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ずれた四男の異世界暮らし ~僕の当たり前は、魔力社会の盲点でした~  作者: ただのゆきや
第4章 東の森のダンジョン

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第68話 四男は風の使い道を広げたい

 初めてダンジョンへ入ってから、数日が経った。


 白い傷の熊は、あれからも中継拠点のそばにいるらしい。


 時折その場を離れ、小型の魔獣を狩ってきては、一体を置いていく。

 代わりに魔力抜きをした肉や果物を渡す。

 このやり取りは、僕がいない間も続いているようだ。


 熊が拠点の周りへ来た魔獣を倒すこともあり、結果として警備の者たちは助かっているらしい。


 ラウガから受けた指摘も、少しずつ行動へ変わっている。


 グレン、ミロス、イリスは、普段の武器に加えて弓の練習を始めた。


 シリウスは、攻撃魔法の練習にいっそう力を入れている。

 ニコも、弓の練習に以前より熱が入っているように見えた。


 皆が次のために動いている。


 その一方で、ドリスタでの仕事も続いていた。


 今日は、進めていた魔道具の試作を確認する日だ。


 朝の直営加工場は、すでに人の気配で満ちていた。

 どこかで資材を置くような音がして、短い声が建物の奥から聞こえてくる。


 オスカーと一緒に、直営加工場に近い小さな作業場へ入った。


 作業場には、形の違う三つの試作品が用意されていた。

 その脇で、ネリオが工具を布で拭いていた。


「うす。おはようございます」


 ネリオが手を止めて、軽く頭を下げる。


 ネリオは、マルタの紹介で魔道具開発へ加わった若い魔道具職人だ。

 工具や部品の扱いが丁寧で、僕が描いた分かりにくい図を、実際に組み立てられる形へ整えてくれる。


「おはようございます、ネリオ」


 その横では、直営加工場から転属してもらったテオリーナが、風魔石の一つを光へかざしていた。


「テオリーナさん、おはようございます」


 テオリーナは、こちらに気付く様子がない。


「テオさん、ユキア様がいらしてます」


 ネリオが声をかけると、テオリーナが顔を上げた。


「あ、ユキア様ぁ。おはようございますぅ」


 いつも通りの、のんびりした声だ。


「おはようございます。テオリーナさん」


 テオリーナが、少しだけ不満そうに頬を膨らませた。


「もう。ユキア様。テオって呼んでって、言ったじゃないですかぁ」


「……すみません。テオさん」


 まだ少し呼び慣れない。

 僕が言い直すと、テオリーナは満足そうにうなずいた。


「はい。テオですぅ」


 そう言って、テオリーナはまた風魔石を眺め始めた。


 相変わらずの独特な調子に、こちらまで力が抜けそうになる。


 作業場の扉が開く。


「待たせたかい」


 マルタが入ってきた。

 その後ろにはエッダもいる。


「いえ。来ていただいて、ありがとうございます」


「相談があるって聞いたからねえ。また面白いものを期待してるよ」


「期待に応えられるかは分かりませんが……まずは、今まで作ったものを見てほしいんです」


 マルタは作業台へ近づいた。


 僕は三つのうち、一番大きな箱を示した。


 箱の片側には、床まで届く管がつながっている。

 反対側には空気を外へ出す口があり、中には埃を止める布が張られていた。


「風魔石で、箱の中の空気を外へ出します。そうすると、こちらの管から空気が吸い込まれます」


 ネリオが魔道具を動かした。


 空気の流れる音がして、床に散らしていた細かな木くずが、管の先へ吸い寄せられる。


「床や棚の埃を集めるための掃除魔具です」


 ネリオが動きを止め、蓋を開けた。

 中の布には、吸い込んだ木くずが引っかかっている。


「布を外して、引っかかったゴミを捨てるんす」


「悪くないんじゃないかい。でも、まだ改良の余地はありそうだねえ」


 次の魔具では、風を小さな羽根へ当て、その回転を容器の中のかくはん棒へ伝える。

 動かすと、入れておいた水がゆっくりと回り始めた。


「料理で、混ぜ続ける作業を助ける道具です」


