Ch.012④ 望月奏音って、ただ者じゃないスポーツの秀才なんだ。
ここからは、少し野球要素が多めの章に入っていきます!
場面を想像しやすくなるよう、作中で名前の出る人物にはイラストもつけていきます!
7
「ショート!」
ボールを軽く放り上げてバットで打ち込むと、ショート方向への強いゴロになった。
望月奏吾先輩は慣れた動きでボールを処理し、そのまま一塁の椎名易先輩へ送球した。
椎名先輩はボールを捕ると、すぐ隣にいた後輩へ場所を譲った。どうやら先輩が投げる時だけ、一塁ベースに入るらしい。
打球を飛ばしたあと、風が左手を伸ばしてボールを要求した。
僕は椅子代わりにしていた籠から一球取り出し、風へ投げた。
中間試験が終わったばかりなので、今日は三年生の先輩たちも練習に来ている。
そして僕の役目は、風へボールを渡し続ける下っ端だった。
「先輩たち、やっぱ強いですね。」
たまにこの人たちが練習へ来るたび、普段見ている部員とは明らかに違うレベルのプレーに驚かされた。
「そうか?次!」
返事をしながら、風は次もショート方向へ打った。
ただし今度は、さっき望月先輩へ打ったものより明らかに二割ほど遅い。
「あ。」
落球した。
思わず声が出て、隣の風にはしっかり聞こえたらしく、こちらを見て苦笑した。
「あの人たち、一年の頃から当時の先輩を押しのけてレギュラーだったから。」
次もショート。今度は捕ったあと、そのまま一塁へ――
……空へ投げた。
ファーストが跳んでも届かず、そのままバランスを崩して赤土の上へ倒れた。
「あ。」
「最初はみんなそんなもんだって。サード!」
風は少し身体を回し、今度は三塁方向へ狙いを変えた。
一球目はまた強烈なゴロ。
サードは捕球から送球まで淀みなく、一塁へきれいに投げた。
一塁には椎名先輩が戻っている。ということは、今のサードもたぶん三年生だ。
ただ、存在感が薄いので名前は知らない。
「そうか?俺はそうでもないけど。」
横で暇そうにしていた秋本一郎先輩が口を挟んだ。
秋本先輩は捕手で、風と同じ二年生。
目つきが怖すぎるので、普段あまり話さない。
というか、あまり話しかけたくない。
「まあ、僕もそうだけど。次!」
……この二人、他の部員を馬鹿にしてない?ひどい。
あ。
またエラー。
このチーム、実力差なんて言葉じゃ足りないくらい差があるな。
続いて投手陣。
超有望株の高木は、風と三年生たちが特に目をかけている選手だ。
高木は打球を捕ると一塁へ数歩走り、グラブの中のボールをそのまま椎名先輩へトスした。
「高木、適当すぎだ。右手で投げたほうが安定する。試合でそれやってミスるなよ!」
「Oh~no~は~い~」
「真面目にやれ一年!」
風に注意されたあと、適当な返事をした高木へ三年生たちから一斉に野次が飛んだ。
中でも一番声が大きかったのは、二塁にいる、元キャプテンの松谷大輔先輩。
次の投手は、高木よりさらに大きい百九十センチのサウスポー、城島一文先輩。三年生世代のエース投手らしい。
「キャッチャー!」
秋本先輩と、今まで本塁付近にいたことにすら気づかなかったもう一人の選手が練習に入った。
ここも、見れば分かるくらい差があった。
パワプロで言うなら、秋本先輩の肩力と守備力はAかB。
もう一人はFかGってところで、僕ならゲームでも絶対使わない選手だ。
「レフト!」
……動き、ぎこちないな。何人かは捕れていても、かなり危なっかしい。
「センター!」
こっちも矢野雄平先輩以外は微妙。
矢野先輩は、二年生の強者三人――いつも笑顔で底が知れない風先輩と、凶悪な顔の秋本先輩、そして本人――の中では一番後輩に優しいらしい。
パンドラ祭の時も僕に奢ってくれて、「純白無垢のスーパー肉まん」を二個も押しつけてきた。
「ライト!」
ライトを守るのは羽田凱也先輩。
今回のパンドラ祭、三年生百メートル走の一位で、風にも負けないくらい足が速い。
そのあとは、一塁走者あり、二塁走者あり、送りバント、セーフティーバントなど、状況別の守備練習へ移った。
一通り終わると、次は打撃練習。
高木ともう一人の部員が、投手を守るための「L字ネット」をマウンドとホームの間へ運んでいく。
「一、二年は適当に守備位置入って球拾って。三年の先輩から打ちます。羽冬、僕とマウンド行く。球籠持ってきて。」
指示を出すと、風はバットを別の捕手へ渡し、マウンドへ向かった。
僕を完全に雑用係扱いしてない?
