Vol.01 Ch.007④ 前夜
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4月28日、木曜放課後。1年D組教室。
「【お知らせ】
明日は会議なしです。ここしばらく本当にお疲れさまでした。今日からゆっくり休んで、明後日は朝七時半に会議室集合でお願いします。これから始まるパンドラ祭、しっかり楽しみましょう!」
全体グループの伊藤委員長からのメッセージ。明日からゴールデンウイークだから、わざわざみんなに伝えてくれた。
この二週間は、体育祭の各競技と実行委員会議であっという間に過ぎた。進行が順調だったおかげで、祭り前日になってようやく少し息をつける。
しかも当日は大半を生徒会が回すので、僕と紫木もクラスの模擬店を手伝う余裕はありそうだった。
「よし、みんな!文化祭の準備始めるよ!まずは机を指定の位置まで動かして、そのあと店の飾りつけ!」
放課後のチャイムが鳴り、教師が教室を出ていくや否や、瀬戸(クラス委員長)がすぐ教壇へ立って指示を飛ばし始めた。
「今日は勉強して残るのは無理そうだな。」
立ち上がって、後ろの紫木に声をかける。
「勉強?ああ、今日はいいかな~」
紫木は一瞬きょとんとしたあと、やけに軽い口調で言った。
「いよいよパンドラ祭だし。さすがに私だって、今日はわくわくして勉強どころじゃないもん。」
たしかに、一日くらい自分に休みをやるのも悪くない。
「じゃあ荷物まとめよう。手伝うから。」
「大丈夫、私できる!」
そう言って机を持ち上げようとした紫木だったが、上がったのは机の脚二本だけだった。
「んぐ……」
まあ、そりゃそうだ。
普段運動していないし、教科書も机の中に入れっぱなしならそうなる。
「はいはい、そこまで。僕がやるから、紫木は椅子持って。」
手をひらひらさせると、紫木は少し食い下がりたそうにしつつ、しぶしぶ手を離した。
「……分かった。ありがと。」
少し頬を膨らませながら、紫木は椅子を持って後ろへ向かった。と言っても、たかだか三、四歩だ。
そのあと、僕が自分の机と椅子を持とうとした瞬間、紫木が椅子を先に奪う。
「何してるんだ?」
「『はいはい、私がやるから。羽冬は机持って~』」
どうやら、さっきの僕の口真似らしい。
僕は呆れた目で紫木を見る。
公平にしたいのか?一人一回ずつ手伝って、おあいこにしたいらしい。
椅子なんて何の負担にもならないけど。だから手伝いとして釣り合っているかと言われたら微妙だ。でも男として、そこをいちいち言うのも野暮だろう。
「真似するなら、全然似ていないよ。」
「えー! 今の、かなり似てたよ!?」
「全然。」
机と椅子を所定の場所に置いて振り返ると、ちょうど紫木と目が合った。
そしてなぜか、二人同時に吹き出す。
「いよいよ始まるね。」
紫木がしみじみと言う。
「ああ。」
「こんなに真面目に学校行事に参加するの、私たぶん初めて。」
「僕も。」
小山の余計なおせっかいが始まりだったな。
少なくとも以前の僕なら、こんな面倒事に自分から首を突っ込むことはなかった。
でも、実行委員をやっているこの時間は、何というか。
「羽冬夜良が、ちゃんとこの世界で生きてるんだ」って感じがする。
「理香ちゃ~~ん」
……ほら来た。名前を思い浮かべた途端に本人が現れるの、何なんだ。
「真衣、どうしたの?」
「いやあ、ごめんねえ?二人のいちゃいちゃタイムを邪魔しちゃって。」
「真衣! 変なこと言わないで!」
「でも最近、理香ちゃんずっと羽冬くんと一緒じゃん。私もちょっと、うぅ、さみしいんだよ~」
いや、仕事だから。
「だから理香ちゃん、ポスター貼るの手伝って!私、背が低くて上届かないから!」
