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Ch.013① 告白?

8

 5月21日土曜、放課後。

 グラウンドには、野球部員なのに練習に参加する必要のない男子生徒が一人いた。

 理由は単純。


 彼は、男子マネージャーだからだ。


 そして今、その男子マネージャーはグラウンドで練習する選手たちを眺めながら、のんびりとした時間を過ごしている。


 こうしてここで過ごすようになって、もうすぐ二か月か。

 でも今のところ、自分も試合に出たいとは全然思わない。


―「僕は、君が思ってるほどいい人じゃない。」


 ……いつから僕が、あの人をいい人だと思ってることになったんだ。

 しかも、ちょっと中二病っぽい。


 あ。またエラーした。


「羽冬《はねふゆ》?羽冬!」


 望月が加藤を連れて、こちらへ歩いてきた。


「なに?」

「付き合うなら、性格が正反対の人と、自分と似てる人、どっちがいいと思いますか?」


 ……は?


「えっと……僕、彼女いたことないけど。」

「え!?嘘、絶対ありそうなのに!」


 望月、そこまで驚く?


「え~ださ。」


 加藤からも容赦ない一撃。


「なんだよ。加藤は彼氏いたことあんの?」

「う……」


 言いかけて止まった。

 隣の望月をちらっと見た。


 わかった、それ以上は聞かなかった。


 まあ、加藤くらい見た目がよければ、彼氏がいたことがあっても別に不思議じゃない。


「で、羽冬はどう思うの?」


 望月はまだ答えが気になるらしい。


「正反対かな。お互いの足りない部分を補えるってことだろ?一足す一が二以上になる感じというか。」


 自分でも何言ってるのか分からない。


「へえ~羽冬は似てるほう選ぶと思ってた~」

「いや、僕は顔で選ぶ派だから。」


 ……さすがに加藤の前で刺激的な攻防戦をやらないか。


「あ~浅い~ちゃんと中身も見なよ、羽冬~」


 僕のさっきの優しさ、撤回させたいのか加藤さん。


「じゃあ羽冬、奏《かな》音《ね》ちゃんと一緒に勉強してたあの子、どっちが可愛いと思う?」

「君が一番。」

「え、適当。」


 お。

 分かるんだ。

 某小学校時代の友人と比べれば、加藤はちゃんと自覚があるらしい。


 加藤がその質問をした時、望月が一瞬だけ口を開いて、止めようとしたようにも見えた。

 

 短い沈黙の中、望月はスマホを取り出して画面を見た。

 そして、僕と真面目な話をする時によく見せる、少し寂しげで優しい笑顔を浮かべると、ベンチの奥へ歩いていった。


「奏音ちゃんって、スマホ見てる時よくああいう顔するよね。」


 お、君も気づいてたのか。


「そうだな。聞いたことある?」

「いつも『何でもありません』って言う。」


 まあ、そうだろうな。

 あれはたぶん、望月自身がちゃんと「向き合っている」ことなんだろう。


「大丈夫だよ。心配しなくていい。」

「なんで分かるの?」


 加藤が不思議そうにこちらを見る。


「僕がいるから。」


 あ。

 また例の軽蔑した目。


 正確に言えば、彼女と僕は、たぶん似たような人だから。


「昨日、風先輩と楽しそうに話してたよね。」

「そうだな。加藤のために、どんな女子がタイプか聞いといた。」


 やっぱり僕が風《かぜ》の近くにいたから見てたのか。

 でも、昨日聞いた話をそのまま言う気にはなれない。


「え!風先輩のタイプ!?」

「嘘だ。そんなこと一切聞いてない。」


 風《かぜ》の話になると、こんな適当な嘘にも引っかかるのか。


「あんた……」


「ただいま~何話してるの?」


 ちょうど望月が戻ってきた。

 これで、この意味不明な話題も終わりだ。

 そして次の瞬間、望月も加藤から漏れ出す殺気に気づいたらしい。


「もう、羽冬!奈奈ちゃんいじめたらだめだよ!」

「はいはい~」

「ほんと羽冬、嫌い。」


 あらら。うっかり嫌われた。

 まあ加藤って、元々そこまで僕のこと好きじゃない気もするけど。


 もしかすると――

 風《かぜ》と僕が、少し似ているから。


 その日の練習が終わると、いつものように望月を連れてグラウンド整備へ向かった。

 マウンドから外側へ円を描くように、ブラシをかけていく。

 さっきベンチで話した恋愛の話を続けようか迷っていると、前を歩く望月のほうから口を開いた。


「さっき羽冬、付き合うなら性格は正反対のほうがいいって言ってたけど、本当ですか?」


 純粋に気になっているのか。

 それとも僕をからかいたいだけなのか。

 どっちでもいい。


 こっちも少し反撃してみるか。


「いや、僕は経験ないから分かんないって~でも性格が似てる望月なら全然ありだよ。僕、顔で選ぶし。」

「え~。実は私もそう思ってる。」

「どういう意味だよ~?」


「私は性格が似てる人のほうが一緒にいて楽かなって。たとえば羽冬とか。それに私も、顔で選ぶ派だし。」


 ま、また。

 外見を褒めて動揺させようとしても無駄だ。

 同じ技は二度も効かない!


 ……くそ。

 ずっと受けて返すだけじゃ駄目だ。

 あの一言なら、今まで望月が張ってきた防御を、少しくらい崩せるんじゃないか?


 少し考えた末、望月の性格なら絶対に本気にはしない。

 そう結論づけた僕は、安心して口にした。


「じゃあ、今日は僕と付き合う準備できた?」


「え?」


 望月が足を止め、振り返った。

 初めて見た。

 こっちの言葉に少しだけ感情を揺らされたような、わずかな驚き。

 でも、答えるはずがない。

 僕らは似た者同士だ。

 わざわざ「準備できた?」なんて言い方までしている。

 いつもの会話と同じ、意味のない冗談だって気づかないはずがない。


「いいよ。」


「え?」


 西日の残る球場の蒸し暑さが、一瞬だけ凍った気がした。

 僕と望月の周りだけ、熱気が遮断されたみたいに。


 だが。

 望月の次の一言で、その気まずさも自然に消えた。


「なんてね~」


 いたずらが成功したみたいに、少し悪そうな笑顔を浮かべた。

 そのまま、また歩き始めた。

 

 ……あ。

 今の笑顔、可愛いな。


「へえ~僕じゃ駄目なんだ?」

「そんな適当な告白、受けるわけないでしょ~」

「じゃあ適当じゃなかったらいいの?」

「羽冬次第かな~」

「じゃあ毎日、準備できたか聞くよ~」

「じゃあ私も毎日断ります~」


 結局。

 大技を出したつもりなのに、望月はあっさり受け止めた。

 異性をからかう技術では、まだまだ勝てそうにない。


 あの「いいよ」も、本当の答えじゃない。

 僕らの気楽な関係の中にある、ただの一場面だった。

 これから何度同じことを聞いても。

 全部、僕らの間だけのじゃれ合いと冗談で終わる。


 それでいい。


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