地と無駄金食いの塔
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アルフレッドとオットー。
2人がかりで読み合わせをしていたが、読み終えた時、窓の外はすっかり暗くなっていた。
アルフレッドにとって、記載されている数字は単純だった。単純すぎて腹が立つほどだった。
魔導水晶塔『セレスティア』。
高さ60メートルの石組みの塔。
その全周囲を半透明の水晶を加工して作った外殻で、幾重にも覆っている。
そしてこの塔の上層、尖塔の根元には、この巨大建築物の目玉となるコナン魔石の原石が埋め込まれている。
5メートル以上の巨石。
塔には導入管が張り巡らされており、そこへコホック産の魔石を投入し、その魔力でもって巨石と外殻を固定している。
これは、ヴェルン領の観光名所とするために建てられた、典型的な箱物建築物であった。
建設費は、3万ザゼン。
塔は、全額を『過疎債』という王国の制度で賄って建てられている。
いわゆる借金だ。
返済期間は15年。
利子を含めた返済総額は3万4000ザゼンになる。
その返済金の7割は、王国から支給される魔導交付金の算定に組み込まれ、実質的に補填される。
領地が自腹で負担するのは、残りの3割。
15年間で約1万200ザゼン。
年あたりにすれば、680ザゼンあまりである。
請負契約の説明書には、この数字を根拠に『持ち出し3割』と大書されていた。
わずか3割の負担で観光名所が手に入ると。
嘘ではない。
嘘ではないから、たちが悪い。
問題は、塔を建てた後にあった。
塔を維持するには、毎年1,800ザゼンが必要になる。
内訳は、塔を固定するための魔石の補充費用、常駐する塔守2名の給与、水晶の研磨代。
魔石は『コホック王都魔導供給組合』との年契約で納入されるため、途中で止めることも減らすこともできない。
故に、塔がある限り、塔守の給与も水晶の研磨代も減らせない。
そして、この維持費には王国からの補助が一切ない。
ではヴェルン領の収支はどうなるのか。
領地の年間税収は2,400ザゼン。
そこから、建設費の返済負担680ザゼンあまりと、塔の維持費1,800ザゼンを支払う。
合計は2,480ザゼン。
支出は、税収を毎年80ザゼン上回る。
治安隊の給金や代官府の運営費は、この計算に含めていない。
それらは別枠の交付金で賄われているからだ。
ここで語っているのはあくまで、塔に関わる収支だけの話である。
それだけで毎年赤字だった。
アルフレッドは椅子の背もたれに背中を預け、凝り固まった体をほぐした。
「来春から、元金の返済が始まります」
いつの間にか、リリアが戸口に立っていた。
灯りと夜食を持ってきていた。
「据置期間が終わるので。以後は毎年こうなります」
「観光客の見込みは?」
「請負の説明書では年2万人でした」
「実績は?」
「昨年800人。大半は塔を見に来たのではなく、隣国へ抜ける途中で足を止めた商人です」
怒りも嘲りもない、事実を伝えるだけの平坦な声だった。
アルフレッドは帳簿の別の頁を開くとリリアに言った。
「交付金の7割補填という説明が、もうひとつ引っかかる」
オットーは黙って窓の外を眺めていた。
「これは金が振り込まれるという意味じゃない。交付金を計算する式の中に、返済金の7割が『必要な支出』として見込まれる、というだけだ。
計算の式に入るってだけで、別枠の金が降ってくるわけじゃないんだ」
「それで、何か困りますか?」
「困るさ。つまりこの7割は、領地が『交付金をもらう側』にいる間しか意味を持たない」
リリアは息を呑んだ。
「仕送りの中に借金返済の金も含まれている。借金を返す金を、借金をさせた相手から、もらい続けなければならない。そういう作りだ」
机の隅で黙っていたオットーが、低く言った。
「代官は2度、それを説明した。2度とも、私は頷いた。頷くしかなかった」
「責めているわけではありません」慌ててアルフレッドは言った。
「わかっている。だが、頷いたのは私だ」
アルフレッドは、返す言葉を持たなかった。
「もうひとつ、ご報告が」
リリアが、別の紙を差し出した。
「たった今、代官様からの書簡が霊脈通信で届きました。
森の土壌調査の報告書です。
王都から来た移住者……あの学舎の先生、アーデルハイド・ケストナーという学者が、この谷の子供らに読み書きを教えるかたわら、暇を見つけては森を歩き回っていたそうなのですが先月、土に魔石の成分が含まれていると彼女から報告があって、王都の地質調査局へ届け出をしたと。その返事です」
「魔石が、この森に?」アルフレッドは眉を上げた。
「今は精製できる純度ではない、微量の成分だとケストナー女史は言っています。義務での届け出だったはずですが」
リリアの答えにオットーが、また低く言った。
「こういう話は、足が速い。代官のいう新規事業開拓とはこのことだったんだな」




