Ch.015② 夢を追う過程
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「嘘だろ……」
スタンドで、羽田先輩が呟いた。
7月30日土曜。黎明対将帝の試合は、最終的に[4:5x]で将帝が勝利した。
金垣、将帝の四番。今まで見た中でも、間違いなく最上位の打者だ。
4打数3安打、うち2本がホームラン。エキシビションマッチで黎明が僕ら相手に先発させていた投手を完全に圧倒し、打席では凄まじい存在感を放っていた。
宮川守が登板してからは、金垣も将帝打線も抑え込まれた。
一方、将帝の先発女子投手である霧島を前に、黎明はなかなか打線をつなげられない。
最後の二イニングで意地を見せたものの、結局、敗戦を覆すことはできなかった。
「勝手に負けやがった……」
望月先輩が、不満そうに呟いた。
「どうする?俺らも棄権する?」
椎名先輩が冗談を言ったが、今のみんなの脱力感を吹き飛ばすほどの力はなかった。
落ち込んでいる先輩たちを見て、風が先に声を出した。
「まあ、どうであれ、やることはやらないと。」
「まず今日の試合に勝ちましょう。そのあと先輩たちには、一晩だけ気持ちを切り替える時間あげますから。」
「元々一晩しかないだろ。明日すぐ決勝だし。」
秋本先輩が冷静に突っ込んだ。
「秋本。」
「はいはい~」
仲いいな、この二人。
「やることは一つだろ?みんな。」
松谷先輩も、ようやく顔を上げた。
「そうだな。あいつら負けたんだから、こっちまで甲子園行けなかったらダサすぎる。」
望月先輩がそう言うと、少しずつ、みんなの元気も戻っていった。
通路を抜けて選手用ベンチへ向かう途中、ずっと僕らを待っていたらしい宮川兄弟と鉢合わせた。
弟の宮川進が先に口を開く。
「やあ。すみません。ちょっと仙を借りてもいいですか?」
先輩たちはそれを聞くと、特に何も言わず、そのまま先へ歩いていった。
……仙?名前で呼んでる。
そういえば風も、前に宮川守のことを「守」って呼んでたな。
ベンチでスタメン表を書き終えたあと、先発投手の名前をしばらく見つめた。
横浜対藤沢翔陵を見た日の夜、僕はいつものように風と通話して、試合内容を共有していた。
-「どうやら、高木があの本田って投手をかなり気にしてたみたいだし、先発させようか。せっかくのチャンス、プレッシャーの中でどれだけ投げられるか見てみたい。」
決勝進出がかかった大事な試合で、一年の高木を先発。思い切るな。
だが、今になって考えると、ちょうどよかったのかもしれない。
風だって、多少は黎明が負けたことを引きずっているはずだ。
そして今ここで、黎明の敗退に何の影響も受けていない唯一の人が、高木陽輝だった。
「高木くん、ちゃんとアップしてね!」
「大丈夫?」
「OKだよ~」
望月と加藤に声をかけられても、高木は相変わらず気楽そうだった。
「やっぱ本田先発か。君の言った通り、ほぼ一人のチームだね。」
通路から戻ってきた風が、スコアボードの名前を見て言った。
「先輩、あの二人に何言われたんですか?」
「大人の話だから、子供は知らなくていいよ~」
喧嘩したいのか?
少し間を置いて、普通に答えた。
「将帝のこと話したいって。試合終わったあと時間作ってくれるらしい。君も一緒に来て。」
え?僕も?
まあいい、本来は試合終わったら夢ちゃんたちのところ行こうと思ってたけど。
「分かりました。望月も――」
「もちろん。」
もう何聞くか分かってるじゃん。
今日ベンチに残っている選手は風。
高木が9回まで持たなかった時に備えて、いつでも出られるようにしているんだろう。
あ。もちろん可愛い望月もユニフォーム姿で、いつでも出られるようにしている。
「望月。」
「なに?」
「向こうのキャッチャー、女子なのか?」
前回はスタンドから横浜の試合を見ていたので、気づかなかった。
「本当だね!皆すごいです!」
望月は手元のスタメン表を確認し、目を輝かせた。
大会規則が変わったとはいえ、実際に女子選手が出場しているのを思わなかった。今のところ、望月を入れて三人目か……
試合が始まると、高木は完全にいつもの軽さを消した。
イニング間には、相変わらず「Oh~no~」だの「No mind~」だの言っているけど、マウンドに立っている時は、一球一球、本気で投げ込んでいた。
その姿に、僕ですら何度か目を奪われた。
……いや。念のため言っとくけど、BLルートとか、僕には絶対ないから!
