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ずれた四男の異世界暮らし ~僕の当たり前は、魔力社会の盲点でした~  作者: ただのゆきや
第1章 魔力なし四男

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第10話 魔力なし四男は感覚を模索する

 屋敷へ戻る道は、行きと同じだった。


 踏み固められた土の道も、荷車の跡も、少し離れた場所に見えるヴァンハルト邸の屋根も変わらない。


 けれど、僕の中では、何かが少しだけ変わっていた。


 ――お前は、どうやって身体を動かしておる?


 エルヴィンの問いが、頭の中で何度も繰り返される。


 足を出そうと思えば、足が出る。

 手を伸ばそうと思えば、手が伸びる。

 指を曲げようと思えば、指が曲がる。


 僕にとっては、ただの当たり前だ。


 でも、その当たり前が、この世界では当たり前ではないのかもしれない。


 屋敷に戻ると、玄関近くでエミリアが待っていた。

 僕の姿を見るなり、ほっとしたように表情を和らげる。


「ユキア様、お帰りなさいませ」


「ただいま、エミリア」


「お疲れではございませんか。エルヴィン様のお宅で、怖い思いなどはなさいませんでしたか」


 怖い思い。


 怖かったか、と聞かれると返答に困る。

 目は鋭かった。

 言い方はぶっきらぼうだった。

 子どもへの扱いは、正直、かなり雑だった。


 怖いというほどではない。

 ただ、こちらの中を見透かそうとしているようで、落ち着かない感じがした。


「怖くはありませんでした。ただ、話が少し難しかったです」


「そうでございましたか」


 エミリアは、それ以上深く聞かなかった。

 僕の顔色を確かめるように、わずかに視線をやわらげる。


「それでは、お部屋で少しお休みくださいませ。外へ出られたのですから、今日は早めにお休みになった方がよろしゅうございます」


「はい。ありがとうございます」


 エミリアの声は、いつもと同じように柔らかかった。


 外へ出ただけで心配されるのは、少しむずがゆい。

 けれど、そうやって気にかけてくれる人がいることは、ありがたかった。


 僕のことを、ただ魔力の扱えない子としてではなく、疲れていないか、怖い思いをしていないかと見てくれる。


 だからこそ、困る。


 僕は、自分がどうして心配されるのかを知っている。

 でも、自分ではそこまで弱いとは思っていない。


 そのずれを、うまく説明できないのが、はがゆかった。


 部屋へ戻る途中、子ども用の読書室の前でシリウスに見つかった。


「にいさま!」


 声が大きい。

 廊下ではもう少し静かに、と言いたいところだが、シリウスはそういう調整があまり得意ではない。


「お帰りなさい!」


「ただいま、シリウス」


 シリウスはぱたぱたと近づいてきて、僕の前で足を止めた。

 目が妙にきらきらしている。


「にいさま、どこに行ってたの?」


「エルヴィンという人のところだよ」


「エルヴィン?」


「屋敷の外に住んでいる人だよ。魔物や魔法に詳しいらしい」


 シリウスの顔が、ぱっと明るくなった。


「ぼくも行きたいです!」


 早い。

 予想はしていたけれど、食いつくのが早い。


「まだ、楽しい場所かどうかも分からないよ」


「でも、にいさまは行ったんですよね」


「うん」


「じゃあ、ぼくも行きたいです」


 理屈が通っているようで、通っていない。けれど、シリウスの中ではそれで十分らしい。


「今日は話を聞いただけだよ」


「何の話ですか?」


「魔力の話を少ししたんだ」


 そう言うと、シリウスの顔から、ぱっと明るさが消えた。


「……魔力の話、ですか」


「うん」


「にいさま、嫌なことを言われませんでしたか?」


 思ったより真剣な声だった。


 僕は目を瞬かせた。


「言われてないよ」


「本当ですか?」


「本当。少し難しいことを聞かれただけ」


「難しいこと?」


「うん。だから、まだよく分からない」


 正直に答えると、シリウスは不満そうに眉を寄せた。


「にいさまにも分からないんですか」


「分からないこともあるよ」


「でも、にいさまはすごいのに」


「すごい人でも分からないことはあるんだよ。僕はすごい人ではないけれど」


「にいさまはすごいです」


 即答だった。


 その信頼はありがたい。

 ありがたいけれど、少し重い。

 六歳児の兄に、そこまで全力で期待しないでほしい。


「また行くんですか?」


「たぶんね」


「ぼくも行きたいです」


「父様の許しがないと難しいと思うよ」


 父の名前を出すと、シリウスはそこで口をつぐんだ。

 勢いだけで突っ込む弟でも、父の許しを得ずに勝手に飛び出すほど無謀ではない。


「……じゃあ、いつかです」


「うん。いつかね」