 エッダが、回る棒を横から覗き込む。


「これを使えば、エッダのパンケーキも、もう少しマシになりそうだね」


「もう、母さん。やめてよ」


 エッダが恥ずかしそうに顔を背けた。


 三つ目の魔具からは、温かい風が出る。


「濡れた布や髪、道具を乾かすために使えます。雨の日や冬場にも役立つと思います」


 吊るしていた濡れた布が、温風を受けて揺れた。


「髪を乾かすのにも便利そうですぅ」


 テオリーナが嬉しそうに温風に手をかざす。


「髪なんて、放っておけば乾くだろう」


 マルタは肩をすくめた。


「母さんはそうだろうけど……」


 エッダが小さくつぶやいた。


 三つとも、形にはなった。

 実際に動くものとして並んでいるのを見ると、やはり嬉しい。

 けれど、マルタの反応を見ると、まだ手を入れられるところはありそうだ。


「箱の中を見てもいいかい」


「はい」


 僕が答えると、ネリオが掃除魔具の蓋を外した。


 マルタは管の通りや板の厚さ、留め具を順に確かめていった。

 話題はすぐに部品と加工へ移る


 少し離れた場所では、テオリーナとエッダが、風魔石ごとの風の違いを見比べていた。

 オスカーは、それぞれの試作品に使った材料と、動かした結果を書き留めている。


 話が一段落したところで、僕は別に用意していた紙へ手を伸ばした。


「今日、マルタさんに来てもらったのは、もう一つ相談したいものがあるからなんです」


「やっぱり、そっちが本題かい」


「はい」


 僕は作業台の空いた場所へ紙を広げた。


 紙には、筒とその中にある板が描いてある

 筒の左右から管を伸ばし、板から伸びた棒の先には、軸のつもりで丸を描いた。


 自分でも、上手な図だとは思わない。


 マルタ、ネリオ、オスカーが紙へ顔を向ける。

 テオリーナとエッダも、風魔石を作業台へ置いて近づいた。


「ここまでの三つは、それぞれ決まった作業を助けるための道具でした」


 僕は掃除魔具へ目を向けた。


「空気を吸い込んだり、羽根へ当てたり、温めて送ったりしています」


 図に描いた筒を指でなぞる。


「今度は、ほかのものを動かす力として、風を使えないか試したいんです」


「ほかのものを?」


 エッダが聞き返した。


「はい。高温炉へ風を送る時は、風魔石を使って、管を通して奥へ空気を送り込んでいます」


 マルタがうなずく。


「炉へ風を入れて、火を強くするためだね」


「炉の奥へ空気を押し込めるなら、同じ力を筒へ導いて、中にある板を押すこともできるんじゃないかと思いました」


 僕は筒の中に描いた板を指した。


「片側から空気を送れば、板はこちらへ動きます。反対側から送れば、元へ戻ります」


 紙の上で、指を左右へ動かす。


「空気を送る側と、逃がす側を交互に切り替えられれば、板を前後へ動かし続けられるかもしれません」


「板が動いたとして、その先は?」


 マルタの視線が、板から伸びた棒へ移る。


「この棒を別の部品へつないで、前後の動きを軸の回転へ変えたいんです」


 続いて、丸く描いた部分を示した。


 前世で知っていた蒸気機関は、熱した水から生まれる蒸気で、筒の中の部品を押していた。

 その押す力を、風魔石で生み出せないかと考えた。


「筒の中の板は、ピストンと呼ぶことにします。それを風で前後に動かす機関を、ピストン式風圧機関と呼ぼうと思っています」


「呼び名はともかく、やりたいことは分かったよ」


 マルタは紙の上へ指を置いた。


「この筒の中を、ピストンが前後するんだね」


「はい」


「隙間が大きければ、風は横へ抜ける。だからって、隙間を狭くしすぎれば、ピストンが擦れて動かない」


 マルタが、筒の内側をなぞるように指を動かした。


「内側を滑らかにして、ピストンを筒に合わせる必要があるね」


 ネリオが図を覗き込んだ。


「まずは、試験用に作るんすか」


「はい。機関として動くかを確かめます。大きな力を出せるかは、その後です」


「大きさはどうするんすか」


「加工しやすく、動きも確かめやすい大きさにしたいです」


 僕は筒の左右につながる管を示した。