「わっ、真衣!引っ張らないで!ちゃんと行くから!」
泣き声も嗚咽も、全部わざとらしい。
ポスターか。瀬戸が完成版をみんなに見せた時、クラスの反応はかなり良かった。
―『羽冬すごっ、これ一人で描いたの?』
―『羽冬ってそういう感じだったんだ。』
―『Oh~ちっちゃなアーティスト羽冬夜良~』これは誰の発言か、考えるまでもない。
―『次も頼むわ、羽冬!』
褒められて悪い気はしない。ただ、どこか自分のことじゃないみたいな感覚がまだある。
この数日、僕と紫木はバスケの記録係もこなしていた。僕が正式な記録表、紫木が個人スタッツ担当。最初は得点以外が苦手だった紫木も、三日目、四日目には「○番、リバウンド」「アシスト入るよね」と言えるようになり、五日目には雑談しながら記録できるまで成長していた。
さすが学年上位組というべきか、吸収が早すぎる。
本人は「意外と簡単だったかも!」なんて言っていたが、正式な記録表を書きながら紫木の内容まで確認していたこっちは、全然楽ではなかった。
バスケは運も実力も噛み合い、1年D組は本当に決勝まで進んだ。高木は準々決勝で速攻ダンクまで決め、会場の歓声をさらっていた。
背が高いなんてやっぱいいな。
ただ、決勝の相手は、風のいる2年A組だ。
他の競技は、バレーもサッカーも敗退。四百メートルリレーは転倒者が出て決勝進出ならず。
クラス対抗リレーだけは何とか決勝へ残った。
僕自身は、100メートルと200メートルで決勝進出。走高跳と走り幅跳びでは入賞できなかった。陸上部の跳躍を見た時点で、才能だけで勝てる相手じゃないと分かった。
「ただいま。」
帰ると、姉さんが台所で夕飯を作っていた。
「おかえり、ヨル。ご飯よそっといて~あと一品だから。」
「分かった。お茶いる?」
「ほしい~」
茶葉は相変わらず大量にある。全部売り払ったとしても消費しきれない気がするくらいだ。だから最近は、また何かにつけてお茶を淹れて飲む習慣を復活させつつあった。
しばらくして姉さんは炒めた青菜を皿に移し、そのままそれを持って向かいに座る。
「土曜はパンドラ祭なんだっけ?」
「うん。やっと会議地獄から解放される。」
ほんと疲れた。
「へえ~じゃあ紫木さんと一緒にお仕事するのも、これでおしまいなんだね~」
僕は黙って目だけ細めて抗議する。
「何時から始まるの?」
その無言の圧など完全に無視して、姉さんは聞いてくる。
「九時。どうしたの?」
「別に~六時ごろには出るの?」
あまりに何でもないふうを装っているせいで、逆に怪しい。
「……姉さん、まさか来る気?」
「教えない~ヨルだって、夢ちゃんたちは誘ってるんでしょ?」
まあ……そうだけど。
家の食卓でこうして普通に話せるようになったのは、実はここ最近だ。外で一緒に食べるのは平気でも、家の中だと不思議なくらい沈黙ばかりだった。そういうのを少しずつ乗り越えて、今はようやく、自然に家族らしく話せる。
もちろん、家族と呼べる相手は姉さんだけだ。
「で、明後日、みんな来るのか?」
食器を片づけて自室に戻ったあと、電話でツネに確認した。
「行くよ。かなり前から言ってたし、その二日間はみんな予定空けてる。」
「そっか。」
「……あ、でも聞いた話だと、梧原が清水も誘ったらしいけど。」
「え?そうなの?でも、ヒロが来るのは知ってるよな。」
ウォーターパーク以来、清水とは一度も会っていない。ヒロと別れたあとの流れを考えれば、僕は完全にヒロ側だから、清水若希という存在は、もう自然に自分の生活から消えていくものだと思っていた。
「さあな。」
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