Ch.014① 負っている責任
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7月1日、金曜。
「はい。これで今回の試験範囲は全部終わり。ふぅ……最後の授業で何とか間に合った~」
放課後のチャイムと同時に、友子先生は今日の地理の授業を終えた。
……それ、クラス全員の前で本音漏らして大丈夫なんですか。
抽選会が終わった次の週から、紫木に毎晩、その日の勉強の進み具合を報告させられるようになったからだ。
その厳しい監視のおかげで、今回の試験範囲はもう大体一通り終わっている。
『まだここまでしかやってないの?』
『今日ずっとサボってたでしょ』
『分からないところある?』
『ここちょっと難しいから 電話するね』
『もう遅い 続きは明日教える』
『この範囲終わるまで寝ちゃだめ』
毎日のように、紫木からこんなメッセージが飛んできた。
おかげで、夜に紫木と話す時間もかなり増えた。
まあ、分からないところの説明が終わって、少し雑談したらすぐ切られるんだけど。
-「もう喋らない!早く勉強して!」
それ以外にも、最近は日曜に特に予定がないので、紫木に学校の図書館へ連れていかれて、勉強することも多い。
ただ、今回は風と加藤の姿を見かけなかった。
喧嘩でもしたのか?
いや、練習中は普通だし、毎日一緒に帰ってる。
あ。もしかして風か加藤の家で一緒に勉強してるとか?
恥ずかしい~
僕、いつからこんなに野次馬になったんだ。
友子先生は、授業後に質問へ来ていた何人かの生徒への対応を終えると、帰ろうともせず参考書を広げ始めた僕と紫木に気づいた。
そのまま、こちらへ歩いてきた。
「羽冬、理香ちゃん。二人っていつも学校に残って勉強してるの?真面目だね~」
「友子先生!この人は私が無理やり残してるんです。このままだと今回、また成績落ちそうなので。」
紫木は下を向いたまま――
ちょっと!なんで先生が来た瞬間だけ顔上げて、そんな生き生き喋るんだよ。
敬意ってお互いに払うもんじゃないの?
つまり僕らが知り合った時から、僕には別に敬意払わなくていいと思ってた......?
「え~?羽冬がそんな素直に言うこと聞くなんて意外。」
「はは……今週、部活休みだってうっかり言っちゃって……」
来週月曜から期末試験が始まるので、風は今回は月曜から丸々一週間、練習を休みにした。
勉強最優先の紫木が、僕を監視できるこの機会を逃すはずがない。
「いいじゃん~クラスメイト同士で勉強すると、分からないところも補い合えるし、効率よさそう!」
友子先生は楽しそうに笑った。
「先生も昔、よく旦那と一緒に勉強してたな~」
友子先生は既婚者だ。
しかも、たしか入学式の少し前に生まれたばかりの子供もいる。
「先生と旦那さんって、高校の頃から知り合いなんですか?」
「そうだよ!あれ、言ったことなかったっけ?」
記憶が正しければ、授業中に話していたのは、夫と子供がいることくらい。
いつ知り合ったかについては、前に僕を連れ出して話した時、高校時代の思い出を少し聞いた程度だったはずだ。
だから紫木を含めて、みんな知らないと思う。
ん?
なんで今そこで旦那の話出すんですか。わざとか?
「まあ、とにかく。二人がこうやって一緒にいるの見ると、なんか可愛いなって思っちゃうんだよね~」
そして僕へ視線を向けた。
「羽冬、理香ちゃんと一緒に勉強できる時間、大事にしなよ~成績自体はまあまあだけど、まだちょっと心配だからね!」
その言葉は、「まあまあ」のところまでだけ聞いておくことにした。
「あら、もうこんな時間。早く子供迎えに行かなきゃ。バイバイ!」
「お疲れ様です。」
両親のことで、前にかなりひどいことを言ったのに。
友子先生は、それでもずっと僕に優しい。
父さんと母さんが、どう思っていたのか知っているんだろうか。
まあ。僕には関係ない。
「紫木。」
「なに?」
……やっぱり先生がいなくなった瞬間、全然顔上げないな。
「試験終わってから夏休みまで、何か予定ある?」
「二学期の予習かな。どうしたの?」
聞くかどうか少し迷った。
というか、今の質問は本当は、紫木が本当にこっちを見ないのか試したくて適当に聞いただけだ。
「野球って興味ある?」
動き続けていたペン先が、ぴたりと止まった。
「ど、どうしたの?」
「いや、急に顔上げたからびっくりした。」
珍しすぎ。
「なんか、一言二言じゃ終わらなそうな話をするのかなって思って。先にちゃんと聞こうかなって。」
少し間を置いて、さっきの質問にまだ答えていなかったことを思い出したらしい。
「あ、野球はちゃんと見たことないよ。前のバスケの時と同じくらいの知識しかないと思う。」
「そっか。」
「どうしたの?」
「うちの野球部、結構強いんだよ。甲子園って知ってるだろ?これから大会が始まるんだけど、たぶん結構面白いと思う。見に来る?ただ、僕はベンチにいるから、観客席で一緒には見られないけど。」
紫木は少し考えてから言った。
「羽冬は試合に出ないし、横で説明もしてくれないのに、それでも見に来いって?」
「うっ……」
確かに、ちょっと無茶振りだ。
たぶん僕は、この人に、勉強とは全然関係ないものをもう少し見せてみたかったんだと思う。
汗とか。歓声とか。そういう騒がしくて、勉強とは正反対のものを。
一応、それも僕の責任なんだ。
あれ?僕、本当に紫木の成績が下がった原因の一つなんじゃないか?
「真衣、野球見るから。一緒に行こうって誘ってみる。」
「え? 今の言い方、断るのかと思った。」
「だって勉強なんて、ほかに予定なかった時の予定なだけだし~」
紫木は少し笑った。
「羽冬が誘ってくれたから、楽しみが一個増えた。強いって言ったよね?もう負ける試合見せないでよ。この前、うっかり一回泣いちゃったし。めちゃくちゃ恥ずかしかったんだから。」
パンドラ祭のクラス対抗バスケで、決勝を負けた時のことか。
「はは。みんなに頑張ってもらうよ。」
「ただ、毎試合交通の便がいい場所ってわけじゃないから、横浜スタジアムでやる試合だけでいいよ。時間はまた送る。」
「うん~」
少しして、紫木がまた聞いてきた。
「そういえば、羽冬ってマネージャーとして何してるの?」
「えっと……球とか道具運んだり、グラウンド整備したり。これからは望月と一緒に、次に当たりそうな相手の情報も集めに行く。要するに、他校の試合を見に行くだけだけど。」
……危なかった。
紫木に聞かれてから数秒間、マネージャーとして何をしたと考えた時、望月と喋ってること以外、何も思い出せない。
さすがにそれを答えるわけにはいかないので、必死に考えて、ようやく今の仕事をいくつか思い出した。
(風先輩、今までこき使ってくれて、本当にありがとうございます!)
「へえ~結構大変なんだね!」
紫木は素直に感心していた。
「羽冬も頑張ってね。情報も大事だよ!」
「さすがに第二次世界大戦の連合国みたいに、ドイツの暗号機を解読したりはしないけど。」
「いいね、Enigma。名前、復習できたじゃん。」
「……それ、本当に忘れてた。」
それにしても。
僕が望月と一緒に情報収集へ行くって言ったのに。
紫木は、別に何も反応しなかったな。




