第1章 借金漬けの領地と無駄金食いの塔
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峠を越えたところに、赤い外套の女が立っていた。
治安隊を表す赤い肩章。
腰に見事な装飾を施した短剣が一本。
歳は自分より少し上……だったはず。
日に焼けた顔に、努めて感情を排した目がついている。
リリア・フェルナー。
ヴェルン領で代々治安隊を任されている家系の出身。
「お久しゅうございます若様。リリアです。
今は治安隊長を任せられています。
旦那様から、お迎えを言いつかり参上致しました」
治安隊の隊長と名乗ったが、ここヴェルン領の治安隊員は彼女1人だけだった。
成り手がいないのだ。
たった1人だけの治安部隊。
その彼女の責任感と、10年前とは見違えるほどに美しく成長した姿にアルフレッドは胸を打たれていた。
そして故郷を離れるとき、彼女に贈った短剣をいまだ携えていることを認め、湧き上がる感情に思わず我を忘れそうになったが、その気持ちを無理やり押し殺し、敢えて冷たい言葉を放った。
「出迎えは要らないと手紙に書いたはずだが?」
「書いてありましたね。だからと言ってヴェルン領主の御嫡男を付き添いもなくお屋敷にお迎えするわけにはまいりません。これは家臣の総意でもあります。
……ただ、若様が着く頃、代官様がご不在であることは付け加えなければなりませんが」
「今日か?」
「3日前から王都です。新規事業開拓の件で、だそうで」
伏し目がちに言ってから彼女は先に歩き出した。
後に従ってアルフレッドも周りを見回しながら歩いた。
見慣れた風景。懐かしい風景。
そのはずだったが彼の記憶とは違う景色が広がっていた。
畑の半分は雑草が生い茂り、半分は藪に戻っていた。
屋根の抜けた家が、5軒に1軒の割合で並んでいる。
それに対して道だけは妙に整っていた。石畳の継ぎ目に草はなく、空を反射してまるで鏡のようだった。
道の脇を、細い川が並んで流れていた。
水は日差しの下で極めて澄んで見える。
井戸を掘らず、この川から水を汲む家が今も大半だった。
川向こうの空き地に、板壁の小さな学舎が見えた。
窓から、子供たちの声がする。
教える女の背中だけが見えた。
「あれは?」アルフレッドはリリアに聞いた。
「学校です。昨年の春から。移住者の方が教師を買って出てくださったんです」
王都から来た変わり者だと、領内では専らの噂だという。
「あとで挨拶に行こう」
「かしこまりました」
「道は直したのか?」
「補助金で。3年前に」リリアは振り向かない。
「過疎債は、塔にしか使えない決まりだったので。道は補助金の枠でどうにか」
「塔は?」
「見ればわかります」
それきり、彼女は口をつぐんだ。
影が差すその表情に、アルフレッドの胸は痛んだ。




