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ずれた四男の異世界暮らし ~僕の当たり前は、魔力社会の盲点でした~  作者: ただのゆきや
第1章 魔力なし四男

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第9話 魔力なし四男は自分の当たり前を疑う

 その問いは、とても単純だった。


 だからこそ、答えられなかった。


 どうやって身体を動かしているのか。


 そんなこと、考えたこともない。

 立つ時は立つ。

 歩く時は歩く。

 手を動かす時は、動かしたいと思って動かす。


 前世でもそうだった。

 この世界でも、そうしている。


 でも、それは僕にとって、魔力とは別の話だった。


「……普通に、動かしているだけです」


「その普通が分からんのじゃ」


 エルヴィンは、面白がっているような、困っているような顔をした。


「お前にとっては当たり前でも、ほかの者にとっては当たり前ではないのかもしれん」


「当たり前ではない……」


「魔法は、突き詰めればイメージじゃ。火を起こす、水を動かす。形は違っても、まずは術者が力をどう働かせるかを思い描く」


 エルヴィンは、そこで言葉を切った。


「身体を強く動かす時も、それに近い」


「イメージ……」


「そうじゃ。では、お前はどうじゃ。踏み込む時、力を入れる時、何を意識しておる」


 僕は膝の上で、両手を軽く握った。


 何を意識しているか。


 足に力を込める。

 腕に力を込める。

 身体をぐっと支える。


 そんな漠然とした感覚しかない。


 前世で生きていた時、僕は魔力なんて知らなかった。

 だから、力を入れることと魔力を結びつけたこともない。


 この世界の人たちが、魔力と一緒に身体を動かすことを覚えるのなら。

 僕は、違う覚え方をしたまま、この身体を動かしているのかもしれない。


 でも、それを説明する言葉がない。

 まして、前世の話を出さずに説明するのは、もっと難しい。


「今すぐ答えろとは言わん」


 エルヴィンが言った。


「わしにも、すぐに答えは出せん。お前のような例は、見たことがない」


「エルヴィンにも、分からないんですか」


「分からんものは分からん」


 あっさり言われた。


 少し拍子抜けする。

 魔力に詳しい老人なら、すぐに答えを出してくれるのではないかと、どこかで期待していたのかもしれない。


 けれど、エルヴィンは何でも知っている賢者ではなかった。

 分からないことは分からないと言う人だった。


 それは不安でもあり、妙に信用できる気もした。


「ただし、考える材料はやれる」


「材料、ですか」


「本を読め。話を聞け。自分の身体をよく見ろ。どう立っておるのか。どう歩いておるのか」


 エルヴィンは、机の上の本の山を指した。


「本に書いてあることを全部信じるな。だが、知らんよりはましじゃ」


「……読ませていただけるんですか」


「勝手に読め。ただし、破るな。汚すな。勝手に持ち帰るな」


「はい」


「それと」


 エルヴィンは、もう一度僕を見た。


「自分が本当に魔力なしだと、まだ決めつけるな」


 僕は黙った。


「周りがそう呼ぶのは勝手じゃ。だが、お前までそれで納得する必要はない」


「……はい」


 短く返す。


 胸の奥が、かすかにざわついた。


 今まで、僕は魔力なしという扱いを、半分は受け入れていた。

 そう見られるなら仕方がない。

 目立たなくて済むなら、それはそれで悪くない。


 そう思っていた。


 けれど、もしそれが単なる低評価ではなく、誰もよく分かっていない異常なのだとしたら。

 僕は、自分の状態をもっと知らないといけないのかもしれない。


 静かに暮らしたい。

 それは本当だ。


 でも、自分の身体のことが分からないまま静かに暮らすのは、少し怖い。


「今日はここまでじゃ」


 エルヴィンはあっさり言った。


「え」


「何じゃ。不満か」


「いえ。ただ、もう少し何か教えていただくのかと」


「一度に詰め込んでも、六つの頭からこぼれるだけじゃ」


「……たしかに、六つですけど」


「不満そうじゃな」


「少しだけ」


 そう答えると、エルヴィンはかすかに口元を歪めた。

 笑った、のかもしれない。


「迎えが来るまで、そこにある本でも読んでおれ」


 エルヴィンが顎で示した先には、低い本棚があった。

 背表紙の擦れた本が、隙間もなく並んでいる。


「読んでもよろしいのですか」


「読まれて困るものなら、坊主の目につく場所には置かん」


 それもそうか。


 僕は本棚から手近な一冊を取り、椅子へ戻った。


 古びた頁をめくっていると、扉の外で控えめなノックがした。


「エルヴィン様。ユキア様のお迎えに参りました」


 思っていたより、時間が経っていたらしい。


「入れ」


 扉が開き、案内役の使用人が一礼する。


 僕は本を閉じ、そっと元の場所へ戻した。


「気が向いたらまた来い。話を聞くだけでもよい。本を読むだけでもよい」


「よろしいのですか」


「アルノルトには通わせろと言ってある。来るかどうかは、お前が決めろ」


 お前が決めろ。


 その言葉は、父の言葉とは少し違って聞こえた。


 父は、行けと言った。

 エルヴィンは、来るかどうかは決めろと言った。


 選べる範囲は小さい。

 でも、まったくないわけではない。


 僕は椅子から立ち上がる。


「本日はありがとうございました」


「礼を言うのは、何か分かってからにしろ」


「では、また伺います」


「好きにせい」


 エルヴィンはそう言って、机の上の本を一冊開いた。

 もうこちらを見る様子はなかった。


 僕はもう一度頭を下げ、使用人とともに部屋を出た。


 帰り道は、来た時より少し短く感じた。


 外の風は、来た時と変わらない。

 見慣れた屋敷も庭も、昨日までと同じようにそこにある。


 けれど、頭の中では、エルヴィンの問いが何度も繰り返されていた。


 ――お前は、どうやって身体を動かしておる?


 どうやって身体を動かしているのか。


 そんなことを聞かれても、僕には分からない。

 僕はただ、普通に立って、普通に歩いているだけだ。


 でも、その「普通」が、ほかの人の普通とは違うのかもしれない。


 エルヴィンが味方なのかどうかは、まだ分からない。

 親切な人なのか、ただ珍しいものを調べたいだけなのかも、判断できない。


 ただ、ひとつだけ分かったことがある。


 あの老人は、僕を「魔力なしの四男」として片づけなかった。


 僕自身にも分かっていない何かを、見つけようとしている。


 そう思うと、胸の奥が小さくざわついた。


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