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Ch.014④ そのままでいい

15

 7月24日日曜、午後1時半。

 バッティングパレス相石スタジアムひらつか。通称、平塚球場。


 甲子園予選には、「コールドゲーム」という制度がある。

 5回終了時点で10点差、7回終了時点で7点差がつけば、その時点で試合終了。

 そして僕らは、ここまで三試合連続で相手をコールドにしていた。


 今日も[11:0]、6回コールドで相模原中等教育を下した。

 しかも、風《かぜ》、城島先輩、高木、誰が投げても、ここまで一失点すらしていない。


 ちなみに、先輩たちは散々矢野先輩をいじっていたけど、結局その後は、毎試合ちゃんと矢野先輩を先発のセンターで使っている。

 なので守備中のベンチに残るのは、基本的に僕、望月、加藤。

 それと、その時登板していない投手。風《かぜ》か高木のどちらかだけだ。


 試合が終わったあと、みんな次の試合には大して興味がない。

 当然、残るのは偵察担当。つまり僕と望月だけ。


「今日も頑張ろうね。」

「何を?」


 望月の可愛らしい笑顔をしっかり堪能してから、答えた。


「望月と仲を深めるところかな~」

「へえ~」


 あの日のメッセージは、僕らの関係を変えなかった。

 むしろ、前より気が楽になったくらいだ。


——7月13日 午後——


「バレちゃったね。」


 あの通知が出てから、少し距離を取ったまま黙っていると、先に口を開いたのは望月だった。


「羽冬《はねふゆ》の隣だと安心しすぎちゃった。」

「普段なら、一件目の通知が出た時点でスマホ伏せてたと思うのに。今日はそのまま、次々表示されるの眺めちゃってた。」

「じゃあ、本当に彼氏なんだ?」

「うん。」


 正直だな。


「羽冬、怒りましたか?」

「怒るべきか?」


 怒りというより、「やっぱりそうだったんだ」という感覚のほうが近い。


 いつも一人で隅へ行って、少し寂しそうな顔でメッセージを返していたこと。

 年齢には似合わないくらい、落ち着いて大人びていたこと。

 そして最初に会った時から、「同じタイプ」という直感。

 

 もしかすると、僕はずっと前から何となく気づいていて、ただ意識して触れなかっただけなのかもしれない。


「もう、その人のこと好きじゃないんだろ?なんで別れないの?」


 自分でも、少し冷たい顔をしている気がした。

 望月を怖がらせてなければいいけど。


「羽冬って、やっぱり人のことよく見てるね。」


望月は少しだけ笑った。


「いろんなことって、先に防げれば、あとで片づけなくて済むのかもしれません。いえ、前はちゃんと好きだった私自身、まさか今こんな関係になるなんて思ってませんでした。」


そして、少し考えるように続けた。


「でも、付き合ってるのに、もう気持ちがないからってすぐ別れるのは……無責任な気がするんです。」

「だって今も、井上くんは優しいし。」

「私のことも、すごく好きでいてくれてるように見えますから。」


さらに声を落とす。


「それに私、井上くんのことをどう思ってるのかすら、自分にもよく分かりません。」


「もし本当に終わらせるなら、少しでもいいから、向こうの気持ちが今より少し冷めて、別れてもそこまでつらくない時にしたいんです。」


「その時が、一番いいと思います。」


 そうか。


「じゃあ、今までの遊びも終わりかな。」

「え?」

「彼氏いるって分かったのに、今まで通りやってるわけにもいかないだろ。」


望月は少し迷ってから、もう一度口を開いた。


「でも、羽冬が今までみたいに接してくれるほうが、私は楽です。たぶん、羽冬になら知られても大丈夫って思ってたから、さっきもあんなに警戒してなかったんだと思います。」


 いつもなら、ただの言葉の応酬として流していたはずの一言が、なぜか今は、少しだけ本気に聞こえた。

 望月の秘密を預かることになった。

 だったら僕は、今まで通りでいないといけない。


 まだ、聞けないことはいくつかあるけど。


 まあ、それでいい。

 彼氏がいる女子と仲良くするのは、一番安全だ。僕を好きになるはずがないから。


 まして、最初から僕を好きじゃなくて、これからも好きになるはずのない女子なら、なおさらだ。


「望月がそう言ったんだからね。」

「うん。」


 望月はいつもの調子で笑った。


「羽冬はこれからも、今まで通り適当にふざけててください~」


 ほんの一瞬だけ。

 頭の中をよぎったのは、ピンク色の宝石ブレスレットと、黒い髪が風に揺れる光景だった。


――――


 ベスト16を争う段階まで進んだ。

 一回戦の頃と比べれば、観客はかなり増えていた。


 とはいえ、高校野球の熱気を一番感じたのは、やっぱり満員だった開会式の日だ。


 向上対山手学院。

 試合は最終的に、向上が[4:1]で勝利した。


「次もコールドになりそうだね。」

「そうですね。兄さんたち、強すぎるんです。」


 今まで、黎明みたいな圧を感じるチームには、一つも出会っていない。


「望月。」

「どうしたの?」

「エキシビションマッチから、一回も出てないだろ。バッティングセンターでも行って、ちょっと打ってく?」

「それって、デートのお誘いですか?」

「そうだよ~」


 その日。平塚市内のあるバッティングセンターに、一見すると恋人同士にも見える男女がやって来た。

 少し変わっていたのは、打席に立っているのが、ずっと女子のほうだったこと。

 細身な体格からは想像できないほど、スイングも打球の強さも、かなり高いレベルだった。

 そして男子のほうは、その少し後ろで、次々とボールを打ち返していく彼女の姿を、ただ静かに眺めていた。


Ch.014お読みいただき、ありがとうございます!


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