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僕らは正しい答えを見逃したようです。  作者: 八目律師
Vol.01 「ずっと後になってから、あれが『好き』だと気づいた。」
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Vol.01 Ch.005① 「羽冬?」

16

  4月14日木曜、放課後。パンドラ高校野球場。

  「ラスト!」

  風が打ち上げた最後のフライを守備側がしっかり捕り、今日の練習が終わった。

  以前見た三年生たち、望月の兄も含めて、あの日以来見かけない。今いる部員たちの実力は、ごく普通か、下手をするとかなり低い。前に見た鋭いゴロや、やけに高いフライも少なくなっていた。風はまだ学生なのに、練習の強度調整がやけにうまい。

  結果、僕が呼ばれた理由は、ただの野球場の整備だけだったらしい。

  「そのブラシを引いて、マウンドから外へぐるっと回れ。ほかの連中は塁間を往復してるから、交わるところまで行けばいい。」

  倉庫横の大ブラシを指しながら、風が説明する。

  「先輩、なんでまた急に、暇なら来いって話になったんですか?」

  風は少し考えたあと言った。

  「この前いた先輩、覚えてるだろ?望月の兄。」

  あの僕を殺しそうな目つきは忘れようがない。

  「覚えてます。」

  僕がうなずくと、風は前触れもなく爆弾を投げてきた。

  「望月先輩、ああ見えて妹のことになると妙に敏感なんだよ。半年前のある試合  でも、当時まだ中三だった望月に松谷(まつたに)先輩が少し話しかけただけで、ほとんど喧嘩になりかけてたし。」

  「ああ、シスコンか。」

  なるほど。望月が前からパンドラの試合を見に来ていたからか。

  「そこまでじゃないかも。ただ妹をかなり気にかけてるだけだと思う。」

  「で? それを僕に警告したかったんですか?」

  僕が苦笑すると、風はさっきまでの真面目な顔を崩し、自信満々に危ないことを言った。

  「でも、三年の先輩たちが練習に戻ってくるのは六月くらいだし、それまでは望月とどう絡んでも、望月先輩に見張られずに済む。こういうスリル、好きそうだろ?」

  こういう、ちょうどいい具合に邪悪なところが、僕はわりと好きだ。

  「へへっ。」

  二人で顔を見合わせ、同じようにろくでもない笑い方をした。

  「先輩と羽冬くん、何をそんなに楽しそうに話してるんですか?」

  望月が加藤と一緒に歩いてくる。

  今の話、聞かれてないよな?

  「別に。ただこき使われてるだけ。望月も付き合ってくれる?」

  とりあえず軽い不満顔でごまかす。

  「はい!羽冬くんが疲れたら、途中で私が代わってもいいですよ!」

  ブラシを引きずり、望月とマウンドへ向かう。風と加藤はその場に残った。

  がんばれ二人とも。

  「で、先輩って本当に君たちに重い物持たせたりしてるの?」

  マウンドまで歩くわずかな間に、まず一番気になっていたことを聞いてみる。

  「ううん、全然ないです。私もなんでそんなことを高木くんに言ったのか分からなくて。」

  あれはやっぱり、ただの僕への感情的な脅しだった。

  そういえば高木は今ちょうど、一塁と二塁の間をならしている。

  「野球って本当に手間がかかりますよね。道具も多いし、終わった後に戻すのも大変だし。バスケなら、ボール一つとシューズだけで帰れますもんね。」

  望月は、僕がならした場所を踏まないよう軽い足取りで前を歩いている。

  「そうですね。毎日残る足跡やボールの跡って、みんなが強くなろうとした証でもあるんです。兄さんも、野球選手ならいつだってグラウンドへの敬意を忘れるなって、よく言ってました。」

  この妙な設計の球場にもか。

  「そうだ、羽冬くんも高木くんも、バスケ上手でしたよね。今日の体育で少し見ました。パンドラ祭、頼みますね。」

  「望月こそだろ。学校中探しても、望月より上手い女子なんてそうそういないと思うけど。僕たちより、むしろ望月のほうが勝負の鍵だよ。」

  「もう、羽冬くん、わざと私を笑わせようとしていますか?」

  「本当のこと言ってるだけ~」

  「へえ~?」

  今日の体育では、先生が出場希望の男子十人を二チームに分けて試合をさせた。僕と高木は別チーム。普段の相手がヒロみたいな化け物だからか、クラスメイト相手なら僕でもそこそこやれた。とはいえ、高木は身長も運動神経もあって、認めたくはないが、たぶんD組男子で一番強いのは彼だ。

