Vol.01 Ch.002① 入学式と自己紹介
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4月4日月曜の朝、パンドラ高校の講堂。
「我がパンドラ高校は、創立五年で神奈川県内一の難関大進学率を誇る学校となり、今もそれを保っています。」
入学式、今は校長の挨拶中だ。
「ここにいる皆さんは、各中学から集まった優秀な生徒です。皆さんは、優等生としての輝きを持っています。」
「これほど多くの星が集まれば、以前ほどまぶしく光れなくなる人もいるかもしれません。」
「ですが、校長として皆さんに伝えたいのは、今も輝く人も、そうでない人も、皆さんは神奈川屈指の優秀な生徒であり、パンドラが誇る生徒です。」
会場に拍手が響く。もっとも、大半は周りにつられているだけだろう。
優等生の輝き、か。僕にとっては、あってもなくてもいい。
―「ヨルには、新しい場所でちゃんとやり直して、心から笑えるようになってほしい。」
……よし、気を取り直そう。どこまでできるかは分からないけど、夢ちゃんの期待にはできる限り応えたい。
それ抜きでも、高校生活には期待している。知らない顔ばかり見ていると、ツネたちといる時とは違う、生まれ変わったような気分になる。
だってここには、僕の過去を知る人がいない。
じゃあ、どうすればあの陰気さを抜け出せるのか。昨夜ずっと考えたが、明るい自分は想像できなかった。だから身近な人を手本にすることにした。思い浮かぶのは、いつも胡散臭く笑うヒロとツネ。二人の行動パターンを思い返してみると、要するに――
毒舌、ツッコミ、それから女子と話すこと。
別に難しくはない。ヒロたちといる時だってできていたし、さっきD組でも気になる可愛い子を何人か見つけたし、女子と話すのも問題ない。よし、この学校で一歩ずつ、自分だけのハーレムを築こう、羽冬夜良!
なんてね。彼女いない歴イコール年齢の僕には、一人でも好きになってくれる子がいれば十分だ。
ん?女子と話すのが夢ちゃんに悪い?いや、向こうには彼氏がいるし、僕には関係ない。そもそも僕らは別に両想いでもない。
とにかく、羽冬夜良の高校三年間のキャラ設定は、昨夜、適当に決まった。
「校長先生、素晴らしいご挨拶をありがとうございました。続いて在校生代表、2年A組の風仙さん。」
え……?
え?
──4月1日金曜の昼・アパート──
両親の車が出ていくのを見送ったあと、姉さんと僕は新居――三階の一番奥の部屋へ向かった。
ちょうど隣のの住人も出てきて、姉さんが声をかけた。黒髪の男子で、僕と同じくらいの背格好と年齢に見えた。
「あ、こんにちは。」
それより、挨拶した瞬間の姉さんの隠しきれない笑みが気になった。
「こんにちは。」
黒髪の男子はそう返し、少し不思議そうな顔をした。
「君たち、引っ越してきたばかり?」
「はい。羽冬と申します。羽冬悠月です。こちらは弟の夜良です。」
「こんにちは。」
「風です。風仙。」
名乗ったあと、風は僕を上から下まで見た。ちょっと。僕は女が好きなんだけど。
「ブレスレットか。最近の流行?」
左手に視線を止めたあと、風は言った
「どうした?おかしいか?」
全身を見回されたうえにそんなことを聞かれ、少し癪に障った。
「いや、全然。髪の色に合ってる。」
うっ……そのいかにもスマートな笑顔、今僕を口説いてるのか?
「若い子のちょっとした遊びですよ~」
姉さんが気軽にそう付け加える。
「はは、お姉さんも若いですよ。」
おい、ターゲット切り替え早すぎないか?
「やだ、口がうまいのね。でも残念、私、年下は対象外なの。」
「それは残念~」
うーん……何というか。
高手同士、って感じか。
「君、どこの学校?」
短いやり取りの間を置いてから、風は再び僕に意識を向けた。
「パンドラ高校。」
「へえ、パンドラか……」
「そっちは?」
「そのうち分かるよ。」
もったいぶるなよ。
「こんなにきれいなお姉さんを泣かせたら罰が当たるよ。優しくしないと。」
「もう、そういう甘い言葉には弱いのよね~」
羽冬悠月、弟の前で堂々と他の男といちゃつくのか。
あの時の風には、口がうまいくせにどこか癪に障る印象を持った。
姉さんが彼をかっこいいと思っていたからだろうか。僕ってシスコンなのか。
え……?
え?