「高木くんって、大事な時は頼りになりますね。」
「そうだな。あんなにうるさくなければ、普通にかっこいいのに。」
望月に同意したけど、僕には、高木が少し疲れてきているように見えた。
高木の最速は今のところ144キロ。
6回裏が始まった時、何球か出ていたが、7回に入ってから、一度もその数字が出ていない。
「マウンドにいる時はね。でも、羽冬にはまだ負けるんです。」
「そうだね。D組一のイケメンって称号は、望月からもらったものだから。」
「今でもそう思ってますよ。安心してください~」
くそ。一言一言が全部クリティカルダメージ。
彼氏がいるって知ったあと、なんで逆に前より魅力的なんだ?
同時に、試合が進むにつれて、望月が高木を見る目に、普段話している時とは少し違う感情が混じっているようにも見えた。
尊敬?それとも――
突然、風がグローブを持ってベンチを出た。
「望月。」
「はい。」
「僕の球、捕れるよな?ブルペン付き合って。少し肩作る。」
「分かりました。」
やっぱり風も、高木の状態に気づいていた。
今は[3:1]。
まだ二点リードしてるから、すぐに替える必要はないんだろう。
だって風が投げれば、本田以外にまともに打てる選手がいるとは思えない。失点する可能性もほとんどないだろう。
それに、疲れているのは高木だけじゃない。相手の本田も同じだ。
前々日の試合ほどの力強さがない。
この大会が始まってから積み重なった疲労が、とうとう今日、表に出てきたのかもしれない。
望月がブルペンへ向かう背中を見送った。
なんとなく、また誰か話しかけてきそう。
「羽冬。」
「なに?」
「やっぱり、難しいね。」
加藤の声には、少し戸惑いが混じっていた。
「何の話?」
「心の答え、とか。」
恋愛しか頭にないのか、この少女は。
高木があんなに頑張ってるんだから、少しくらい試合見ろよ!
まあ、記録はちゃんとつけてるんだけど、あまり入り込んではいないように見えた。
「そんな急がなくてもいいんじゃない?ゆっくりでいいよ。」
「うん。」
「そういえば、あとで宮川先輩たちのところ行く時、加藤も来るのか?」
「行くよ。風先輩に聞かれたし。奏音ちゃんも行くんでしょ~?」
……なんで急に、その野次馬みたいな顔に戻るんだよ。
8回裏。高木がまた一点を失って、今は[3:2]、一死一塁。
ここで風が、僕に伝令を任せた。
「マウンドに集まった時、高木がいつも通り馬鹿なこと言えてるなら続投。」
「ただし。走者が二塁まで行ったら替えるって伝えて。」
あ?何その変な基準。
「分かりました。」
僕はグラウンドへ走り、主審へタイムを伝えたあと、内野の先輩たちがマウンドへ集まった。
最初に口を開いたのは椎名先輩だった。
「おい、大丈夫か後輩。」
「無理すんなよ。」
望月先輩も続いた。
「Oh~マジ疲れた~もう替えてくれてもいいんだけど。」
マウンドでは熱血漫画の主人公みたいなのに、喋ると全然そうならない。
「まだ投げられそうだな。」
松谷先輩はそう言って頷くと、そのまま二塁へ戻っていった。
ほかのみんなも、それを見て自分の守備位置へ散っていく。
みんな、高木をこういう基準で見てるの?
「先輩から、走者が二塁まで行ったら交代だって。OK?」
「やった~そしたら休めるじゃん。」
ベンチへ戻ると、風がさっきの様子を聞いてきた。
「ははは。ほんと高木らしい。」
結局、高木は一塁走者を牽制で刺し、次の打者を三振に取った。
言ってることと、やってること、全然違うじゃん。
9回表。
限界に近かった本田は、百球を超えたところで失投。失投を投げた直後、バランスを崩してグラウンドへ倒れた。
その一球は、ほとんど試合の終わりを告げる球だった。
本田が降板すると、僕らの打線は一気に爆発して、さらに三点を追加した。
9回裏。
風が高木からマウンドを引き継ぐ。三者凡退で、完璧に締めた。
最終スコアは[6:2]。
試合後、高木を見つけて笑顔で話しかける本田が、今にもこぼれそうな涙を必死にこらえているのを見て、僕は考え込んだ。
夢って、何なんだろう。
グラウンドで汗を流し、最後の最後まで諦めない覚悟のことなのか。
それとも、因縁の相手とぶつかり合う、何か象徴的な意味まで持つような、激しい復讐戦のことなのか。
先輩たちは、結局黎明と戦えなかった。
本田も、悪役みたいな僕らに、ここで旅を終わらされた。
夢を追っていても、いろんな理由で、最後まで納得のいかない形で終わることがある。
みんな、結果より過程が大事だと言うけど、自分が大切にしていたものまで、運命に冗談みたいに書き換えられた時、それでも僕らは、その「過程」を大切にできるのだろうか。
最後に思い知らされるのは、自分の意思だけでどうにかできることなんて、ほとんど何もないということだけだ。
そうだ。誰も変えられない。まして、情熱そのものが擦り減って、もう何も残っていない時なら。
僕も同じだ。




