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Ch.012② 誕生日のサプライズ

5

 中間試験のプレッシャーに追われていたせいか、一週間はあっという間に過ぎた。

 気づけばもう、中間試験前日の5月17日の火曜日。

 そして、僕の誕生日でもある。

 とはいえ、誰にも特に話していないので(面倒だから)、学校では驚くほど普通の一日を過ごした。


 風(かぜ)は月曜から野球部の練習を休みにして、最後の追い込みに充てられるようにしていた。

 ……まあ、二日だけもらっても、普段から勉強していない人間には足りない気もする。


 たとえば、紫(ゆかり)木(き)に何度も注意されているのに、家に帰ると勉強の途中でいつの間にか寝落ちしている僕とか。


 それでも、進み具合自体はそこまで悪くないと思う。もちろん、紫木が設定した平均80点のラインなんて到底無理だけど。


 放課後、家に帰ると姉さんはいなかった。家の中も至って普通だった。僕の誕生日に向けて何か準備した形跡なんて、一つもない。


「まったく。可愛い弟の誕生日なのに、サプライズもなしか。」


 独り言を言いながら、思わず笑った。いつからこんなキャラになったんだよ僕は。

 みんな中間試験の準備で忙しい。わざわざ僕の誕生日を祝っている暇なんてないか。

 ……でも、誕生日おめでとうのメッセージくらい、一つも来ないんだな。


 右手の指先が無意識に、左手首のブレスレットをなぞった。


 ……考えるのはやめよう。勉強しよ。

 部屋のドアを開けようとしたの時、待ち望んでいた着信音が、ようやく鳴った。


「はい?」

「ぼっち~俺のこと会いたかった?」


 ヒロだった。


「本気で死ぬほど会いたかった。」

「うわ、キモ。」


 僕もそう思う。珍しく本音を言ったのに。

 まあヒロは気にしていない。というか、普段から僕の話をちゃんと聞いているのかすら怪しい。


「店予約した。前と同じ、『Jonathon Pizza』。もう電車乗ってるから、駅で待ってて。」

「分かった。」


 「Jonathon Pizza」――ピザ食べ放題の店だ。

 正直、何を食べるかなんてどうでもよかった。


 鞄をソファに放り出すと、すぐ家を出て駅へ走った。


 自分のことを覚えていてもらえただけで、こんなに嬉しいものなんだな。


 「よ!」

 改札を出てきたツネが最初に声をかけてきた。


「ヨル~!」

 夢ちゃんは両腕を少し横に広げ、ちょこちょこと小走りでこっちへ来た。

 普通に可愛いな。


「びっくりしたぞ? 一日中誰も連絡してこなくて、傷ついてただろ?」

ヒロは、計画通りと言わんばかりの顔をしている。


「ちょっと忘れられたかと思った。」

「実際忘れてた。夢(ゆめ)美(み)が昨日言わなかったら、思い出してなかった。」

「え、僕は忘れてなかったよ!」

 ツネ。一生の親友だ。

 ヒロは本当に忘れてたのか、格好つけてるだけなのか知らないが、来てくれたならいい。


「早く行こうよ!もう時間がないよ!」

 夢ちゃんに急かされ、僕らはJonathon Pizzaへ向かった。


 いつものようにヒロとツネが前、僕と夢ちゃんが後ろになったところで、僕は聞いた。


「で、一日中誰も連絡しないっていう悪趣味な案、誰が考えたの?」


 夢ちゃんは何も答えない。

 ただ、意味ありげに笑った。


「君さ~」

「えへへ。」

 

 呆れながら笑い、肩を軽く押した。

 

 店に着いて、慣れた様子で料理を次々注文した。店員がピザを持って回ってくるたび、遠慮なく何枚も取った。

 話を聞くと、ヒロとツネの中間試験は来週月曜。夢ちゃんは――明日。

 ……泣きそう。僕と同じ、明日だぞ?


「だってヨルの誕生日だもん!」

 夢ちゃんは、あまりにも真っ直ぐにそう言った。

 普段の僕なら視線を逸らして、「急に直球投げるな!梧(ご)原(はら)夢(ゆめ)美(み)!」とか考えていたと思う。

 でも今日は、身体の内側からじんわり温かくなった。このまま夢ちゃんの攻撃で溶かされそうだった。


「試験があっても、普通に一日は過ぎるだろ。」

「距離が変わっても、こういうのは変わらないよ!」


 昔は、同じクラスっていう受け身のつながりがなくなれば、自然と疎遠になるものだと思っていた。

 でも今は、距離が離れたからって関係まで薄くなるかどうかは、自分たち次第なのかもしれないと思う。


「そろそろ時間かな?ヨル、食べすぎてない?」


 夢ちゃんが、僕の皿に残った二切れのピザを見た。


「食べ放題なんだから、腹いっぱい食べるだろ。」

「いいから、その二枚早く食べろ。」

 

 なぜかヒロまで、さっきより少し焦っている。

 よく見ると、三人とももう食べるのをやめていた。

 