  女子は立候補が十人に足りず、残りは背が高い女子たちが先生によって補充されていた(本当にお疲れさまだ)。試合が始まると、望月の動きに先生が目を丸くしていた。しかも彼女は周りとの実力差を察し、途中からはちゃんと力加減をして、試合が一方的にならないようにしていた。

  ―『君たち、かなり優勝狙えるんじゃないか?』

  最後に先生がそう言ったのも、高木と望月の出来を見れば納得だった。

  ちなみに、前に少し調べてみたら、パンドラ高校のバスケ部は、男女ともほぼ毎年一回戦負けらしい。つまり高木や望月が、現役部員より強い可能性すらある。

  パンドラ祭のクラス対抗バスケは、一・三クォーターが男子、二クォーターが女子、四クォーターが男子三人・女子二人の混成。特に第四クォーターは面白そうだ。男女のマッチアップで、男子が本気で行くのか遠慮するのか、それだけでも見ものだ。

  しかも5月1日の体育祭当日には、どの球技も決勝と三位決定戦だけなので、予選はもうすぐ始まる。僕も高木も“スポーツキャラ”みたいな扱いで、バスケ以外にもサッカーやバレーに放り込まれているが、一番気にしている競技は言うまでもない。

  「そういえば、風先輩もかなり上手いらしいですよ。去年の優勝クラス、風先輩のクラスだったそうです。」

  「……ああ、そうなんだ。」

  もうやりたくない。

  何でもできるのか、あの人は。一年で優勝って、さすがにずるいだろ。

  少し沈黙が落ちたあと、ふと試してみたいことができた。

  「望月。」

  「ん?どうしたの?」

  前を向いたままの望月が、少しだけ振り返る。

  「加藤のこと“奈奈ちゃん”って呼んでるよね。」

  「そうですよ。」

  「それ、望月の発想?」

  「違いますよ。奈奈ちゃんって最初、すごく静かだったじゃないですか。どう話しかけたらいいか分からなくて。だから、前の学校で友達に何て呼ばれてたのか聞いたんです。」

  「なるほど。それで“奈奈ちゃん”か。」

  やっぱ気遣いのできる人なんだな。

  「そうです。でも、どうして急に?」

  そろそろ本題だ。

  「じゃあ、僕は?」

  そう。いつまでも“羽冬くん”じゃ距離があるだろう。

  さあ来い。今日から“夜夜ちゃん”とか“良良ちゃん”とか、そういう甘いもので呼んでくれていい。

  望月は立ち止まり、こっちへ向き直る。僕の言葉の真意を測るみたいに、じっと見てきた。

  「私と羽冬くんって、仲良くないですか?」

  無垢なのに探るような目。薄い膜をかけたみたいに柔らかな声。相変わらず、何を考えてるのか分からない。

  はっきり何かを言うわけでもなく、でも絶妙な返しだった。全部は言わず、半分だけ相手に委ねるやり方だ。相手に想像させて、埋めさせる。

  別の誰かなら、この時点で落ちていてもおかしくない。

  「いや、なんか“くん”がずっと付いてると、ちょっと変だな。」

  冷静になって考え、“夜夜くん”なんてやっぱりキモい。

  「なるほど!羽冬くんがそういうの気にするか分からなかったから。だって、羽冬くんって紫木さんとはもっと仲よさそうですし。」

  明るい口調なのに、言葉は羽みたいに軽く水面を揺らす。探っているのか、別の意味があるのか。

  「紫木はな。最初から勝手に“羽冬”って呼んでた。」

  望月は少し考え、何かを決めたように、口を開く。


  「羽冬?」

  

  語尾がほんの少し上がっていた。確かめるようでも、呼び寄せるようでもある。たったそれだけなのに、心をまともに打ち抜かれた気がした。

  こ、これが、恋か?

  「どうしたんですか、羽冬。急に黙って。」

  ……しまった。今の一声にちょっと浸ってた。

  「こうしたら、もう一回呼んでくれるかなって。」

  「へえ~、ずるいです~」

  語尾が弾んでいる。その軽さが、二人の間の線が一本消えたことを告げていた。

  望月の「羽冬」が最後に添えられたおかげで、今日の部活は妙に完璧な終わり方になった。

  野球場を出て、一人で良見楼へ向かった。


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