第1章 借金漬けの領地と無駄金食いの塔
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乗合馬車は、峠の手前で止まった。
「ここから先は歩いてくれ、兄さん」
御者は手綱を握ったまま言った。
「あの石の向こうは、うちの馬が嫌がるんだ」
道端に腰の高さの標石が立っている。
石に刻まれたネルトゥス神の紋は苔に埋もれ、下半分はもう読めない。
頭に嵌め込まれた青い魔石だけが、この一帯でいちばん手入れの行き届いた物として鈍く光っていた。
アルフレッド・ヴェルンは荷を担いで降りた。
端正な顔立ち。
黄金比を体現したような目鼻立ちは、まさに生きた芸術品の境地に達していたが、彼が纏う暗い雰囲気が、その魅力を台無しにしていた。
標石の前まで来ると、耳の奥で低い唸りがした。
馬でなくとも、耳慣れない者にとっては確かに不快な音だとアルフレッドは思った。
ここから東の谷、ヴェルン領内はすべて、隣接するガルド辺境伯領の巨大魔導炉『ウルツ炉』が万一、炉心融解したときのために引かれた警戒線の内側に入っている。
第一防衛圏。
7つあるうちの最も危険な地域。
炉心融解が起こった時、一番最初にコホック王国から見放される地域。
標石はそのことを示している。
振り返ると、尾根の向こうに白い煙が一筋上っていた。
半日の距離。炉の排熱だ。
10年前、王都へ出る朝にも見えた。
子供の頃はあれを雲だと思っていた。
あの炉が毎年、魔石を焚いて得られる税収は、1ザゼンもこの谷には落ちない。
標石は人の流れを止めるだけでなく、金の流れも止める。
標石のこちら側に届くのは、避難計画と備蓄品と、それに関わる維持費だけだった。
アルフレッドは魔石に指の背で触れた。
地元の人間は毎朝、掌でこの石に触れるが、アルフレッドは一度もそうしたことがなかった。
触れた瞬間、石はより低く、彼の耳の中で唸った。
「呪い……だろ?」
乾いた笑みを浮かべてからアルフレッドは、自分が生まれた屋敷へと歩き出した。




