Ch.012① 久しぶりの部活
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5月9日、月曜日。長かったゴールデンウィークも終わり、ようやく普段の学校生活が戻ってきた。
「羽冬。」
一日の授業が終わり、荷物をまとめて久しぶりに部活へ行こうとしたところで、紫木に呼び止められた。
もちろん、顔は下を向いたまま。
「ん?」
「家帰ってもちゃんと勉強してね。来週もう試験なんだから。」
「分かった。参考書代払わなくて済むように頑張るよ。じゃあな~」
「また明日。」
優しすぎない?
とはいえ、中学時代みたいに何でもできて、人に教える側だった頃の優越感はもう跡形もない。高校でここまで勉強のレベルが変わるとは思わなかった。
紫木はいったい、どれだけ努力してあんな複雑なものを全部頭に入れてるんだ。
「Yo~今日やっと来るんだよ~」
この人は高木陽輝。同じD組の野球部員だ。
席の近くまで行って話しかけようとしたら、高木のほうが先に、妙なイントネーションで声をかけてきた。
「やっと?」
「そうそう~ゴールデンウィーク中も普通に練習してたんだよ~」
は?
「僕、何も聞いてないけど。」
「Oh~no~それは変だな~」
うん。普段からこういう喋り方だ。
「羽冬!気づいたんだけど、野球部のグループに入ってないみたいです!」
教室の前方からこちらへ来たのは望月奏音。茶色い髪に、中央で分けた前髪の毛先が外向きに跳ねている。僕や加藤と同じ野球部のマネージャーで、可愛くて上品そうな見た目に反して、中身はスポーツを愛する熱血タイプだ。
しかもただのマネージャーではない。野球の腕もかなりのもので、僕から見れば一年生の中では高木に次ぐ実力だと思う。
「グループ、あるの?」
「ありますよ。羽冬、これ入ってないでしょ?」
「あ……」
何とも言えない気まずさ。
「私が招待しますね!」
「ありがと。」
『パンドラ高校野球部』
ものすごく普通の名前だ。
二十数人しかいないので、今年の現役部員だけのグループらしい。
『羽冬夜良がグループに参加しました』
参加した直後、最初に飛んできたメッセージで、僕がこのグループを知らなかった理由が分かった。
『(風仙)お?やっと入った』
続けて、青い謎の生き物が悪そうに笑っているスタンプ。猫にも虫にも見える。誰がこんな怪物を作ったんだ。
……わざと教えなかったのか、偉大なる風先輩。
『(大輔Daisuke)誰これ』
『(風仙)一年のマネージャー 羽冬 自己紹介して』
『(羽冬夜良)一年D組の羽冬夜良です。先輩方、よろしくお願いします。』
『(大輔Daisuke)男?男マネージャーって何すんの』
『(椎名易)そんなにスケベなこと言うなよ』
『(大輔Daisuke)待てよ 聞いただけだろ』
『(吾)まだ俺の妹とこっそり話すつもり?』
『(椎名易)絶対そう』
『(吾)松谷大輔!』
『(大輔Daisuke)ねえってアホ!勝手なこと言うな!』
男子だらけのグループらしい会話だった。女子がいることなんて誰も気にしていない。
メッセージは爆発するような勢いで流れ続ける。この人たち、早くグラウンド行って練習の準備しなくていいのか?
(そうだね、「野球場」じゃなくて、「グラウンド」だ。この一か月で、やっとこの呼び方にも慣れた。)
気になってプロフィールを順番に開いてみると、今話しているのは風以外ほとんど三年生だった。
うちは進学校の野球部なので、三年生になると大半が引退する。二年生の風がキャプテンなのもそのためだ。
ただ今年の三年生には、何かまだ諦めきれないものがあるらしく、今回の大会までは参加するらしい。
とはいえ、うるさい。僕は迷わずグループをミュートした。
「あ、奈奈ちゃん来た。そろそろ行こ!」
奈奈ちゃんは、望月が加藤を呼ぶ時の呼び方だ。逆に加藤は望月を「奏音ちゃん」と呼んでいる。
グラウンドへ向かう時は、だいたい望月と加藤が前で楽しそうに喋り、僕と高木が後ろでくだらない話をする。
実行委員の忙しい生活も終わった。これから放課後は、グラウンドでのんびりみんなの練習を見る日々だ。
ああ。もちろん望月と喋って仲を深めるのも忘れない。
グラウンドに着き、ベンチから選手たちの守備練習を眺めていると、望月がバットを持って練習に入った隙に、珍しく加藤のほうから声をかけてきた。
「羽冬。」
「なに?」
「この前、図書館で一緒に勉強してた子って誰?彼女?」
い、いきなり鋭すぎない?加藤って、そんなキャラだった?
