第72話 四男はダンジョンを突き進む
翌々日、僕たちは再び東の森のダンジョンへ入った。
目的は、二層からさらに下層へ進むことだ。
今回もラウガ、フィン、ミレアの三人は少し時間を空け、後から追ってくる。
前回より奥へ進むからこそ、道中で余計に消耗せず、帰るための余力を残さなければならない。
一層と二層は、前回と同じ経路を進んだ。
道中に現れる魔物は、前回よりも少ない。
出てきた魔物も、必要な者だけが動いて手早く倒していく。
「一昨日来たばかりだからでしょうか」
シリウスが、誰もいない通路の先を見ながら言った。
「みたいだね」
一層と二層の奥の広間に、新たな強敵はいなかった。
記録によれば、一層では次の強敵が現れるまで間が空くらしい。
それは二層でも同じようだ。
「楽に来れたっすね」
ミロスが声を落とす。
「ここからは新しい階層になります。慎重に行きましょう」
僕たちは周囲への警戒を続けたまま、初めての三層へ下りた。
階段の先にも、これまでと大きく変わらない通路が続いていた。
最初に現れたのは、二層でも見たゴブリンだ。
その後も、オークやオーガが通路を塞いだ。
浅い階層にいたものより身体が大きく、振るわれる武器も重い。
けれど、見たことのない攻撃をしてくるわけではなかった。
僕が前へ出て、必要な時だけ援護を受ければ対処できた。
僕たちは余計な消耗を避けながら、三層を進んだ。
何度か戦闘を重ねたところで、バウルが来た道へ顔を向ける。
「後ろから三人が来てます」
少しして、フィンが通路の奥から姿を見せた。
「今回は、一段と静かだったね」
その後ろにラウガとミレアも続いている。
「三層は見たことのある奴ばかりだな」
「大きいのが多くて、少し面倒だけどね」
フィンはそう返しながら、前方へ視線を移す。
僕たちは三人を加え、再び通路を進んだ。
やがて、通路の先が大きく開ける。
広い場所の中央に、二つの巨体が立っていた。
牛の頭に、人に近い形の身体。
背丈は三メートルほどあり、オーガよりもさらに大きい。
頭からは、大きな角が伸びている。
どちらも、その巨体に見合う大きな斧を手にしていた。
「二体を離すぞ!」
ラウガたち三人が右へ、僕たちは左へ動き出す。
それとほとんど同時に、二体のミノタウロスがこちらを向いた。
蹄が床を強く打つ。
その大きさから想像するよりも速く、二体はそれぞれ別の方向へ突っ込んできた。
僕たちを追った一体が、いきなり跳んだ。
大きく振りかぶった斧が、真上から振り下ろされる。
「避けろ!」
グレンの声に反応し、僕たちは横へ跳ぶ。
斧が床を砕き、重い音が広間に響いた。
だが、ミノタウロスは止まらない。
着地とほとんど同時に身体をひねり、今度は横なぎに斧を振るう。
そこへグレンが前へ出た。
横なぎの一撃を盾で受け止め、その場で押しとどめる。
「今です!」
シリウスが放った火球が、その顔めがけて飛ぶ。
ミノタウロスはすぐに腕を上げ、顔をかばった。
「足元がお留守っすよ!」
その隙へ、ミロスが踏み込む。
低い位置から剣が走り、膝を斬りつけた。
ミノタウロスの体勢が崩れる。
さらにミロスは止まらず、続けざまに腹部へもう一撃を入れた。
巨体がぐらりと傾き、片膝をつく。
背後へ回っていた僕は、その太い首めがけて刀を振り抜いた。
首が宙を舞う。
巨体が横倒しに崩れ、ほどけるように消えていく。
息をつく間もなく横を見ると、ラウガたちのほうも、すでに片がついていた。
ラウガが、消えていくミノタウロスを見下ろす。
「でかいだけで、大したことねえな」
「僕たちも強くなったということではないでしょうか」
僕は両腕を上げて、力こぶを見せる。
「確かに、前よりは鍛えられているな」
ラウガも片腕を上げ、力こぶを見せた。
「兄様! 階段です!」
シリウスの声に腕を下ろし、その指さす先を見る。
広間の奥に、下へ続く階段があった。
僕はみんなの様子を見回した。
「まだまだ、余裕はありそうですね」
少し休憩を挟んだあと、僕たちは四層へ下りた。
下へ進むにつれ、空気が変わっていく。
洞窟の中にはなかった草の匂いが上がってきた。
その先から差し込む光も、これまでより明るい。
最後の段を下り、僕たちの足が止まった。
目の前に、広い草原が続いていた。
草が風に揺れ、その下には土が広がっている。
