Vol.01 Ch.009② 膠着
35
午後1時20分。
決勝のバスケットコートの周りには、すでにかなりの観客が集まっていた。ほかの二つの決勝より、どう見ても僕たちの試合がいちばん人が多い。
「あっ、いた!ヨルー!」
ウォームアップ中、夢ちゃんの声が飛んできた。夢ちゃん、ツネ、ヒロの三人がそろっているのを見て、今日は清水は来ないのだと分かる。
ほかにも、高木や他のメンバーを呼ぶ声があちこちから聞こえてきた。見覚えのない顔まで名前を叫んでいるあたり、みんなそれぞれ友達を呼んでいたらしい。自分の学校の行事でもないのに、二日連続で来てくれるなんて、なかなかの付き合いだ。
試合前、コートの周りを見渡してみる。
1年D組側には、紫木、小山、友子先生、D組のクラスメイトたち、それに夢ちゃんたちや他のメンバーの友人たち。
2年A組側には、野球部の秋本先輩と矢野先輩、そして少し離れた場所に加藤の姿も見えた。
コートの向こうには、各学年の生徒が思い思いに集まっていて、野球部の部員たちもほとんどがこっちへ来ていた。バレーやサッカーの決勝より、こっちの試合を選んだらしい。
「高木ー!やっちゃえー!」「風!頼んだぞー!」「望月ちゃん頑張れー!」「羽冬くんー!」「高木、先輩の上から叩き込めー!!」「望月さんー!」「風!二連覇だー!」「高木!風に見せつけろー!」「望月、ユニフォーム可愛いー!」
望月への声援、僕より多い……
ちなみに、僕たちがちゃんとしたユニフォームを着ているのは、高木が入学直後に作ろうと言い出したからだ。あの時は予選で負けたらどうするんだと思ったが、あとで見ると、ユニフォームだけ作って三角リーグで消えたクラスも珍しくなかった。そう考えれば、ここまで勝ち上がっただけでも十分元は取れている。
青いユニフォームの胸には「Dragons」。D組らしくて悪くない。
半袖の上にユニフォームを重ねているほかの女子と違って、望月はスポーツインナーの上にそのままユニフォームを着ていて、肩まわりがすっきり見えた。
だから、さっき「望月、ユニフォーム可愛いー!」と叫んでいた誰か、僕はあの声援に全面的に同意する。ま、まさにハニートラップだ!
まあ、その策にはまったのは、同じチームの僕だけだ……
2年A組のほうは、赤いユニフォームの胸には「Astronauts」。風という超大型戦力がいるのだから、あっちが気合いを入れるのも当然だろう。
「ピーッ!」
笛が鳴り、試合開始。
ジャンプボールは2-Aのものになり、僕はすぐ風に張りついた。
僕らの作戦は、辛うじて風のスピードについていける僕がマンツーマンで風を追い続け、残り四人がスリーラインの内側で四角く守る、いわゆる「ボックス・アンド・ワン」を使っていた。
しかも、風は実質、右手しか使わない。だから高木には、風が右へ切り込んできた時に真っ先に塞げる位置へ寄ってもらい、僕が抜かれてもすぐヘルプに入れるようにしてある。
「ボックス・ワンか。賢いね、羽冬。バスケ部の連中でもこんな守り方はしないのに。」
風が楽しそうに話しかけてくる。
「バスケ部は先輩に勝てないって認めたくないからな。」
僕らはプライドがない。勝ちたいだけだ。
「でもさ、羽冬。」
「ん?会話で気を散らす作戦ですか?」
「バスケ部がこれをしない理由はもう一つある。」
「……?」
周囲の動きを見ながら、横目で風を追う。
「僕をマークする人が、そもそも追いつけないから。」
「しまった!」
その瞬間、風が一気に加速した。いや、そんな中二病みたいな台詞を吐きながら本当に飛び出すなよ!
