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【第1巻完結!】僕らは正しい答えを見逃したようです。  作者: 八目律師
Vol.01 「ずっと後になってから、あれが『好き』だと気づいた。」
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13/31

Vol.01 Ch.005② Purple Forest

17

  「よっ。」

  「おかえり。」

  紫木は本に目を落としたまま、足音にも挨拶にも顔を上げない。だから自然と、頭頂部に向かって話しかけることになる。

  「ひと区切りつくまで待つよ。」

  「うん、ちょっと待って。」

  その間に、実行委員会の全体グループを確認した。

  デザインはまた進捗を急かされている。伊藤委員長は、来週火曜の会議には完成稿を出してほしいらしい。そりゃそうだ。公式SNSにも、校内に掲げる大幕にも、このメインビジュアルを使う予定なのだから。

  デザインのグループを開き、先輩たちの議論に加わった。最終的には、僕が各ブロックのメインカラーを指定し、先輩たちが色を入れ、仕上げの細かい調整を僕が担当することになった。

  一人でやったほうが早いんだけど、これはいわゆるチームワークってものなんだろう。

  続けて姉さんとのLINEを開き、今夜の予定だけ伝える。

  「今日は外で晩飯食べる」

  うっ……既読、早っ。

  「誰と?夢ちゃん?」

  「違う」

  この「違う」を見た姉さん、今ごろ絶対「へぇ~?」とか笑ってる。案の定、次に来たのは、妙に含みのある猫のスタンプだった。まあ、報告は済んだし、返信は要らない。

  「よし、終わった。行こう!」

  紫木は僕に聞こえたのを確認すると、本を閉じ、筆記用具をしまい、鞄をまとめて立ち上がった。

  校門を出て、パンドラ商店街へ入る。ちょうど店の灯りが一番きれいに映える時間帯だ。

  「で、何を食べるの?」

  「ふふん……」

  その含みのある笑い方。どうやらもう決めたな。

  「羽冬は?何食べたい?」

  え、決めてるんじゃないのか?

  「ラーメン?」

  「やだ。服が汚れやすいし。」

  「寿司?」

  「やだ。小さい魚の切り身と白いご飯じゃん。」

  「オムライス?」

  「うーん……今日はそういう気分じゃない。」

  「……」

  「どうした?」

  「選ばせる気がないだろ。」

  そう指摘すると、紫木は「あら、バレちゃった」みたいな顔をした。

  「ご飯おごるってなったら、やっぱ洋食でしょ!」

  「マック?ハンバーガーもポテトも洋食の定番だし、マックだな?」

  紫木は僕を一瞥し、「もう一言言ってみろ」とでも言いたげな顔をした。いや、僕、結構マック好きなんだけど。

  次の瞬間、紫木は殺気を解き、自分でも可笑しくなったみたいに口元をゆるめた。

  「秘密基地に連れてってあげる。」

  紫木のあとについて歩くうちに、商店街を抜け、学校南側の森林復育区域へ入っていく。よく見れば、木々の間に、たしかに人が通っていそうな細い道がある。

  ん?秘密基地……森の小道……趣味は解剖……

  「紫木……どこに連れてかれるの?」

  今日が命日なのか?

  そんな警戒を察したのか、紫木は立ち止まり、ためらいなく僕の手を取った。

  「いいから、ついてきて。」

  いつの間に、こんな自然に触ってくるようになったんだ。

  さらに進むと、一軒の平屋が見えてきた。廃倉庫じゃなくてよかった。けど、森の中にぽつんと普通の家があるのも、犯行に絶好の死角じゃない?

  無意味な疑いはさておき、建物は派手さのない木造家屋で、むしろ落ち着いている。まさか学校のこんな近くに、こんな不思議な店があるとは思わなかった。

  「いらっしゃいませ。」

  迎えた店員は、紫木と同じ緑色の髪。どこか見覚えがある。

  「二名です。」

  「お好きなお席へどうぞ!」

  「どこ座る?」

  「じゃあ、窓際で。」

  木造の内装からは、ほのかに檜の香りが漂っている。商店街の喧騒から離れていただけでも十分静かだったのに、店内に入るとその隔絶感はいっそう強くなった。

  右手には磨き込まれたカウンター、その奥には色も形もさまざまな酒瓶が並び、小さな酒の博物館みたいだ。隣には高級茶葉のコーナーまであって、緑茶、紅茶、烏龍茶、ハーブティーなどがきれいに陳列されている。

