2
本日――――が、いつなのかも怪しい、n度目の下界へ。
冥府の、オフィスビルのエントランスを横切れば、部署違いの同期・アヤセとスノウに出逢った。
壁にもたれかかり、他愛のない雑談をしていた2人は、トウリの姿を見るや、「適度にサボらねぇと死ぬぞ」と。淡々とだが、トウリを心配する黒髪の無愛想がアヤセで。
「もう死んでるけどな」
そうツッコむ方がスノウだ。
金髪ベースにインナーカラーに黒を入れた、ちゃきちゃきした青年はスーツの上着もネクタイも解いて、完全オフモード。きっちり着ているアヤセとは対極そうだが、考え方が似ているらしく、よく2人でサボっていた。
彼ら曰く、そもそも連れてくるのが大変なこと。
大半が必死に引き留めている中、見ず知らずのハジメマシテの『もう頑張らなくていい』で納得する人なんて、ほとんどいなくて。
だからといって、無理に斬り離せるほどの技術もなく、死神をもじる、いっぱしのシニガリには幇助が精一杯だ。なのに、トウリの部署は質を重視し、それができないのなら数で稼げと、ブラックに拍車が掛かっていた。
「質ってなんだよ、って話だよな」
――他部署は他部署。
――入って間もない内から、とやかく言うのは……。
そんな、うっすらした生前が染み着いているスノウは、口を尖らせて毒づくことしかできなかった。
「あんま根詰めんなよ」
「なんか言われたら、下界で探しまくってました、で乗り切れよな」
「ありがと、2人とも」
こうして雑談を交わすことが、ひとときの休息ですらあった。が、2人が気にかけてくれればくれるほど、トウリの心に影が差していく。
みんな、転生したくて。
馬車馬のように働かされて。
娯楽もなにも。現世よりも殺伐な、あの世に――――アヤセとスノウを連れてきてしまったのは、自分のせい、なのだと。
『シを狩る者』として働く上で、生前のしがらみは消えるらしい。
「よくも私を苦しめたなっ!!」と復讐の連鎖が生まれないように……とのことだが、トウリははっきり覚えている。
生前も、ブラック企業に勤めて
寝不足で、足下はふらふら
駅のホームから
誤って落ちてしまって
現世の、その駅のホームに降り立ったトウリは、忘れもしない。
助けようとしてくれた
同い年くらいの、
見ず知らずの会社員と
ギターケースを担いだ、音楽関係の人も
撥ねられてしまった
都心の大きな駅と繋がっているわりには家賃が安いと、常にそこそこ混んでいて。朝の通勤ラッシュは激ヤバ――――だと知っているから、1時間早い電車に乗っていた。
終電で帰ってきたくせに、早起き。
睡眠よりもラッシュに巻き込まれたくない、を優先するのは、トウリに限った話ではなく。
ふらつきながら駅のホームに立つ人を見つけてしまう。奇しくも若い男性で、当時の自分と同じように青い顔をして、目の下に濃いクマを作って。
――もう楽になろうよ。
そう言わんばかりに、本来引き留めるはずの自分自身が、自分の背を押そうとしていた。
シニガリは、この『自分の背を押そうとしている男性』の手を取ればいいだけ。
チャンスだった。
お疲れ様でした、と、ただ言葉をかけるだけで良かったのに。
トウリはつい、男性の二の腕を掴んだ。
「大丈夫ですか?」
「え……あ、ぁ……」と、いきなり引っ張ってきたトウリに困惑するが、貨物列車が通り過ぎて状況を理解したようだった。
「ありが――」
彼がお礼を言う頃には、トウリはもうあの世側に戻っており、男性からは見えない存在に。
疲れが溜まってるなり、心霊現象なり、不思議な体験として留めていてくれれば、それでよかった。
自殺の幇助なんかより断然いい――――と、思うのはトウリだけ。
男性を狙っていた別のシニガリが、横やりも同然の所業にキレ散らかした。
「おまえ、ふざけてるのかっ!!」
グレーのスーツに身を包んだ、ショートボブの小柄な女性に、胸ぐらを掴む勢いで捲くし立てられる。
「なにを見てたっ?」「生かす方が地獄だろっ」「連れていった方が絶対よかった!!」「それでもシニガリか!!」
それに対して、トウリは「ご、ごめんっ……」としか言えず――――そんな中途半端な姿勢でいるから、冥府に戻ったあとも上司から檄が飛んでくるのだ。