味方からボールを受け取った時には、もう風はスリーラインの中へ入っていた。そのまま一歩前へ運び、高木の前で中央へターンしながらシュートフェイク。高木が反応して跳んだ瞬間、風は平然とそのまま空いたスペースへ流れ込み、きっちり決めてきた。
「やられたな。」
高木が言った。
「ゴメン。」
「いや、俺も釣られたし。最初からそう簡単に止められるとは思ってない。」
ん?高木、これまでの試合ではもっと適当なテンションだったのに、今日は少しだけ本気度が高い気がする。
「ヨル!」
コートの外から、ヒロの声が飛んだ。
「諦めるの早すぎ。さっきだって一回はついていけてただろ。悪い癖なんだよ、本当に。」
うわ。まさかここでもヒロに怒られるとは。
まあいい。どうせ優勝を狙ってここまで来たんだ。これだけ人が見てるのに、今さら手を抜けるわけがない。
僕たちの作戦はある程度機能していて、2-Aの攻撃効率は明らかに落ちていた。とはいえ、こちらも高木の高さを生かし切れず、第一クォーター終了時点で14対18。四点差で追う展開になる。
ベンチに戻ると、みんなで自然に円になる。ヒロとツネも、いつの間にか控え組と普通に打ち解けていて、そのまま作戦会議の輪に入ってきた。
「35番、マジで速いな。」
ツネが感心したように言ったあと、ヒロはすぐに僕を見た。
「ヨル、35番はたしかに俺より少し速い。でも左手使えないなら、怖がる必要はない。右しか行かないって分かってるなら、まず右を潰せ。」
「分かった。」
「それと、えっと……高木、だっけ?」
「よう。」
ヒロ、完全にコーチみたいになってるな。さ、さすが天才バスケ少年。
「身長がお前の武器だ。ヘルプの時、早く飛びすぎ。リングとの間に入ることだけ意識して、35番の両足が完全に離れたのを見てから跳べばいい。あいつの身長はヨルと同じくらいだろ。後からでも十分間に合う。」
「了解。」
ヒロがそこまで言い切ったところで、ちょうど二分のインターバルが終わる。
第二クォーター。いよいよ望月のショータイムだ。
2-Aには、背番号29番の女子バスケ部員がいる。当然、ここまで1試合平均15得点を挙げている望月とのマッチアップになった。身長はほとんど同じだが、体格は29番のほうががっしりしている。
だが望月は左右どちらでもドリブルもレイアップもでき、ジャブステップも上手い。何度もきれいに抜いて得点していく。
ヒロも、望月のプレーを見て一瞬言葉を失って、僕とツネに言った。
「……あいつ、男子だったら普通にお前ら二人より上だな。」
「うっ……」
「おい、それはさすがに認めたくねえ!」
ツネだけは抵抗していた。
ただ、望月も29番を止めきれない。結局、お互いに相手を止めきれず、点を取り合う展開になる。
第二クォーターの途中、ヒロが再び声をかけた。
「ヨル。高木にはさっきもう言った。次、もしまた35番に一歩で抜かれたら、そのまま前に走れ。35番の攻撃が終わったら、高木がリバウンドでもスローインでも、すぐお前にロングパス入れるから。」
「分かった。」
この先のオフェンスまで考えてくれて、やっぱりヒロを呼んで正解だった。
「ヨル。」
ベンチで少し休んでいると、不意に背もたれが小さく揺れ、右耳の少し後ろから夢ちゃんの声がした。
「どうしたの?」
夢ちゃんに振り返った。
「さっきずっと35番に抜かれてたけど、それでも必死なヨルはかっこよかったよ。」
うっ、だからそういうまっすぐを投げるなよ、梧原夢美!今試合中だ!
動揺を隠すため、適当に別のことを聞く。
「ブレスレットって、ちゃんと預かってくれてるか?」
「持ってるよ~試合終わったら返してあげる。」
そう言って夢ちゃんは僕の後ろにしゃがみ込んだ。その仕草が妙に可愛くて、少し見つめてしまう。夢ちゃんもそれに気づいたのか、じっとこっちを見返してくる。
最後には、二人きりの時にだけ浮かぶ笑みを交わしていた。
そこから視線をコートへ戻そうとした時、ふと紫木の姿が目に入る。選手たちにペットボトルの水を配りながら、少しずつこちらへ近づいてきていた。
「あ、ちょうどもう残りこれだけだったから。」
僕の前で立ち止まり、手元の最後の一本を見て、「しれっと嘘をつく」という、いつの間に覚えた新しいスキルを発動した。
「おい。」
「なんてね。はい!頑張ってね。」
実に晴れやかに笑っていた。後ろにいた夢ちゃんには気づいていただろうに、昨日みたいな動揺は、もうまったく見せなかった。
第二クォーター終了前、望月がスリーラインの外から迷いなく放った一投。29番は完全に反応が遅れ、ブザーと同時に、ボールがきれいにリングを通った。
「うおおおおお!」
第一クォーター終了時よりも、明らかに大きな歓声がコートを包む。
スコアは32対31。望月が、本当にほとんど一人で試合をひっくり返してみせた……
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