第2章 寄付の抜け穴と追放された経営顧問
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その日の深夜。
アルフレッドはかつての同僚、エルンスト・フォーゲルに連絡を取るため、書斎の隅で遠話晶を起こした。
魔石の魔力を利用した遠隔通話機。
丸い水晶に話す相手の顔が浮かび上がる。
そのはずだがヴェルン領のそれは旧式で雑音が多い。
王都の財務魔導院の交換室を経由し、監査課の回線に繋がるまでに10分かかった。
ようやく繋がったと思い、水晶に映った人影に対し苛立たしげに名乗ったが、出たのはエルンストではなかった。
「監査課だ」
低く、平坦な声。聞き覚えがあった。
即座に姿勢を正す。
相手は財務魔導院監査課課長、ゲルハルト・アイヒホルンだった。
「アイヒホルン課長。アルフレッド・ヴェルンです。元、監査課の」
「知っている」
わずかな間があった。
「かけてくるだろうことは聞いていた。
元課員からの通報は、規程により課長が直接受ける。要件を聞こう」
まるで筒抜けだ。アルフレッドは軽くめまいを覚えた。
写りの悪い遠話晶に向かって報告を続ける。
「今日、ヴェルン領で、企業版寄付型魔導投資制度の契約案を確認しました。
委託料は寄付額の9割、成果の確認は受託者自身が行うとなっていました。
これは不備です。
標準様式から条項が抜けています」
「第14条の件だな」
その言葉にアルフレッドは固まった。
自分は、条文の番号をまだ口にしていない。
「……ご存じでしたか」
「様式を改めた者が、条項の番号を知らないほうがおかしいだろう」
正論だった。
しかしそれが、言葉通りなのか、削除に関与していたという告白なのか、どちらの意味にも取れた。
「5年前の改訂は私が承認した。理由は報告書にある」
5年前だったら自分は別の課へ出向していた。
改訂の場にいなかった。そしてそれ以来、監査課の内部には戻っていない。アルフレッドは冷たい汗をかき始めていた。
「返還条項は一度も行使されなかったんですか?」
「いや。しかし2年で2件だ。徴収にかかる費用が回収額を上回った。
実効性のない条項を標準様式に残す理由はない」
「件数が少ないのは、条項があったからです。詐欺まがいの契約をさせない抑止として機能していたってことですよ」
「その効果を測った数字はあるか?」
「……ありません」
「ないか。数字のない効果を、私は制度に残せない。感情の問題ではなく、監査の問題だ」
課長は少し声を落とした。
「制度は、悪意を前提には作れない。
そう作れば、本来守られるべき善意の大多数が動けなくなる。
私はその大多数のために様式を軽くしたに過ぎないんだよアルフレッド」
「では、削除後の23件の成果はどこから出てきたんです?そのうち19件は実際に交付金が支給されたとのことですが」
「受託者自身の報告による」
「それはつまり自己申告でしかないということですよね?」
「そうだ」
課長は否定しなかった。それが、かえって冷たく響いた。
「報告書は受理する。
ただし君は今、元課員というだけの単なる私人だ。
領主代行として正式に通報するなら書式がある。エルンストに聞け」
たらい回しだった。
まさか自分がそちら側にまわる日が来ようとは。
アルフレッドは一呼吸置いてから慎重に話し出した。
「課長」
「なんだ」
「マルクス卿を、ご存じですか?」
「王都で制度に関わる者なら、名前は知っている」
「お会いになったことは?」
「ある。監査課長として、制度の運用者には会う。それくらい君も知っているだろう」
回線の向こうで扉の開く音がした。
「課長、次のご予定のお時間です」
若い男の声だった。
落ち着いていて、よく通る。聞き覚えはない。
自分が出向したあとに課に入った者だろうか。
「わかった」
課長はそう答え、アルフレッドには何も言わずに通信を切った。
映像と雑音が途絶えた遠話晶には、青ざめた自分の顔が写り込んでいた。
失望の念がはっきりと見てとれる。
そんな表情をしていた。




