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僕らは正しい答えを見逃したようです。  作者: 八目律師
Vol.01 「ずっと後になってから、あれが『好き』だと気づいた。」
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Vol.01 Ch.005④ 気味の悪い囁き

*このエピソードには20歳未満の者による飲酒描写が含まれますが、法律・法令に反する行為を容認、推奨するものではありません*

19

  「お姉ちゃん、お風呂あがったよ。……って、なんでお酒飲んでるの!?」

  しまった。紫木がいつ出てくるか完全に忘れていた。グラスの最後の一口を見て、もっと早く飲んでおけばよかったと今さら思う。

  「大人の深夜タイムってものだよ~」

  どうやら紫木姉のこの軽い調子は、誰に対しても同じらしい。

  「お姉ちゃん、ほんとそういうの適当なんだから!」

  「ごめんごめん。父さんと母さんに内緒にして?」

  「言いつけたってどうせ気にしないでしょ。それに羽冬も! 未成年はお酒飲んじゃだめって知らないの!?」

  「ごめんなさい……」

  「謝りながらまだ飲んでるし! お姉ちゃんももうやめて!」

  ……何だこの状況。

  「はいはい。じゃあ姉ちゃんもお風呂入ってくるから、理香、ヨルがのぞきに来ないように見張っといてね~」

  そう言い残し、紫木姉は勝手にカウンターを出て、奥の私用通路へ消えた。

  「……のぞくの?」

  「するわけないだろ。」

  いや、そこ本気で確認するのか?

  紫木はTシャツに短パン、タオルを肩にかけ、髪も下ろして眼鏡も外していた。学校とはかなり印象が違う。さっきまでの説教モードを変えたくて、僕は話題を振った。

  「眼鏡ないと、雰囲気変わるな。」

  「そ、そう?どこが?」

  紫木は肩のタオルで髪を拭きながら近づいてくる。湯上がりのせいか、顔がほんのり赤い。

  よし、空気の切り替えには成功したっぽい。

  「少しお姉さんに似るな。」

  「えっ。それって、いい?悪い?」

  僕の隣のカウンター席を引いて座り、首をかしげる。

  「外見の話なら、いいほうだろ。」

  「そっか。姉ちゃん、きれいだし、何でもできるし。私、昔から勉強以外はだいたい全部、姉ちゃんに負けてるんだよね。」

  そう言って、目の前に置かれていたオレンジジュースをストローで吸う。

  ん?それ、いつの間に用意されたんだ。

  てっきりこっちに話しに来たのかと思ったら、本当の目的はそれか。

  「そうか? 勉強できるだけでも十分すごいだろ。」

  そうだよ。勉強さえできれば、それでいい。

  「そうかな。でも私、それしかできないから、家の社交の場とかも基本姉ちゃんが出るの。守られてるって意味では楽だけど、たまに、もう少し頑張るべきかなって思う。」

  「あの人みたいになるのも大変そうだけどな。」

  「そうね。」

  窓の外では、相変わらず雨が激しく降っていた。

  やがて紫木はジュースを飲み干し、立ち上がる。

  「私、髪乾かしてくる! 羽冬、姉ちゃんのお風呂のぞいちゃだめだからね!」

  ……僕って、そんなに信用ない顔してるのか?

  頭の中で想像するのと、実際にやるのは別だろ。

  「……今夜、長いな。」

  髪を下ろした紫木、なかなかいいな。

  そう思いながらスマホを取り出し、姉さんにもう一度連絡するか迷ってやめた。あの人がこんな面白そうな状況を終わらせるはずがない。

  どうせ雨が止んだら入口で待ち伏せして、無理やり連れて帰るしか……

  いや、待て。

  雨が止んだなら、僕、自力で帰れるじゃないか。

  そこでようやく全部がおかしいと気づき、急いで入口へ向かう。

  ……あの女、わざわざ雨の中で服だけ持ってきてまで僕を残す気だったのか。しかも「雨が止んだら制服は置いとく」と言って、こっちにそう思い込ませた上で。

  「服、見つけた?」

  入口で少し濡れた制服と着替えを拾って戻ると、ちょうど紫木姉も私用通路から出てきた。あの「全部分かってるけどね」という顔で僕を見る。

  この女たち、いったい何を企んでるんだ?