 そう答えながら、僕は心配になった。


 シリウスは、納得したように見える時ほど、あまり納得していないことがある。

 今はまだ大丈夫だろう。

 たぶん。


 その日の夜、僕は寝台の横に立って、自分の手を開いたり閉じたりしていた。


 指を曲げる。

 開く。

 握る。


 何も起こらない。

 いや、指は動いている。

 だから何も起こっていないわけではない。


 ただ、その中のどこに魔力があるのかが分からない。


 立ち上がる。

 足を出す。

 止まる。


 僕にとっては、筋肉に力を入れて、身体を支え、足を運んでいるだけだ。

 エルヴィンの言うように、この世界の人が魔力を混ぜて身体を動かしているのなら、僕の動かし方はどこか違うのだろう。


 でも、違うと言われても、自分ではその違いが分からない。


 分からないままにしておくのは、少し気持ちが悪かった。


 父に命じられたから行く。

 そう考えれば、あの小宅へ通う理由はそれで足りる。


 けれど、今は違う。


 僕は、自分の状態を知りたかった。

 魔力なしと呼ばれている自分が、本当にそうなのか。

 どうして身体は動くのに、魔力は扱えないのか。


 答えがすぐに出ないとしても、知らないまま何もしないよりはいい。


「……もう一度、行こう」


 小さく口に出してみる。


 大げさな決意表明ではない。

 誰かに宣言するようなことでもない。


 自分の中で、少しだけ向きを決めただけだった。


 それから数か月、僕はいろいろ試した。


 午前は家庭教師から読み書きや歴史、礼法、領地の基礎を学ぶ。

 その合間に、魔力について書かれた本を読む。

 子ども向けの教本も、少し難しい写本も、屋敷の読書室にある本も、許された範囲で読み返した。


 午後には庭で身体を動かした。

 立つ、歩く、止まる。

 同じ動きを繰り返しながら、今度はただ動くだけではなく、自分がどう動くのかを頭の中で思い描いてみる。


 身体づくりの内容は、以前と大きく変わったわけではない。


 それでも、以前より、考えることが増えた。


 僕は何を意識して動いているのか。

 他の人は、どこで魔力を使っているのか。

 同じように見える動きの中に、何が違っているのか。


 兄たちの訓練も観察した。

 踏み込み、剣の振り、止まる時の身体の沈み方。

 家兵たちの号令に合わせて動く兄たちは、僕よりずっと力強い。


 魔法訓練では、魔力が目に見える形で使われる。

 属性魔石を介して小さな現象を起こす。


 僕は離れた場所からそれを見て、同じように手を握ってみた。

 けれど、何かが内側から流れるような感覚はなかった。


 エルヴィンの小宅へも通った。


 毎日ではない。

 父に許された範囲で、なおかつエルヴィンの都合がついた時だけだ。

 エルヴィンは正式な家臣ではないが、領内の魔物やダンジョンについて相談を受けることもあるらしい。

 暇を持て余している老人、というわけではない。


 だから、僕が行けるのは、先に使いを出して、エルヴィンから来てもよいと返事をもらえた日だけだった。

 貴族子弟が一人で屋敷の外を歩くわけにはいかないので、ニコや手の空いた若い従者が送り迎えについた。


 最初の頃、ニコはずいぶん緊張していた。

 魔物やダンジョンに詳しい偏屈な老人の家へ、幼い子どもを送り届けるのだから、たしかに気楽な仕事ではないだろう。


 けれど、数か月も続くと、それも日常の仕事の一つになった。


「ユキア様、夕刻前にお迎えに参ります」


「分かった。ありがとう、ニコ」


「いえ。ええと……中では、足元にお気をつけください。紙束や本が多いですから」


「それは僕より、エルヴィンに言った方がいいと思う」


 僕がそう答えると、ニコは困った顔をした。


「それができれば、苦労はいたしません」


 たしかに。

 エルヴィン本人に部屋を片づけてくださいと言えるなら、たぶんただの従者見習いでは終わらない。


 エルヴィンの家では、本を読んだ。

 話を聞いた。

 魔石を見せてもらった。

 魔獣の骨らしいものや、古い地図や、用途の分からない道具も見た。


 エルヴィンは丁寧な先生ではない。


「この本を読め」


「どこをですか」


「読めば分かる」


「全部ですか」


「分からんところは飛ばせ」


 だいたい、こういう調子である。


 説明を求めると、答えてくれることもある。

 けれど、分からないことは分からないと言うし、僕が期待しているような答えを用意してくれるわけでもない。


 エルヴィンは、僕を慰めない。

 僕を急かしもしない。

 ただ、問いと材料だけを置いていく。


 それがありがたい時もあれば、少し恨めしい時もあった。


 それでも、結局、何も分からなかった。


 少なくとも、魔力を自分で動かしているという感覚は、少しもつかめなかった。


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