────
「えーと……実は、代表をやれって言われたの、ついさっきで。だから何を話せばいいのか、僕も分かってません。」
風の第一声に、会場のあちこちから笑いが起きた。
「まあ、まだ何を話すか考えてなくて。さっき校長先生が言ってた輝きを失うとか、正直、あまり実感ないんですよね。」
少し間を置いてから続けたその言葉に、会場はまた笑いに包まれた。
「じゃあ逆に聞きたいんですけど、人ってどうやったら光るんですか?」
不思議な魅力だった。言葉自体はそこまで面白くないのに、ほどよい抑揚、力みのない話し方、安定した立ち居振る舞い、聞き手の反応を気にしない自信。こういう人は、きっと学校の中心人物だろう。
たぶん、ヒロそっくりの絶対的な自信と、ルールを気にしない感じが、僕に敵意を抱かせた。
いや、正確に言えば嫉妬か。昔、ヒロと知り合ったばかりの頃も、ああいう華やかな存在に強く嫉妬していた。中学に入って、友達のために体を張るあいつの義理堅さを知り、ようやく仲良くなれた。
だから、最初はこんな感情を抱いても、そのうち僕も、風の内側からにじむ格好よさを認めるんだと思う。ああいう人間は、恒星みたいに自分で光る、まぶしい存在なのだから。
関わりが続けば、の話だけど。
「せっかくパンドラに来たんだから、みんな頭はいいでしょ。ならもうあれこれ言わない。どうせ帰ったら、『あの人ちょっと面白かったな』くらいしか覚えてないでしょ。」
完全に会場をつかんでいた。
「人は、勉強だけで生きていくわけではありません。」
「世の中には、別の才能で成功した人はたくさんいます。」
「そして、ここにいる皆さんが持っているのは、多くの人が欲しくても手に入れられない、勉強と試験の才能です。」
「点数や順位や進学先が、人生のすべてではありません。でも、勉強ができることが、人生を少し生きやすくする手段の一つなのは確かです。」
「高校生として勉強を頑張りながら、いろんなものに触れてみてください。勉強以上の才能が見つかるかもしれません。そうなれば、試験なんてそこまで大事じゃなくなることもあります。」
「もちろん、勉強をやめろって意味ではありません。でもこれ以上言うと校長先生に呼び出されそうなので。ほら、もう睨んでる。怖いです。」
「というわけで、パンドラでの三年間を楽しんでください。ありがとうございました。」
拍手は校長の時より大きかった。それもまあ、当然だろう。
こんな内容が通るなんて、意外と自由な校風なんだな。
一応、悪くないスピーチだった。
ただ、僕にはずいぶん耳が痛かった。
長い入学式が終わり、生徒たちはそれぞれの教室へ戻っていった。僕も、式の前(朝6時半)にはもう来て確保しておいた、窓際の後ろから二番目の席へ戻る。伝説の「ぼっち主人公席」は、正式に僕のものになった。
教壇の上、若く見えるのに、所作は落ち着いた女性が黒板に「茂木友子」と大きく書いた。
「みなさん、こんにちは。D組担任と地理担当の茂木友子です。友子先生って呼んでね~実は私も、みなさんと同じで今年この学校に来たばかりなんです。緊張もするし、わくわくもしますよね!では、さっそく自己紹介をして、お互いのことを知っていきましょう!」
新しい環境でお決まりの、自己紹介の時間だ。友子先生は少し考え、僕の列の一番前から始めた。だからすぐ僕の番になった。
「羽冬夜良です。神高附中出身です。趣味はバスケと、漫画や小説を読むことです。よろしくお願いします。」
何の印象にも残らない。今の僕なんてそんなものだ。
そして、まず目を引いたのは、後ろの席のメガネの女子だった。長い緑髪を、右の後れ毛だけ残して高く一つに結んでいる。
「紫木理香です。将来は医者志望です。趣味は……解剖です。みなさんと仲良くできたら嬉しいです。よろしくお願いします。」
解剖?本気か?何を?前の席の男子?
いや、それより……
左の袖がずれて、肩がほとんど見えている。気づいてないのか?
いきなり女子に話しかけるチャンスだ。
「あの、紫木さん。」
「どうかしました? えっと……」
僕の名前を思い出せないらしい。寄せた眉と結んだ唇が、本気で困っている。
「たしか……漫画が好きな……」
お、少なくとも趣味は覚えてる。
「オタク?」
解剖されたいのか?
「左の袖。」
オタクかどうかで言い争うより、まず本題に戻す。
「えっ……?袖……?うそ、なにこれ!?」
「おめでとう。やっと気づいたな。」
「うわ……恥ずかしい……」
というか、なんで誰も教えなかったんだ?
それ以上は構わず、僕は前を向いて、すぐ忘れる次の自己紹介を聞いた。
「あの……お名前は?」
さっき聞いたばかりの名前を、本人にこんなストレートに聞けるものなのか……?
「羽冬夜良。」
別に気にしてない。ちょっと面白いだけだ。
「ああ、そう……たぶんナンパのつもりだったんだろうけど、ありがとう、羽冬くん。」
……何なんだそれ?
自己紹介のあと役決めがあり、終わると昼休みのチャイムが鳴った。
変な人だけど、せっかくだし昼でも誘ってみるか。そう思って振り向くと、入学初日だというのに、もう勉強を始めていた紫木だ。
「どうかした?」
視線に気づいたのか、紫木は本を閉じてこちらを見た。声は、ただ純粋な疑問だった。
「一緒に――」「理~香ちゃん~食堂行ってお昼買おー! ここの焼きそばパン超おいしいらしいよ。今日はそれ食べたいな!理香ちゃんは?」「ちょ、真衣、そんな引っ張らないでって……」
僕の誘いを遮ったのは、いつの間にか紫木のそばにいた、身長150センチくらいの真衣という女子だった。そして“理~香ちゃん”はそのまま連れていかれた。
中学からの知り合いか?
ってことは僕、今ナンパに失敗したのか?哀れだな、羽冬夜良。
大したこともしていないのに、半日で僕はもう1年D組の生徒としてここにいる実感を得ていた。
ん?スマホに新着メッセージ。
「入学おめでと~うちのヨルも、そろそろ彼女ができる年頃だよね。できたらちゃんと紹介してね~」
ん……
「うちの」って?僕は羽冬で、梧原じゃないだろ。どうやら送り間違いだ。きっぱり無視して、食堂へ向かった。
チーズビーフバーガー(学校でこんなの売るのか?)と無糖の緑茶を買い、空席で静かに昼を過ごした。
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