遠くまで見渡せるほど広く、地下へ下りた先にあるとは思えない景色だった。
しばらく、誰も言葉を発しなかった。
「ど……どうなってるんすか、これ」
ミロスの小さな声が、風の中へ消える。
「分かりません……」
ダンジョンは、異世界から魔物を召喚していると聞いている。
もし、その話が正しいのなら。
魔物だけでなく、この景色までどこかから呼ばれたのか。
それとも、別の場所を写し取ったものなのか。
「何か、建物がありますね」
ニコの声に、草原の先へ目を向けると、遠くに一つだけ人工物らしいものが見えた。
「誰か人が住んでいるんでしょうか」
シリウスがそれを見つめながら言う。
「さすがに、人が住んでいるということはないと思うけど……」
というか、そう思いたい。
「まずは、あそこを目指しましょう」
僕の言葉に、みんながうなずいた。
僕たちは周囲を警戒しながら、その建物へ向かう。
「魔力の圧迫感が思ったより弱いですね」
グレンがそう言うと、ミロスがうなずいた。
「そうっすね。上の階より楽っす」
確かに、四層へ下りたのに、魔力がさらに濃くなった感覚はない。
「念のため、魔力抑制は切らさずに慎重に行きましょう」
長く伸びた草が足元で揺れるたびに、何かが潜んでいるようにも見えた。
けれど、いくら進んでも魔物が姿を現すことはない。
「何もいませんね」
シリウスが、辺りを見回しながら言う。
「出ないなら出ないで、不気味だね」
フィンも草原へ視線を巡らせる。
風に揺れる草の音だけが続く中、僕たちは草原を横切った。
近づくにつれて、建物の形がはっきりしてくる。
石で組まれた巨大な円形建築だった。
背の高い外壁がぐるりと続き、古い闘技場のようにも見える。
「中から、不思議な匂いがします……」
「魔物?」
「分かりません。今まで嗅いだことがないような匂いです」
バウルの言葉に、グレンとイリスが前へ出る。
僕たちは警戒しながら、入口をくぐった。
足音や装備の触れ合う音が、建物内で響く。
建物の中央は大きく開けており、そこに祭壇のような台があった。
その上には、魔石に似たものが据えられている。
そして、そのそばに子どもが一人、座っていた。
頭には、角のようなものが見える。
人なのか、魔物なのか。
見ただけでは何も分からない。
僕たちは足を止めた。
「魔族か?」
ラウガが首をかしげる。
僕たちに気づいた子どもが、ゆっくりと立ち上がった。
こちらを向き、片手を突き出す。
空気が、ぴりっと張りつめた。
肌が粟立つ。
「よけろ!」
「よけて!」
ラウガとフィンの声が重なった。
直後、子どもの手のひらから魔力の波動が放たれた。
僕たちは一斉に左右へ身をかわそうとした。
だが、ニコだけが避けきれない。
波動が直撃し、ニコが大きく吹き飛ばされた。
石の壁へ激突し、壁際の床へ崩れ落ちる。
そのまま動かない。
「ニコ!」
リズとバウルが、考えるより先に駆け出した。
「イリス! バウル、リズ、ニコを連れて逃げろ!」
ラウガが叫ぶ。
イリスは敵とニコたちの間へ入り、盾を構えた。
バウルはニコのそばへ膝をつくと、その身体を背負った。
リズもそばを離れず、二人とともに入口へ向かう。
フィンの矢が、敵へ放たれた。
敵は片手を上げ、矢を弾く。
続けて、ミレアとシリウスが火魔法を放った。
だが、二人の火球も手で振り払われる。
その手のひらが、今度はフィンへ向いた。
「こっちだ!」
その瞬間、グレンが盾を構えて突撃する。
敵は狙いをグレンへ変え、魔力の波動を放った。
グレンは盾で波動を受け止める。
押し返されながらも、かろうじてその場に踏みとどまった。
その後ろから、ラウガとミロスが飛び出した。
ラウガが拳を振るう。
敵はその拳を手で受け止め、そのままラウガの腕をつかんだ。
次の瞬間、ラウガの身体が振り回される。
踏み込んでいたミロスへぶつかり、二人まとめて石の壁へ激突した。
「早く逃げて!」
フィンの叫びが、辺りへ響く。
「で、出られないんです!」
リズが何もないはずの空間を押しながら、叫ぶ。
「なっ……」
フィンが弓を引き、外へ通じる通路めがけて矢を放つ。
だが、矢は見えない何かにぶつかり、その場へ落ちた。
目には何も見えない。
それでも、リズたちの身体は押しとどめられ、通路の先へ進めなかった。
外は見えている。
それなのに。
逃げられない。




