5
『べる、さいゆ』がなんたるかを語りながら、現世を模したビル群を進んだ。
時には連絡通路を。
時には非常階段を上がったり、下がったりして。
社長室なる最上階の部屋に入った――――かと思えば、燦々と輝くパネルが迎える、ホテルのロビーにたどり着く。
無人……なのは当たり前だが、うん。
「あの、本当にここ……?」
「本当にここ」
エルサは唯一光ってない部屋のパネルを押した。
なぜか、カードキーが出てくる。
それを扉の機械に読み込ませて、部屋に入ると――――また扉。
読みとりの機械にエルサの手をかざして、またまた扉。
厳重に、近代的な感じで幽閉されていた。
しかし、3回目の扉はごく普通。
読み取る機械も、鍵穴もなくて。
ドアノブに手をかけるが…………静電気にしては強すぎる電流が、エルサに走った。
「大丈夫ですかっ!?」
とっさに離した手からは煙が。肉の焦げた臭いこそないが、トウリは心配でエルサの手に触れる。
【ごめん、よろしく。
そこを開けて】
【バチン!! ってなりませんっ!?】
【大丈夫。
僕を心配してくれるトウリなら開けられる】
触れてしまったことをすこし後悔すれば、エルサは笑った。
トウリは、恐る恐る……。
手のひら――全体で……。
ドアノブに触れ――……下に、押す。
中は薄暗く、内装は真っ赤。
ド派手なベッドと、大人の遊び場――――に、磔にされた、半裸の男がひとり。
鬱陶しそうな黒髪を霞ませるほどの端正な顔立ちで、細身でありながら、しっかり割れている腹筋は1度は憧れたもの。
扉からの明かりを眩しそうに、こちらを見てくる。そんな所作すら色気を感じるのは、彼が人ならざる者故か。
【なにを言われても、動じないこと】
ちょこんとトウリに触れて、エルサは男の前に立った。
「――せっかくの保養が、おまえで台無しだ」
声まで良いと来た。
「キミのために連れてきたわけじゃないからね」
「おまえはそうかもしれんが――――」
男は姿形を変え、「たすけて」と。小さな、お人形さんのような可愛らしい女の子になって、トウリを求めた。
枷が女の子の両手首に食い込む。
「い、たいっ……」
涙目になりながら、「おにいちゃん」と呼ばれれば、助けないわけにもいかなくて。
「エルサさんっ」
「ダメだって」
「せめて、身体を持ち上げるくらいっ。あんな小さな女の子――」
「なるほど。キミにはそう見えているんだ?」
エルサには、黒髪の男性のまま。
「幼気を魅了するのは構わないけど、事は少々急いていてね」
「……私には関係のない話だ」
ね、おにいちゃん? と、男はしっかりトウリの気を引く。
「わたしができるのは一緒にいることだけだもん。おにいちゃんと、ずーっと」
「エルサさん!」
拘束を解く同意を求めてくるあたり、まだ自我はあるようだが。
「低音で聞かされている僕の身にもなって」
男2人でちちくりあっているだけ。を、トウリに説明しても、きっと伝わらない。
だから、エルサは――――男に手を出す、ふりをする。
「トウリ、『助ける』には、いろんな種類があるとは思わないかい? か……この子は万物を魅了することができる、色欲の悪魔――――欲を満たしてあげるのも、たすける、じゃない?」
エルサも白徒の端くれなので、囁きは得意だ。
「欲を、満たす……?」
「そう。きっと普通じゃあ、もう満足できないだろうから。拘束を解かないで――、僕も一緒に。キミごと満た「断る」
食い気味に言ったのは、色欲の悪魔だった。
心底嫌そうに「貴様になど愛されてたまるか」と。トウリの魅了も、自身の拘束をも解いて、十字架にもたれ掛かった。
「なんの用だ」
「キミが適任って推薦があってね、閻魔くんの代行」
「……はっ」と鼻で笑えば、「貴様への嫌がらせなだけだろう。私に彼の代行は務まらんよ」
「でも、もう開けちゃった」
「出る出ないは私の自由だ」
嫌いな上司の、その部下の話など、誰が聞くものか――――そんな執念を感じて、エルサはおもむろにトウリに触れた。
彼の、真っ直ぐな言葉なら。と口にする。
「【ここを出られるならOKーみたいな人かと思ってた。絶対仕事できるよね、この人。軍服とか似合いそうだもん。なんだっけ、すぱだ……】」
「気でも狂ったか?」
「この子の本心」
「ちょっとエルサさんっ」
しーっ! と、2人のやりとりの合間に、ひとりで妄想に耽っていたことをトウリは暴露されてしまう。
「キミの言葉のほうが響くから」
「いやいや……た、ただの感想だしっ……」
「【腹筋割れてていいなー】は、僕にはない考えだよ」
「マジでやめてくださいって……。エルサさんの本心も言っちゃいますよっ」
「それはやめたほうがいい。彼がぶちギレる」
「えぇ……」
触れるか、触れないか。
ちちくり合っているのは、そっちではないか、と悪魔は笑う。が、先程のような嫌悪感はなく、トウリのやわらかな雰囲気に免じて、代替案を投げ掛けた。
「適任者ならいるだろう。今の軟弱な上層部共と相容れなかった、本物の死神様が」
その者もまた、どこかに幽閉されている。
シ者の統率を図るためのシニガリ機関――――もとい下界を模した『カイシャ』は、実質白徒の尻拭い。そのことに反対したのが、八百万の死神たちであり、言葉巧みに狭間に追いやれて。
けれど、上層部の思惑通りにはいかず、空かない神の座に、シニガリにまで斬られることになろうとは。
「面倒事はすべて抱き潰してしまうキミが推薦するくらいだから、こちらに協力するよう魅了きかけてくれるよね?」
冥府側の要望が、嫌がらせだけでないことが少々見えてくる。
――――本物の死神様に、白徒の駒をどうにかしてほしい。
しかし、今の冥府では協力どころか、亡き者にされかねないと思っての、『色欲の悪魔』の召喚なのだろう。
実に、虫の良い話だ。
【確かに】と、トウリの胸の内が聞こえてくる。
「この人を閻魔さまにして、本物の死神さんコントロールして、自分たちのしたことは許してね☆ってことですよね」
トウリの解釈に「……くくっ」と、色欲の悪魔は屈託なく笑った。
「気が変わった。協力したほうが存外面白そうだ……が、それがなにを意味しているのか、貴様は重々承知なのだな?」
死神に斬られれば、本当の死が待っている。
白徒の求める『欠片』ごと、力を付けた推薦組も無に帰すことになるのだ。
白徒にとって、なんの利点もないはずなのに。
エルサは「もちろん」と、ここでも気持ちよく了承する。
その真意は――――
肝心なところで触れるのを躊躇うトウリに微笑むエルサも、その時だけは仮面を外して「ありがとう」と――――ほんのすこしだけ、彼がトウリの扱いに困り始めていることに、誰も気づいてはいなかった。