一応マネージャーなんだけど。加藤や望月にもこんなことやらせるのか?
……あの二人は勝手にグラウンドへ出て、ボールを触ってるけどさ。
あれは自分からだろ。
僕の意思は?僕はベンチにいたいんだよ。外、暑いし!
「打球が来ない場所から僕に球投げてくれればいいから。」
「はい。」
ネットの後ろへ籠を置き、僕はその上に座って風へボールを投げた。
三年生相手に投げる時の風は、かなり真面目だった。
金属バットの鋭い音が何度も響き、時には打球がグラウンドの外まで飛んでいく。
(この球場は地面を掘り下げた正方形みたいな変な形なんだから)
二年生の番になり、秋本先輩と矢野先輩への投球が終わったところで、風が深く息を吐いた。
「やっと適当に投げられる。」
「自分のチームメイト相手に言うことですか?」
「仕方ないだろ。残りの大半は高校から野球始めた連中だし。さっきみたいなの投げても打てない。」
……直球だな。
「高木は?」
「結構いい。正直、この学年に使える一年がいるとは思ってなかった。」
「具体的には?」
「ああ、そうか。君じゃ見ても分かんないか。」
失礼だな。
「高木なら、どこ行っても将来のエース候補扱いされるくらいだよ。なんでここ来たのか僕も不思議。」
本当に喋りながら普通に投げてるな。
しかもかなり手加減しているはずなのに、さっきより金属音の鳴る回数が明らかに減った。
「先輩は?」
「僕?僕もなんでこんな強いのか分かんないな。野球始めたの高校からだし。」
殴りたい。
「ちなみに望月なら、さっきくらいの球を打てるぞ。望月先輩じゃなくて、いつも君の近くにいるほうな。」
……マジかよ。
「先輩、なんで今日は急に僕を練習に連れ出したんですか?今までこんなことなかったでしょう。」
「真面目な理由と、真面目じゃない理由。どっちから聞きたい?」
選択肢あるの?
「では真面目なほうから。」
一球、打者のバットが空を切ったあと、風は説明を始めた。
「今まで、野球は好きになった?」
「ん……普通ですかね。元々嫌いではなかったし。」
「最初は、君と望月のやり取り見てるのが面白かったから入れただけなんだけど。」
「でも前に一回野球やらせた時とか、パンドラ祭でバスケやってた時とか見てると、君、他の一年より運動神経かなりいいんだよ。」
また一球投げた。
「今は、高木と望月と一緒に、もしかしたらこの先チームを支えられるんじゃないかと思ってる。少なくとも、僕たちが卒業した瞬間に昔みたいなネタ野球部へ戻るのは防げるかもしれない。」
それは単純に、この学校の大半が運動音痴だけじゃないか?
僕と先輩たちじゃ、まだかなり差あったぞ。
「だから、もう少し実際に野球に触れさせてみようかなって。」
風は淡々と続けた。
「もちろん、それでも興味なかったら今まで通りマネージャーでいい。望月と喋りながら楽しくやってれば。」
「なるほど。」
野球か。
姉さんからグローブをもらった直後にこんな話までされるなんて。
ちょっと出来すぎてないか?
「別にプレッシャー感じなくていいぞ。好きにすればいい。僕もキャプテンとして、このチームの先を多少考えてるだけだから。」
一度区切って、風は苦笑した。
「三年が卒業したら、正直このチームかなり厳しいし。」
まあな。
風や秋本先輩がどれだけ強くても、野球は九人でやるスポーツだ。
「では、真面目じゃない理由は?」
「望月先輩来てるから、君を放っとくの、ちょっと不安なんだよ。」
……。
「なんで先輩、いっつも僕と望月のことこっそり見てるんですか。」
「君もだろ?」
あ。加藤と風のことか。
そういえば――
「加藤、この前僕に話しかけてきた時、なんか言いかけてやめたんですよ。先輩、何かしたんですか?」
その瞬間。
風のまぶたが、不自然に一度だけ動いた。身体の動きもほんの一瞬止まったが、すぐ元通りに球を投げた。
「……たぶん何もしてないけど?」
何もしてないなら、なんで動揺したんだよ。
「急にそれ聞かれるとは思わなかった。君なら、だいたい分かってると思ってた。」
「どうやって分かるんですか。先輩、僕に何も言ってないじゃないですか。」
「そうか?」
少しくらい加藤を手伝ってやるか。
「見てる限り、二人とも結構楽しそうですね。付き合えばいいじゃないですか。」
「はは。そんな簡単な話か?」
風は笑った。
そして――
「羽冬。」
「なんですか?」
声が変わった。
その次の瞬間だけ。
グラウンド中の音が、全部遠ざかったように感じた。
残ったのは、僕には近づくことも、理解することもできないような、その一言だけだった。
「僕は、君が思ってるほどいい人じゃない。」
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