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Ch.014② 怠そうな高木陽輝は、球場では意外と利用価値が高い。

13

 7月10日、日曜。横浜スタジアム。

 第98回全国高等学校野球選手権神奈川大会、開会式。


 僕たちはエキシビションマッチに出るチームなので、ほかの学校より早く球場へ入れる。

 午前10時頃にはもう一塁側ベンチに入り、先輩たちと高木は先にグラウンドへ出てアップを始めていた。


 プロ野球でも使われる球場か。

 野球とほとんど縁のなかった僕が、こんなところにいる。

 

 なんというか。

 意味が分からないくらい不思議だ。


 そういえば、数日前に期末試験も終わった。中間試験の時ほど絶望してはいない。

 もう今学期を無事に乗り切れればそれでいい。


 それに、紫(ゆかり)木(き)先生による毎日の放課後勉強会と夜の電話指導のおかげで、たぶん前回よりは少しくらい良くなっているはずだ。


「どう?似合ってますか?」


 ベンチ奥の更衣室でユニフォームに着替えた望月が、僕と加藤のところへ来た。

 なに?望月が着替えてるところをこっそり見る絶好の機会を逃した――


 ……いや。

 これは。

 

 めちゃくちゃ可愛いんだけど。


 うちのユニフォームは、黒を基調に、身体の両脇と袖に赤いラインが入ったデザイン。

 胸には赤い「PANDORA」の文字。

 下は真っ白なパンツに、黒のストッキングだ。


 望月が着ると、この前のバスケユニフォームより、さらに何百倍も可愛く見える。


 お願いします。これから毎試合でユニフォーム着てください。

 いや、今日から部活も毎日それで来てほしい。


「めちゃくちゃ可愛いよ。」


 頭の中の痴漢みたいな叫びをどうにか押し殺し、平静を装って褒めた。


「すっごい似合ってるよ、奏(かな)音(ね)ちゃん!」

「本当?よかった。髪の色と合わなかったらどうしようって心配してたんだ。」

「考えすぎ!本当に似合ってる!」


 女子同士って、こういうの平気で褒め合えるんだな。

 

 ……ん?

 僕も望月には結構そのまま言ってる気がする。


 グラウンドでアップしている選手たちを見ながら、望月は何か迷っているようだった。

 しばらくして、ゆっくり僕へ近づき、小声で言う。


「羽冬(はねふゆ)、少しキャッチボール付き合ってくれない?兄さんとかほかの人に頼むの、ちょっと悪くて。」


 今日家を出る前、なんとなくグローブ持っていったほうがいい気がした。

 そう思った自分へ、心の底から感謝した。


「いいよ。でも僕、普通に暴投するからね。」


 望月は笑いを抑えきれないように、目を細めた。


「無理そうなら、軽くトスしてくれるだけでいいよ。」

「了解。」


 望月先輩がアップに集中していたせいか、僕と望月が外野でキャッチボールしていても、特に気づかれなかった。


 楽しいキャッチボールの時間も終わって、いよいよ開会式。


「第98回全国高等学校野球選手権神奈川大会、開会式を開始します!選手入場!」


「まずは昨年度優勝校――黎明大学附属商業高等学校!」


「続いて準優勝校――パンドラ高等学校!」


 両校が入場すると、スタンドから大きな歓声が上がった。


「続いて、昨年度ベスト四の学校――」


 望月も入場行進に行ってしまった。

 ……暇だな。

 そしてベンチに誰もいなくなった隙に、加藤がまた僕へ話しかけてきた。


「羽冬。」

「なに?」

「奏音ちゃんのこと、好きなの?」


 ……は?

 この状況で何て答えればいいんだ。急すぎる。


「なんでそう思うの?」

「分かんない。ただ、二人っていつも楽しそうに喋ってるし。」


 加藤は少し考えた。


「練習終わってグラウンド整備する時も、毎回奏音ちゃん付き合ってるでしょ。」


 ……どう答えるのが、加藤の欲しい答えなんだろう。

 普通の人から見れば、僕らはかなり仲がいい。

 下手したら、ちょっといい感じに見えているかもしれない。


「加藤。」

「ん?」

「どういう感情なら、『好き』って定義できると思う?」

「定義……?」


 加藤は首を傾げた。

「そんなの、定義する必要ある?好きなら好きじゃないの?」 


「加藤が聞きたいのって、本当は僕と望月のことじゃないだろ。」


「うっ……」


 やっぱり。


「自分の中で答えが出たら、その時また話せばいいよ。」


少し間を置く。


「曖昧なまま話しても、あんまり意味ないし。」


 僕が知っている風仙(かぜせん)は。

 バスケコートの風仙と、野球場の風仙だ。


 普段のあの人がどういう人なのか、僕は知らない。


 やがて開会式が終わり。

 午後2時。試合開始まで、あと10分。


「よし。矢野以外で、スタメンに文句ある人いますか~?」


 風(かぜ)がスタメン表を持ちながら、みんなへ聞いた。


「先輩たちに昔を思い出してもらうために、かなり考えたんですけど~」


 話をまとめると、こういうことらしい。

 本来のスタメンなら、城島先輩が左翼。松谷先輩が二塁。

 だが、風(かぜ)と秋本先輩が入学する前、パンドラのバッテリーは、城島先輩と松谷先輩だった。

 今回の試合は勝敗に関係しないから、風(かぜ)と秋本先輩は、先輩たちに昔の感覚を味わってもらうため、ピッチャーとキャッチャーを譲ることにしたらしい。

 ただし。風(かぜ)と秋本先輩は本職以外だと、二人とも外野しか守れない。しかもキャプテンと副キャプテンで、打順も五番と四番。それでも自分たちも試合には出たほうがいいと考えた結果――


 二人で矢野先輩のセンターを奪った。高木を先発二塁へ回した。

 そのせいで矢野先輩はベンチ。


 ……図々しすぎない?