「ただのクラスメイトだよ。望月が前に話してた、僕の後ろの席の女子だ。」
「ってことは、彼女じゃないの?」
加藤は少し考え込み、数秒してまた口を開いた。
「じゃあ、パンドラ祭で一緒にお化け屋敷入ってた子は?」
「えっと……小学校からの友達。」
夢ちゃんのことだ。
ちょっと、その軽蔑した目は何だ。
「奏音ちゃんは?」
「クラスメイトで同じ部活の仲間だろ。」
また軽蔑された。
だが、そのあと加藤が小さく呟いた言葉で、どうも聞きたいことは別にあるらしいと気づいた。
「そっか。羽冬なら……」
「ん?なに?」
「な、何でもない。また今度聞く。」
少し沈黙してから、今度は僕が聞いた。
「加藤は?風先輩とはどうなった?」
「へ!?せ、先輩と!?」
「そうだよ、ゴールデンウィーク中、ずっと図書館で一緒に勉強してただろ。」
「わ、私は……」
「否定しなくていいよ。最初から好きなの知ってるし。」
「あ……」
ずっと慌てっぱなしなのが少し面白い。
「ちなみに、望月に自分から言ってないなら、彼女もとっくに気づいてるんだ。」
「え!?奏音ちゃんも?」
本気で誰も気づいていないと思っていたらしい。
「ずっと聞きたかったんだけど、先輩のどこが好きなの?」
その質問で、加藤はようやく少し落ち着いた。
一言だけ残し、ベンチの反対側へ歩いていった。話を続けられないのは残念だ。
「ほっといて。」
はいはい。もう聞かない。
しばらくすると、スパイク姿の望月が満足そうに戻ってきた。
制服姿なのに、足元だけスパイク。普通ならかなり変な組み合わせのはずなのに、望月だとなぜか妙に馴染んでいる。
やっぱり服って、結局顔が一番大事なのかもしれない。
「おかえり。」
「ただいま~ん?」
強い日差しのグラウンドには似つかわしくない冷たい空気を感じ取ったのか、望月は少し考えたあと、僕に事情を聞いてきた。
「もう、羽冬だめですよ!女の子にそんなこと真正面から聞いたら!」
加藤に聞こえないよう、声を落として責めてくる。小声なのに、驚いているのは十分伝わった。
「そんなに駄目かな?同じマネージャーだし、仲間みたいなものだろ。」
「駄目だって!女の子はそういうのに敏感なんだから。」
そう言われ、僕は口元を上げた。目を細め、同じ「女の子」である望月を見た。
次の瞬間、望月も僕の意図に気づいたらしい。
「わ、分かったよ。今度機会あったら聞いてみます。」
加藤をちらっと見てから、少しこちらへ寄って声を落とした。
「……実は私も、ちょっと気になるんです。」
言い終わった瞬間、僕も望月も吹き出した。
「でも風先輩を好きになるのって、別に不思議じゃないよね。運動できるし、頭もいいし、歌もうまいし、顔だってかなりかっこいいし。奈奈ちゃんみたいな子が惹かれるのも分かります。」
確かにな。あそこまで完璧な人が他人の人生に出てきて、何がしたいんだ。
「でも、そんな先輩でも、望月は落とせないんだな。」
「私?」
望月は右手の人差し指を顎に当て、少し俯きながら僕を見た。
何かを考えながら、僕をじっと見定めているようだった。
「だって比べるなら、羽冬と一緒にいるほうが面白いし。それに、羽冬もすごいでしょう。」
ま、またそういうストレート。
まずい。このままじゃ本当に落ちる。は、反撃しなければ!
「望月のほうがすごいだろ。バスケ部相手に普通にやり合ってたし、最後のアシストも完璧だった。僕も同じコートにいたのに、目を奪われたよ。」
望月もすぐに返してくる。
「目だけですか?」
「さあね~」
ひとまず、この勝負はここまで。すると望月が、急に別の話を出した。
「最後、あの子とはうまくいったんですか?」
あの子。紫木のことだ。
さっきまでと違う、落ち着いた真面目な声。少し寂しげにすら聞こえて、切り替えについていけなかった。
「一応、大丈夫だったな。どこまで続くかは分からないけど。」
「そっか。」
「前に言ってくれたこと、かなり助かった。ありがとう。」
「ううん。役に立ったならよかったです。」
やがて選手たちは守備、打撃、走り込みまで一通り終え、僕と望月でグラウンド整備をして、今日の部活を終えた。