  「こんな格好だけど、気にしないでね?」

  白い細い肩紐の短めのキャミソール。姉さんが家で着てるのと、ほぼ同じタイプだ。

  「気にしたほうがいいですか?」

  「気にしても変わらないけどね。ほら、ヨルの番だ。案内する。」

  ……はあ。

  「お邪魔します。」

  紫木姉に連れられて私用通路へ入り、浴室でさっさと身を洗う。

  ……ん?同じタイプってことは、もしかして――

  ノー……ブラ?

  ならば、気にしないに決まってる――本当ならそう言いたいが、そんな冗談を言う気力すら削がれるくらい、紫木姉の空気は妙に強い。

  風呂を出ると、正面の部屋から紫木が襖を開けて出てきた。

  「あ、お風呂終わっ……え、何その格好。」

  「じゃあ、制服で寝ろって言うのか?」

  今は姉さんが制服と一緒に持ってきたインナーのタンクトップしかない。下はちゃんと履いてる。そこは安心してほしい。

  「う……まあ、それは……」

  そんなに視線の置き場に困らせているなら悪かったな。

  「布団、敷いておいたから。私、もう寝る準備してるし、疲れてるなら入ってきて。」

  どんな状況でもおかしい一言を、なんでそんな平然と言えるんだ。

  紫木について部屋に入ると、畳の上に布団が三組並んでいた。今さら不安になる。二組や三組の問題じゃない。なんで今まで思い至らなかったんだ。

  「僕、やっぱ外で机に突っ伏して寝ていい。」

  「え?なんで?」

  真ん中の布団に入ろうとしていた紫木が、きょとんと振り返る。

  「なんでって、姉妹と一緒に寝るとか、変だろ。」

  「うっ……」

  男より危機感が薄いあたり、さすが紫木だ。

  「たぶん……大丈夫だよ。外で寝られると、こっちがすごく悪い気がするし。」

  どうやら、すぐには逃がしてもらえそうにない。

  僕は諦めて、押し入れの襖にもたれるように座った。

  紫木は困ったように、僕と布団と入口を何度も見比べる。そして名案を思いついたように、急に目を輝かせた。

  「な、何?」

  紫木は自分の布団を持って、こっちへ来た。

  「真ん中のを空けて、羽冬と姉ちゃんが両端なら大丈夫でしょ?」

  「いや、戻れよ。座ったままでも寝れるし。」

  「だめ。ちゃんと布団で寝て。」

  そのまま二人とも動かず、妙な膠着状態が続いた。

  沈黙を破ったのは、少しずつ寝息に変わっていく紫木の呼吸だった。

  「……紫木?」

  「ん……?」

  意識の底から無理やり返事をひねり出したみたいな声。

  「ほんとに寝ないのか?」

  「だい……じょうぶ……」

  全然大丈夫じゃないだろ。

  しばらくして、右肩に重みがかかった。

  「紫木?」

  「……」

  無理してたくせに、限界だったんだな。

  ――いや待て。寝てる顔をこんな近くで見てるの、なんか違う気がする。

  近すぎるせいで、シャンプーとボディソープの匂いがふわっと届く。まあ、とにかくいい匂いだ。

  そういえば、今日の僕も同じ銘柄のやつ使ったんだったな。

  ここまで寝落ちしてるなら仕方ない。紫木をそっと抱き上げ、真ん中の布団にそっと寝かせた。

  そのまま外へ出ようとした瞬間、部屋の前に立っていた紫木姉と目が合う。

  「紳士だね。」

  「見てたんですか?」

  答えない。ただ、静かな目の奥にやけに鋭いものがある。

  「まだ飲める?」

  その一言は、誘いというより命令に近かった。

  正直、嫌な予感しかしない。

  でも、このまま眠れる気もしなかった。

  「カクテルはもうやめよう。理香を起こしたくないし。これならいい?」

  そう言って彼女が棚から取り出したのは、いかにも高そうなウイスキーだった。ラベルを向けたまま、じっと僕を見る。

