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ずれた四男の異世界暮らし ~僕の当たり前は、魔力社会の盲点でした~  作者: ただのゆきや
第1章 魔力なし四男

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第11話 魔力なし四男は冷たい魔石を握る

 その日も、僕はエルヴィンの小宅にいた。


 部屋の中央には、古い作業机があった。

 机の上の本や紙束は端へ寄せられ、その空いた場所に、小さな光属性の魔石がひとつ置かれていた。


「これを使う」


「はい」


「壊すなよ」


「壊せるほど反応させられるなら、たぶん少し喜びます」


「口だけは回るようになったの」


「エルヴィンの影響かもしれません」


「人のせいにするな」


 エルヴィンは、わずかに口元を緩めてから、指先で魔石に触れた。


 何かを唱えたわけではない。

 大げさな動きもない。


 ただ、指先が石に触れた瞬間、魔石を介して小さな光が机の上に灯った。


 強い光ではない。

 部屋を照らすほどでもない。

 けれど、エルヴィンの指先から流れた何かが、魔石を通って、淡い明かりに変わったのが分かった。


 何度見ても、簡単そうに見える。


「今の、どうやったんですか」


「魔力を通した」


「それは、分かります」


「分かっておらん顔じゃな」


「はい。分かっていません」


 正直に答えると、エルヴィンは愉快そうに目を細めた。


「なら、試せ」


 そう言って、エルヴィンは魔石を僕の前へ押した。


「触れろ。何か出そうと思え。駄目なら、別のやり方を試せ」


「……それだけですか」


「それだけじゃ」


 かなり不親切だった。


 けれど、たぶんエルヴィンにも、それ以上の言い方がないのだ。

 この世界の人にとって、魔力を通すことは、あまりにも当たり前すぎる。


 歩き方を聞かれても、足を前に出せとしか言えないのに似ている。


 僕は両手でそっと魔石を持ち上げた。

 石は小さい。

 手のひらに乗せると、ひんやりしていた。


 手のひら。

 指先。

 そこから何かが石へ流れていくようにイメージする。


 ……何も起こらない。


 もう一度、呼吸を整えて試す。

 手の中の冷たさを感じながら、石へ何かを渡すように意識する。


 それでも、光は生まれなかった。


 手のひらに、石の冷たさだけが残る。


 数か月、できることは試した。

 それでも、目の前の小さな石を通して、光ひとつ出せない。


 分からないまま、また同じ場所に戻ってきた気がした。


 それから何度試しても、同じだった。


「……だめだ」


 小さく言った。


 エルヴィンはしばらく黙っていた。

 いつものように、こちらをじっと見ている。


「そうじゃろうな」


 あまりにもあっさりしていて、僕は返す言葉に困った。


「六つの子どもが、数か月で何もかも分かったら気味が悪いわ」


「でも、何も出せていません」


「今日はな」


 エルヴィンは、僕が握ったままの魔石を顎で示した。


「身体は子どもなのに、考え方だけ先へ走っておる。焦るな」


 焦っている。

 そう言われると、すぐには否定できなかった。


「できんことが見つかるたび、この世の終わりみたいな顔をしておる」


「そこまではしていません」


「似たようなものじゃ」


 エルヴィンは、わずかに口元を緩めた。


「できんことが、できるようになる。そこを面白がれんと、長くは続かん」


「面白がる、ですか」


「そうじゃ。冒険者も、魔法使いも、最初から何でもできるわけではない。分からんことを一つずつ潰していくから、少しずつ先へ進む」


 面白がる。


 できるようになるまでの途中に、面白さを見つける。

 できないことを、面白がる。


 すぐに全部が納得できたわけではない。

 けれど、その言葉は少しだけ胸に残った。


 最初に魔法を見た時、僕はたしかに思ったのだ。

 すごい、と。

 こんなことができるのか、と。

 自分にもいつかできたら、きっと楽しいだろう、と。


 いつの間にか、僕はそれを忘れていたのかもしれない。


 できないことばかり数えて、できるようになった時のことを考えていなかった。


 魔石を握る手から、ふっと力が抜けた。


 その時だった。


 扉が、どんどん、と大きく叩かれた。


「爺さん! 生きてるかー!」


 同時に、部屋の外から大きな声が響いた。


 思わず、肩が跳ねた。

 手の中の魔石を落としそうになって、慌てて握り直す。


 迎えのニコが来るには、まだ早い。

 そもそもニコなら、あんな叩き方もしないし、あんな声も出さない。


 エルヴィンが、心底面倒くさそうに顔をしかめた。


「……やかましいのが来おった」


「爺さん、生きてるなら返事しろー! 返事がねえなら勝手に入るぞー!」


 エルヴィンは重そうに腰を上げた。

 片足を少しかばいながら扉へ向かう。


「勝手に殺すな、ラウガ」


 扉が開くと、外の光と一緒に、大きな影が部屋へ差し込んだ。


 そこに立っていたのは、大柄な獣人の男だった。


 屋敷で見てきた家兵たちも、もちろん弱そうな人たちではなかった。

 けれど、身体そのものに厚みがあるというより、訓練された動きで力強く見える人たちだった。


 この男は、それとは少し違った。


 服の上からでも、肩や腕に人族より少しだけ厚みがあるのが分かる。

 大きく盛り上がっているわけではない。

 けれど、骨格の上に、しっかりした筋肉がついているのは見て取れた。


 扉をくぐる動きも、部屋へ入る足運びも、乱暴そうでいて、どこか無駄がなかった。


「なんだ爺さん、今日は子守りか?」


 獣人の男は、僕を見て言った。

 その声も、扉を叩いた時と同じくらい大きかった。


「儂の退屈しのぎじゃ」


 エルヴィンが答える。


 紹介が雑すぎる。

 僕は一応、ヴァンハルト家の四男なのだけれど。


 獣人の男は、僕をじろりと見た。

 睨まれている、というより、見定められているような目だった。


 けれど、その目に嫌な感じはなかった。


「へえ。爺さんがわざわざ見るってことは、ただの坊主じゃねえんだな」


 男は、がはは、と笑った。


 沈んでいた気分が、その声でふっと揺れた。


 僕の視線は、いつの間にかその獣人の男の立ち姿へ向いていた。


 ただ、そこに立っている身体そのものが、妙に強く見えた。


 屋敷で見てきた人たちとは、何かが違う。


 その違いが何なのかは、まだ分からない。


 その日、エルヴィンの小さな家に現れた大柄な獣人の姿は、冷たい魔石とは別の感触を、僕の中に残していった。


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