 ……ん?ツネが満腹なわけないだろ。


 夢ちゃんがトイレへ行っている間、男三人で適当に話をしていた。

 そして。

 夢ちゃんが、数字の「1」と「6」のろうそくが刺さったティラミスを持って戻ってきた時、さっきから三人の様子がおかしかった理由が、ようやく分かった。


「ヨル、誕生日おめでとう!」


 ケーキをテーブルに置き、火をつけると、三人が声をそろえて祝ってくれた。


「おいツネ、ヨルを見て。超ウケる顔だ。感動して泣きそうじゃん。」

「お?泣くか?遠慮せず泣けよ!」


 この二人に笑われたせいで、出かかった涙が一瞬で引っ込んだ。


「僕を泣かせるのは難しいぞ~」

「本当だね~私もヨルが泣いてるところ見たことない。」


 夢ちゃんの前で泣くなんて、恥ずかしすぎるだろ。


 聞いてみると、このケーキは夢ちゃんが昨日のうちに店へ持ってきて、冷やしてもらっていたらしい。

 ……気が利きすぎだろ、夢ちゃん。


「準備いい?せ~の!」


 音程もリズムもバラバラな三人の誕生日の歌。

 それでも、これ以上ないくらい温かく聞こえた。


「ヨル、お願いごとして!」

 夢ちゃんが甘えるように言う。


「長すぎるのやめろよ。ろうが垂れるぞ。」

「早く。ケーキうまそう。」


 できれば、この時間がずっと止まってくれればいい。

 何も考えなくていい。ただ、この人たちと一緒に笑っていればいい。

 そんな単純で、幸せな誕生日。


「一つ目。みんな今回の中間試験を無事に乗り切れますように。」

 三人とも、心の底からその願いにすがりたい顔をしていた。


「二つ目。これからも毎年、みんなで誕生日を祝い合えますように。」

 今回は、みんなが静かに笑った。


 三つ目は――

 ……何を願えばいいんだろう。

 自分のために願いたいことなんて、思いつかなかった。

 目を閉じたまま数秒経ってから、願ったふりをして目を開け、ろうそくの火を吹き消した。


「おいヨル。」

「なに?」


「三つ目、何も願ってないだろ。」

 ……ヒロの勘って、昔からこんなに鋭かったか?


「願ったよ!」

「何?」

「言ったら叶わなくなるだろ。」

「夢美と結婚できますように、とか?」

「祐(ひろ)太(た)!」

 ほら。冗談にされた本人がケーキを切る手まで止めて怒ってるぞ。


「彼氏がいるのに?」


 僕は呆れて笑った。

 まったく。ヒロの口はいつだって止められない。

 僕が、人の別れを願うような人間に見えるか?


 そのまま笑い合って、今日の集まりは終わった。三人を日吉駅まで送り、嬉しさを隠しきれないまま家へ帰った。


「ヨル、友達と誕生日祝ってきたの?」

 玄関を開けると、リビングから姉さんの声が飛んできた。

 ……今日が僕の誕生日だって知ってたのか。プレゼントは?姉なら弟を大事にするものじゃないのか?


「ツネたちと。」

「夢ちゃんもいた?」

「いたよ。姉さん、ほんと彼女のこと聞くの好きだな。」


 返事を聞いた姉さんは、少し黙った。


「ちょっとこっち来て。」


 ん?急だな。

 靴を脱ぎ、ソファに寝転がる姉さんの前まで行く。


「なに?」

 姉さんは跳ねるように身体を起こし、僕の顔をじっと見た。

 ……な、なんだよ。


「こんな楽しそうに笑ってるの、久しぶりに見た。」

「そ、そう?」

「何でもない~鞄、忘れないでね。」

「おう。」


 そう言うと、姉さんはまたソファに寝転がった。

 変な人。


 だが、部屋のドアを開けると、机の上に見覚えのない黒い野球グローブが置いてあった。

 近づいて見ると、その横に小さなカードもあった。


『ヨル、誕生日おめでとう』


「私がヨルの誕生日、忘れるわけないでしょ?」

 背後、ドアのところから姉さんの声がした。

「だったら普通に誕生日おめでとうって言えよ。」

「やだ~」


 それだけ言い残し、姉さんはまたリビングへ戻っていった。


 まったく。

 姉さんらしい、無茶ぶりじみたプレゼントだ。

 今さら僕みたいな素人に、野球を始めろってことか?


 夢ちゃんたちと姉さんからの祝福以外、まだ開いていないメッセージが二つあった。

 そして、これからも開くつもりはない。

 

 一つは、表示名が羽冬(はねふゆ)澄(すみ)花(か)になっている、母のLINEアカウントから届いた、たった四文字の祝い。


 もう一つはSMS。同じく、四文字だけ。

 表示されているのは知らない番号だったが、その数字の並びだけは分かってしまった。

 忘れたいのに。

 まだ記憶のどこかに残り続けている、夏目の電話番号。


「……もう少し勉強するか。」

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