  いや、さっきのウォッカ・マティーニだってシェイカーは使わなかっただろ。単に強い酒が飲みたいだけじゃないのか。

  「一杯だけ。氷なしで。」

  「やっぱりこだわるね。」

  グラスを二つ出し、自分のほうにだけ氷を入れた。

  「紫木さんって、よく飲むんですか?」

  琥珀色の液体が注がれていくのを見ながら聞いた。

  「『紫木さん』って距離あるなあ。一緒にお酒飲んだ仲なのに。」

  ……誰の教育だ、その言い回し。

  「紫木って呼ぶと、変だろう。」

  「どこ?私と理香と区別できない?今理香いないし、問題ないでしょ。じゃなきゃ琉香でいいよ。私だって『ヨル』って呼んでるんだから。」

  わざと「ヨル」を強調しながら、氷なしのグラスを僕の前に置く。

  「別に許可した覚えないですけど。」

  「そういうものだよ。人生には、どうにもならないことがたくさんあるんだから。さあ。」

  そう言って、彼女は自分のグラスを軽く差し出す。

  グラスを合わせ、それぞれひと口含む。

  「……うん、やっぱり好きじゃない。」

  「自分で選んだんじゃないですか。」

  「ここまで種類あるなら、一個くらい当たりがあるかと思って。まだ出会えてないの。」

  「僕はわりと好きですけど。」

  「あんた、年齢のわりにもう酒飲みだね。」

  少し悪い笑い方だ。もう酔ってるのか?

  「十八歳の人に言われたくないです。」

  「来年の五月には二十歳だもん。その頃には、未成年で隠れて飲んでるのはヨルだけになるよ?」

  ……それ、これからも一緒に飲む前提で話してないか?

  「じゃ、そろそろ本題に戻ろうか。」

  さっきまでの軽さを消し、彼女はグラスの残りを一気に空けた。そして、グラスを持った左手をテーブルにつき、僕へ向き直る。


  「理香と付き合うのは許さない。」

  

  「……!?」

  驚いたのは一瞬だけだ。僕はできるだけすぐ表情を戻した。

  「どういう意味ですか。」

  「最初からちょっと違和感はあった。でも、さっき見て確信した。」

  「何を?」

  「あんた、理香にまったく興味がない。」

  「……根拠は?」

  我ながら、完全に犯人みたいな返しだと思った。

  「さっき部屋で、理香を布団に寝かせたあと、もし少しでも気があったなら、あんなふうに一度も振り返らずに出ていけるわけない。」

  この女……

  「あんたの中には、別の誰かがいるんでしょう?誰なの?周りの女の子には親しげで、でもちゃんと距離も取って、気まぐれで、紳士的で、過剰なくらい理性的で、男の本能に逆らってまで失いたくないくらい、大事な存在か。」

  心底、気持ち悪い。

  「ずいぶんはっきり言いますね。」

  たった数時間、僕と紫木を見ただけで何が分かるんだ。そういう言葉は、偶然当たっただけの推測にすぎない。

  「そう?妹のことだもの。手遅れになる前に、こっちが止めないと。」

  一度深く息を吸ってから、紫木姉に向き直る。

  「僕の中に、紫木さんの言うような『大事な存在』はいません。」

  ところが、紫木姉はその返答を聞いた瞬間、吹き出した。

  「っ、ふはっ……あははははは……!」

  ……声でかいな。紫木が起きるだろ。

  一しきり笑ったあと、彼女は初めて僕のフルネームを口にした。

  「ねえ、羽冬夜良。」

  「人があんなに慎重に質問に答える時って、だいたい二通りしかないの。」

  「一つは、正式な場合。」

  「もう一つは――」


  「自分は嘘をついてないって、装いたい時。」


  「他人は騙せても、自分までは騙せないよ。」

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