第2章 寄付の抜け穴と追放された経営顧問
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「あなたたちが欲しいのは木材でも景観でもない。森の地下に眠る魔石の成分だ!」
マルクスは答えなかった。
アルフレッドは続けた。
「ヴェルンには魔石を精製する設備がない。法律で禁じられているからな」
魔石の原石を精製する技術は、炉の性質上、コホック王国と、ヒラー山脈を隔てて隣接するコナン大公国、それぞれの首都に住む、特別な認可を受けた大魔導士にしか許されていない。
庶民は、精製の工程に触れることさえ法で禁じられている。
設備も職人も、そもそもこの谷には持ちようがない。
原石を掘り出しても、買えるのは認可を持つ側だけ。
故に価格を決めるのも、当然そちらだ。
「だから、ヴェルンは自分の土地から出たものなのに、その価値を自分で決められない」
アルフレッドは書類を見下ろした。
「そして商会は、その事情を知っている」
だからこそ、権利だけを安く買い叩ける。
「森林資源活用……か」
アルフレッドは吐き捨てるように言った。
「よくできた名前だ」
マルクスが初めて瞬きをした。
ほんの一瞬だったが。
「……よくお調べで」
「届け出をしたのは、王都から来た教師だ。
あなたの耳に届くまでそう時間はかからなかったらしいな」
部屋に静けさが満ちた。
「つまりこういう仕組みだ。税控除と委託料は、別の経路を通る金だが、結果としてあなたの懐に流れる。
あなたはたったの200ザゼンで2万4000ザゼン分の権利を得る。
我が領地はたったの200ザゼンであなたに森を20年間も明け渡す。
三方が満たされている?
残りの二方がなんなのか教えてもらいたいものだ」
「アルフレッド様」
マルクスの声はまだ柔らかい。
「数字の見方は立場で変わります。私どもは、地方が単独では得られない資金と接続を提供しているだけです」
「では成果を聞かせてもらおう」
頁が戻された。
「見方の違いで魔石のことを無視できるなら、この事業の成果は何で測る?移住者か?雇用か?森林の再生面積か?」
「別紙に目標値が」
3冊目の資料を並べる。
「移住者年30名、雇用20名。書いてあるな。
では。達成できなかった時は?」
マルクスは答えなかった。
「第14条」
アルフレッドは、その条文を声に出して読んだ。
「『本事業の成果の確認は受託者がこれを行い、その報告をもって完了とみなす』」
顔を上げる。
「マルクス卿。確認するのも報告するのもあなた自身だ。
未達の時に委託料を減らす条項も、返還を求める条項もない。
目標値は書いてあるが外れた時どうするかは書いていない。
成果連動条件が抜けている。
成果が得られなかった時の責任は誰が取るんだ?」
「様式の違いです。地域ごとに実情が……」
「この様式は、7年前に財務魔導院の監査課が標準様式として各領へ配った。
私はその策定の場にいたんだ!」
マルクス卿の発言を遮った後、一拍おいてアルフレッドは続けた。
「第14条は同期のエルンスト・フォーゲルが起案した。彼はまだ在籍している。あとで確認すれば良い。
内容はこうだ。
成果が未達の時、委託料の3割を返還すると書いてあった。
その一文がない。
どこかで誰かが消している。
あなたが消したのでなければ……誰が消した?」
マルクスの手が鞄の縁を弄っていた。
ローデンはペンを握ったまま固まっていた。
小さく咳払いしてからマルクスが口を開いた。
「前例では、これで問題は起きておりません」
「ローデン殿」
アルフレッドは、初めて代官のほうを向いた。
「この契約は20年だ。あなたは3年で異動する。
署名しても給金は下がらないし、20年後の森がどうなっているかもあなたには関係のないことだろう。
だが領地に異動はない。ずっとここにあり続けるんです!」
ローデンは何か言いかけ、しかし言葉を選べずにいた。
「もう一つ。第9条。この条文も怪しい。
『採掘権は、本寄付の趣旨に鑑み、寄付元に開放されるものとする』。
制度が禁じる『寄付の見返りとしての利益誘導』に真っ向から抵触する文言だ。
だが、よくできている。
もしこれが税務監査で違法と判定され、控除が取り消されても、損をするのは元々払うべき税金に戻るだけのあんた方じゃない。
寄付金をすでに吸い取られ、追徴課税と莫大な加算金を押し付けられるのは、契約の当事者であるこの領地と、ここに署名したローデン代官だけだ」
「ハッ!そこまでの解釈は……」
「解釈は監査課がする。
その監査が入った時、責任のすべてが自分たちに向かないよう、安全な場所に逃げるための『保険』としてこの条文を仕込んだ。
契約書を3冊に分けているのはそのためだな?
本当にこれは……人を煙に巻くためだけに作られたとしか思えない契約書だ。たいしたもんだ」
「……」
代官が握ったペンの滴りは、いつの間にか冷や汗のそれに変わっていた。