「左右から送る空気を交互に切り替えて、ピストンを往復させます。その動きを棒から軸へ伝えて、回転に変えたいんです」


「風を送る側を切り替える仕組みも必要なんすね」


「そうです」


 テオリーナが、並べていた風魔石へ目を向けた。


「管の中で押し続けられる石の方がよさそうですねぇ」


「高温炉へ風を送る時に使う石に近いと思います」


 テオリーナは、並べた風魔石を見比べる。


 その横で、オスカーが口を開いた。


「では、試作で確かめることを整理しましょう」


 オスカーが、僕の図の横へ書きつけを置く。


 まずは、ピストンを往復させ、軸を回し続けられるか。

 軸が回ったなら、どの程度の力を出せるのか。


 マルタは図を見ながら腕を組んだ。


「仕組みは分かった。けど、これを止まらず動かすとなると、簡単じゃないよ」


「はい。僕が示せるのは、機関全体の仕組みと、何を確かめたいかまでです」


 マルタはしばらく僕を見た。


 やがて、口元を少し上げる。


「で、そこまでして軸を回して、何を動かしたいんだい」


 僕は、重ねていた紙の下から、もう一枚を取り出した。


 紙いっぱいに二本の線が伸び、その上に車輪のついた車を何台も描いてある。


 一番前の車には、四角い箱と、そこから車輪へつながる棒を描いた。


「最終的には、こういうものを動かしたいんです」


「……荷車かい?」


「荷物を載せる車です。ただ、普通の道ではなく、二本の鉄の道の上を走らせます」


 僕は、紙に描いた二本の線を指した。


「先頭の車に風圧機関を載せて、後ろに荷物を載せた車を何台もつなぎます」


 前世でいう貨物列車だ。


「先頭の車が、後ろの車をまとめて引くんです」


「一台で、これを全部?」


 エッダが、並んだ車を指で数えた。


「今の風魔石で、これだけの車を引けるほどの力が出せるのかも分かりません」


「まずは、風魔石で軸を回し続けられるかを確かめたいんです」


 オスカーは、紙の上の二本の線を見ている。


「鉄の道も、車も、ずいぶん必要になります。鉱山と町の間だけでも、費用は小さくありません」


「はい。まだ、これを作ると決めたわけではありません」


「では、この図は何のためですか」


「僕が、風圧機関を何に使いたいのかを伝えるためです」


 魔石、鉱石、木材、資材。

 ドリスタでは、重いものを運ぶ仕事が多い。


「何台もの荷車をまとめて引ければ、一度に運べる量を増やせます」


 僕は機関の図へ目を戻した。


「それに、そこまでの力が出なくても、水を汲み上げたり、重い荷を引き上げたりすることには使えるかもしれません」


「この車を動かせなくても、鉱山の仕事へ生かせる可能性はあるということですか」


「はい。実際に出せる力に合わせて、使い道を考えられます」


 マルタが、列車の図から機関の図へ指を移した。


「最初に作るのは、こっちなんだね」


「はい。作業場に据え付ける試験機を一台作れるか、相談したいんです」


 マルタはすぐには答えなかった。


 二枚の図を交互に見る。

 それから、作業台に並んだ風魔石へ視線を移した。


「図どおりに作れるとは言えないよ」


「はい」


「けど、必要な部品に分けて、使えそうな材料と加工の仕方を考える価値はあるね」


 その言葉に、胸の奥が少し軽くなった。


「ありがとうございます」


「礼は、動いてからにしな」


 マルタはそう言いながら、もう機関の図へ手を伸ばしていた。


「ネリオ。新しい紙を出しな。この絵のままじゃ、どこから作るか分からないよ」


「うす」


 ネリオが大きな紙を作業台へ置く。


 マルタとネリオが、図を部品ごとに描き直し始める。

 テオリーナとエッダは、試験に使う風魔石を見比べた。

 オスカーは、必要な材料と試験条件を書きつけていく。


 机の端には、僕が描いた運搬車の図が残っている。


 あれが動く日は、まだずっと先なのかもしれない。


 でも、前世で知っていた仕組みが、この世界の力で動く形へ、少しずつ変わろうとしている。


 それを思うだけで、胸の奥が少し弾んだ。


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