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ずれた四男の異世界暮らし ~僕の当たり前は、魔力社会の盲点でした~  作者: ただのゆきや
第4章 東の森のダンジョン

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第71話 四男は熊との距離を縮める

 白い傷の熊の後ろを歩きながら、僕たちは中継拠点へ戻った。


 熊は中継拠点そばのいつもの場所に横たわり、僕たちも荷物を下ろし、水を飲む。

 張りつめていた空気が、ようやく少し緩んだ。


 シリウスは熊の様子をしばらく見た後、僕へ顔を向けた。


「兄様。あの熊も、ずいぶんここに馴染んできましたよね」


「そうだね」


 僕がうなずくと、シリウスは待っていたように身を乗り出した。


「そろそろ、名前を付けませんか!」


「名前?」


「毎回、熊と呼ぶだけではかわいそうです! 兄様は、何がいいと思いますか?」


 シリウスだけでなく、近くにいた皆の視線まで僕へ集まった。


 僕は、熊の顔を見た。

 熊はこちらを気にすることなく地面へ伏せている。


「白い傷がありますから、しろくぅ、というのはどうでしょうか」


「坊ちゃん、それはセンスないっす」


 ミロスが間を置かずに言った。


 シリウスも一度吹き出しそうになり、慌てて口元を引き締める。


「ぼ、僕はいいと思います!」


 少し詰まっている時点で、あまり力強い擁護にはなっていなかった。


「呼べりゃなんでもいいんじゃないか。センスの欠片もないが」


 ラウガはそう言って、大きく笑った。

 フィンやミレアまでつられたように笑っている。


 前世でも、妹から名付けのセンスがないと言われていた。

 世界が変わっても、そこは変わらないらしい。


 結局、ほかにこれといった案は出ず、笑われながらもしろくぅに落ち着いた。


「しろくぅ」


 シリウスはさっそく名前を呼びながら、肉を手に近づいていく。

 その声に気づいたのか、しろくぅが顔を上げた。


 シリウスは急いで距離を詰めず、向こうから手の届くところまで来るのを待つ。

 差し出した肉へ大きな鼻先が近づいたかと思うと、肉はそのまま口へ収まった。


「食べました!」


「いつも食べているものだからね」


「でも、今は名前を呼んで渡しました」


 しろくぅは、呼び名まで分かっていないだろうとは思う。


 シリウスは期待に満ちた顔で、肉を食べるしろくぅへ手を伸ばした。

 指先が、背中の毛へ触れる。


 その身体が、わずかに動いた。


 それでも逃げることも、怒ることもない。

 シリウスがゆっくり手を動かしても、そのまま撫でさせていた。


「兄様! 撫でられました!」


 シリウスが振り返り、弾んだ声を上げる。


 その様子に頬を緩め、僕もしろくぅへ近づいた。

 手を見える位置から伸ばし、少し待つ。


 嫌がる様子はない。


 大きな背中へ触れると、毛の表面はやや硬かった。

 指を沈めると、その下には柔らかな毛と、厚い身体の感触がある。


 僕が手を離そうとした時、しろくぅがこちらへ顔を向けた。

 大きな鼻先が近づき、僕の胸元へ軽く触れる。


「わっ」


 思わず声が出た。


 けれど、押し退けようとする動きではない。

 しろくぅはすぐに鼻先を離し、また地面へ顎を下ろした。


 挨拶を返されたようにも思えて、もう一度だけ背中を撫でる。


「へえ、結構人懐っこいっすね」


 ミロスが横から手を伸ばした。


 しろくぅの前脚が素早く上がり、伸びてきたミロスの手を横へ弾いた。


「えっ」


 ミロスが止まる。


 しろくぅは怒っている様子もなく、その場へ伏せたままだ。

 ただ、ミロスには触らせたくないらしい。


「お前は触り方が雑なんだ」


 グレンが断じた。


「いや、普通でしたよ?」


「上から急に触ろうとしただろう。見ていろ」


 グレンは正面を避け、落ち着いた動きで手を差し出した。


 また、しろくぅの前脚が素早く上がり、伸びてきたグレンの手を横へ弾いた。


 グレンの表情が固まった。


「グレンさんも同じじゃないっすか」


「お前のせいで警戒されていた。今のは無効だ」


「俺のせいっすか?」


「そうだ」


 グレンはしろくぅをじっと見ている。

 普段の戦闘よりも、よほど納得できていない顔だった。


「前に治療した時、二人で押さえ込んだからではありませんか?」


 リズが静かに言った。

 しろくぅの様子を見ながら、ゆっくり近づいていく。


 手を伸ばしても、前脚は上がらない。


 リズの手はそのまま背中へ触れ、毛並みに沿って動いた。

 しろくぅは何もせず、撫でさせている。


「リズはいいのか……」


 グレンが低くつぶやいた。


「俺のせいで警戒されてたんじゃなかったんすか?」


「黙れ」


 ミロスがしばらく考え、肉の置かれている方へ向かった。


「今度は、ちゃんと仲良くなってから触るっす」


 肉を一切れ持って戻り、差し出す。

 しろくぅは、何のためらいもなく肉を食べた。


「よし。これで大丈夫っすね」


 ミロスが手を伸ばす。


 今度も、しろくぅの前脚が素早く上がり、伸びてきたミロスの手を横へ弾いた。


「なんでなんっすかー!」


 ミロスの声が中継拠点に響いた。

 それに応えるように、周囲から笑い声が上がった。


 しろくぅは気にした様子もなく、もらった肉を食べていた。


 肉は受け取る。

 けれど、撫でさせるつもりはないらしい。


「ここまで中継拠点にいるなら、家でも作ってやればいいんじゃないか」


 フィンがしろくぅの休んでいる辺りを見ながら言った。


「家、ですか?」


 僕が聞き返すと、フィンは軽くうなずいた。


「あれだけ大きいと、立派なものは難しいけどね。雨や日差しを避けられるくらいのものなら、あってもいいだろう」


「作っても、使うかは分かりませんよ」


「使わなかったら、その時はその時さ」


 近くで話を聞いていた警備の者たちも、そこへ目を向けた。


「雨避け程度なら、作れると思います」


 警備の者の一人が言うと、別の者も続いた。


「使える木材と板を見てきます」


 そう言って一人が木材を見に行くと、別の者も道具を確認しに動き出した。

 しろくぅが中継拠点にいることを、皆が少しずつ受け入れ始めている。


 木材を運び込む前に、シリウスが肉を一切れ持ってしろくぅへ近づいた。


「しろくぅ。少しだけ、こちらへ来てください」


 肉を見せながら離れると、しろくぅはゆっくり立ち上がり、その後をついていった。


 警備の者たちは木材を地面へ置き、しろくぅの身体と見比べながら、屋根の高さや作る場所を考え始める。

 フィンやニコも近くへ寄り、使えそうな板を確かめていた。


 木材のぶつかる音の合間に、作り方を相談する声が飛び交う。


 しろくぅは少し離れたところに伏せ、動き回る者たちへ顔を向けている。


 そのそばでは、イリスが緊張した面持ちで背中を撫で始める。

 しろくぅの前脚は上がらない。

 それを見たミロスが身振りを交えて不満を訴えると、あちこちからまた笑い声が上がった。


 しろくぅはそんな騒ぎも気にせず、作業の様子を眺め続けていた。


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