  カウンター以外の客席も広々としていて、テーブル同士の距離も広く、騒がしさや人目を気にせず話せる。まるで、日常から少し切り離されたい人のための場所だった。

  席へ案内した店員は、僕らが座るまで意味ありげに見ていた。観察しているような、面白がっているような、何とも言えない視線だ。メニューを置いた瞬間、胸元の名札が目に入り、ようやく既視感の正体に気づく。

  「へへ、まさかって思ったでしょ。」

  確かに驚く。学校の近くにこんな場所があったなんて。

  「ここは?」

  「“Purple Forest”。うちのお父さんのお店。Googleにも出てこない、隠れ家的な高級レストランだよ!」

  「やっぱりか。」

  反応が薄かったのが意外だったのか、紫木が首をかしげる。

  「え、あんまり驚かないんだ?」

  「あの店員、紫木の姉か?」

  「えっ、なんで分かったの?」

  「最初に見た時からちょっと似てると思ったし、名前も名札に書いてあった。」

  そう。名札にはたしかに「ゆかり 」とあった。紫木とのつながりとは別に、「琉香」という名前にも、どこか覚えがある気がする。

  紫木はなぜか頬をふくらませた。

  「なんか、秘密を先に見破られたみたい。」

  ああ、分かった。次はちゃんと驚くようにする。

  でも、今日の紫木は機嫌がいいみたいで、すぐに笑顔に戻った。

  「今日は遠慮しないで頼んでいいよ~。どうせ私、お金払わないし。」

  「じゃあ……遠慮なく。」

  洋食レストランかと思いきや、メニューにはパスタやハンバーガーだけでなく、和食もある。これだけ種類があると、食材管理も大変そうだ。この客入りで使い切れるんだろうか。

  「お姉ちゃん、注文いいよ~」

  「ご注文は?」

  「カツカレー丼。飲み物は緑茶、無糖で。」

  「茶葉は何かご希望ありますか?」

  前にまとめ買いした茶葉を思い返したが、ひとつも覚えていない。やっぱり、興味のないことに勢いだけで深入りするものじゃない。

  「一番人気ので。」

  「かしこまりました。」

  「私はボンゴレ・ビアンコ。飲み物は同じく緑茶、甘さ半分で。」

  「少々お待ちください。」

  注文を終えた一瞬、紫木姉の口元が、何かを知っていて黙っている人みたいに、わずかに上がった気がした。

  ん?今のは?

  「甘さ半分?」

  「温かいお茶なんだから、そんなに砂糖入れなくても平気だよ。うっ、なんでそんなこと聞くの?」

  「この前、飲み物は甘くないとおいしくないって言ってただろ。」

  あの発言はいまだに衝撃だった。世の中には、あんなに甘い飲み物を平然と飲める人がいるらしい。

  でも紫木はすぐに返さず、一度だけ視線を窓の外へ逃がした。

  「お……覚えてたんだ。」

  「数日前の話だろ。」

  「そ、そう……高い茶葉は、そんなに甘くしなくてもおいしいから。」

  うつむいたまま、指先を落ち着きなく絡めたり離したりしている。その様子が、小さな呼吸の乱れみたいに見えた。

  少し長めの沈黙のあと、紫木姉が料理を運んできた。

  「ごゆっくりどうぞ~」

  また同じ笑顔だった。

  「おいしい!」

  一口食べただけで、思わず声が出た。

  「よかった。気に入ってくれて。」

  反応を見て、紫木も自分のパスタに手をつける。

  「羽冬って、人のこと観察するの好き?」

  「ん?何で急に?」

  口の中に飯が残っていたから、発音はかなり怪しかったと思う。

  「すごく細かいところ見てるよね。いや、そういうのとも違うのかな。」

  目の前で真面目に分析されるのは妙に居心地が悪い。けど、紫木に悪意はない。ただ本気で考えているだけだ。


  「それとも、羽冬みたいなオタクって、みんなそんな感じなの?」


  ……

  「そうだ。そんなに覚えるの得意なら教えてあげる。さっき候補に出してた食べ物、私、実はどれも結構好きだよ。」

  さっきって……?

  「ラーメン、寿司、オムライス?」

  「そう!」

  「マックは?」

  「うっ、それは別にそこまで。」

  何でもない話をしているうちに、少しずつ距離が近づいていくのを感じていた。全部がちょうどよくて、次の瞬間、小説みたいな何かが起きてもおかしくない空気。

  そして、その「何か」は本当に起きた。

  ゴロゴロゴロ――

  何の前触れもなく雷が鳴り、大粒の雨が窓を打ち始めた。

  「……雨だ。」

  同時に外を見て、同時に視線を戻し、ほんの一秒だけ目が合う。

  その一秒の静けさは、雷の音よりずっと強かった。


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