 先輩を喜ばせたいのは勝手だけど、チームメイト巻き込むなよ!


 大丈夫です、矢野先輩。

 僕の心の中では、もう風(かぜ)を百回くらいボロクソに言ってます。


 黎明の先発投手は宮川守ではなかった。

 つまり、両校とも最初から現エースを出したわけではない。


 試合は互いに点を取り合う展開になった。


 だが風(かぜ)と宮川守がそれぞれマウンドへ上がった瞬間、流れは一変。

 完全な投手戦になり、スコアは[3:3]のまま動かなくなった。

 7回表まで、こちらも秋本先輩が外野の深いところへ二塁打を一本放っただけ。

 

 そして7回裏。黎明の攻撃。


「カキーン!」


 二死から、宮川守の打席。

 彼は、風(かぜ)が投げた厳しいコースの直球を捉えた。

 打球は、そのままホームランフェンスの向こうへ消えていく。


 5回から続いていた均衡が、ついに崩れた。


 次の打者を抑え、ベンチへ戻ってきた風が、呆れたような、それでも感心したような声で言った。


「やっぱすごいな、守。」

「先輩が負けてるところ、初めて見ました。」


 少しからかってみる。


「彼は本物の天才だからな。」

 風(かぜ)はベンチへ腰を下ろした。


「あ~、急にやる気なくなった。高木、次投げられる?僕、疲れた。」


「てめえ、まだ数イニングしか投げてねえだろ。馬鹿にするな!」

 案の定、先輩たちから突っ込まれた。


「いけますよ~身体ずっとあったまってるし、OKっす~」


 高木は、風(かぜ)が登板したあとセカンドからセンターへ移っていた。

 かわいそうな矢野先輩は、まだ出られない。


 そして今度はピッチャーまでやらされるのか。

 完全に便利屋じゃん。


 8回裏。

 黎明の中軸打線を相手に、高木は風(かぜ)や城島先輩にも見劣りしない投球を見せ、きっちり無失点で抑えた。


 9回表。

 ここで点を取れなければ、そのまま試合終了。


 望月先輩。

 続いて椎名先輩。

 二人が連続でアウトになったところで。


 風(かぜ)が何か思いついたように、突然望月へ視線を向けた。


「望月。甲子園スターの球、打ってみたい?」


「え?」


 誰かが怪我した時くらいしか出番はないと思っていた望月は、突然の言葉に思わず声が裏返った。

 そして少し落ち着くと、明らかに期待の混じった声で聞き返す。


「いいんですか?」


「秋本!」

「分かった。」


 風(かぜ)に呼ばれ、秋本先輩はすぐ意図を察してベンチへ戻った。


 そして今日。望月は初めて、夢だった舞台へ立った。


「うわ、女の子だ!」

「パンドラ!もう諦めたのか!?」

「お嬢ちゃん!頑張れー!」

「可愛い!」

「宮川、ちょっと手加減してやれよ!」


 スタンドから、望月の登場を面白がる声や応援が次々飛んでくる。


「シュッ――バン!」


 ……152キロ?


 今日の宮川守、最速じゃないか?


 おい!相手は女子だぞ!

 起用に文句あるなら風に言え!

 望月にぶつけたら、僕が最初に文句言いに行くからな!


 あれ?

 なんか前にも、望月のことで似たようなこと思わなかったか?


 だが。


 宮川守の次の一球に対する望月の打撃は――


「カキーン!」


 ……え?

 ホームラン?

 甲子園スターから?

 

 風(かぜ)が言ってた、望月なら速い球も打てる。

 あれ、本当だったのか?


 望月?

 あの可愛くて上品な望月奏音が?


「うおおおおおおおおおおお!」


 間違いなく、今日一番大きな歓声だった。

 ベンチの僕らも、全員立ち上がって騒いだ。

 戻ってきた望月は、先輩たちと高木へ順番にハイタッチしていく。

 その笑顔は。

 本当に幸せそうだった。


「奏音ちゃん!」

「奈奈ちゃん!」

「すごすぎるよ!」


 二人が抱き合った。

 なんとも微笑ましい光景だ。


「おめでとう。」


 僕は望月を見ながら、右手を上げた。

 ハイタッチの合図。

 

 本当は加藤みたいに抱きつきたいんだけど!

 僕もマネージャーだし、別にいいよな!?


「ありがとう!」


 パン、と乾いた音が響いた。

 スポーツ漫画みたいな、いかにも青春って感じの音だった。


 その一方。

 マウンドに立っているあの人は、どうやら本気で怒っているらしい。


 「あ、怖い。僕もう彼とやりたくない。」


 風(かぜ)がベンチから顔を出す。


「矢野、代打。」

「は!?嫌だ!嫌だよ!」

「行けって。試合出たかったんだろ?」

「宮川が人殺しそうな顔してる今じゃない!」


 本当に風(かぜ)は、最初から最後まで自分勝手だな。


 怒り全開の宮川守を前に、矢野先輩は一度もバットを振れないまま、三振。


 秋本先輩と風はもう下がっているので、守備では松谷先輩がキャッチャーへ戻った。

 セカンドには望月。

 そして矢野先輩は、今日初めて本来のセンターへ入った。


 その裏。

 望月は二塁方向へのゴロもきっちり処理した。

 またしても、球場全体から拍手と歓声が飛んだ。


 最終スコアは[4:4]。


 こうして。

 荒唐無稽で、やたら刺激的だったエキシビションマッチは、引き分けで幕を閉じた。

挿絵(By みてみん)

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