表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ずれた四男の異世界暮らし ~僕の当たり前は、魔力社会の盲点でした~  作者: ただのゆきや
第4章 東の森のダンジョン

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
70/72

第67話 四男はダンジョンの戦い方を考える

 空が赤みを帯び始めていた。


 ダンジョンから戻って、数時間が経っている。


 水を飲み、少し食べ、休んだことで、僕の身体もだいぶ楽になっていた。


 白い傷の熊は、変わらず中継拠点のそばに伏せていた。


 前脚の上へ大きな顎を乗せ、時折耳だけを動かしている。

 警備の者たちも距離を空けたまま、その様子を見張っていた。


 熊の目が開く。


 ゆっくりと頭を上げ、大きな身体を起こした。


 警備の者たちが武器へ手を伸ばし、ラウガも熊へ顔を向けた。


 けれど、熊はこちらへ近づいてこなかった。


 身体の向きを変え、そのまま森へ歩き出す。

 太い枝が押し分けられ、黒い背中が木々の間へ消えていった。


「……行ってしまいましたね」


 シリウスが、熊の消えた方を見ながら小さくつぶやいた。


「うん。少し静かになったね」


 危険が一つ減ったと思えば、安心していいはずだ。

 それなのに、熊が伏せていた場所だけが、少し空いて見えた。


 僕はそこから目を離し、グレンの休んでいる場所へ戻った。


 グレンは畳んだ布を背に当て、身体を起こしていた。

 帰還した直後より顔色は戻り、意識もはっきりしている。


 リズとミレアが、そのそばで様子を見ていた。


 リズが水筒を差し出すと、グレンは自分で受け取り、水を飲んだ。

 それでも、リズはまだ少し心配そうだった。


「顔色はだいぶ戻ったね」


 フィンがグレンの様子を見ながら言った。


「ご心配をおかけしました」


 グレンが休んでいる間に、僕たちはラウガたちへ、ダンジョン内で起きたことを一通り説明した。


 どんな敵と戦い、どう動いたのか。

 揺れの後、帰り道で何が起きたのか。

 それぞれがどの役割を担い、どのように出口まで戻ったのか。


 ラウガたちからは、その一つ一つを詳しく聞かれた。


「ユキア様」


 グレンが僕を見た。


「戦闘判断を預かりながら、私が先に動けなくなりました」


 短く息を吐く。


「最後まで役目を果たせず、申し訳ありません」


「グレンだけの責任ではありません」


 僕はすぐに答えた。


「ゴーレムと戦うと決めたのは僕です。あの時に戻っていれば、揺れが起きる前に外へ出られたかもしれません」


「しかし、揺れを予測することはできません」


「はい。だから、ゴーレムと戦ったこと自体が間違いだったとは思いません」


 予測できなかったから仕方がない。

 それだけで終わらせれば、次に同じような異変が起きた時も困る。


「帰りに残す余裕が足りなかったんだと思います。グレン一人の失敗にするのではなく、次はパーティ全体で、もっと安全に戻れる形を考えましょう」


 グレンはしばらく黙っていた。


 やがて、グレンは静かに頭を下げた。


「はい。次に生かせるよう、余力の残し方を考えます」


「話がまとまったところで悪いが、さっき聞いたダンジョンの話で、気になったことがいくつかある」


 ラウガが腕を組んだ。


「まず、グレン、イリス、ミロス。守りに意識が寄りすぎだ」


 グレンとイリスが表情を引き締め、ミロスも黙ってラウガを見る。


「初めて入るダンジョンだ。慎重になるのは分かる。しかも、坊主とシリウスを守る仕事もある」


 そこで言葉を切る。


「だが、ダンジョンじゃ重すぎる」


 ミロスが顔を上げた。


「重すぎる、っすか」


「強え奴が相手なら分かる」


 ラウガが続けた。


「だが、雑魚相手までいちいち受け止めてから倒してたら時間がかかる。戦うたびに全員で魔力を強めて、終わったらまた抑える。そんなことを繰り返してりゃ、奥へ行く前に酔うぞ」


 ラウガは三人を順に見た。


「雑魚なら、すぐ落とせ。楽に倒せる相手にまで、全員で守りを固める必要はねえ」


「ですが、前で仕留めきれなければ、後ろへ通してしまいます」


 グレンがすぐに返した。


「何十体も通すって話じゃねえ。少し抜けたところで、今の連中なら何もできずに倒れる奴はいねえだろ」


「実際、帰りは坊ちゃんが前へ出てから、少し進みやすくなったっすね」


 ミロスが続ける。


「俺たちが前で受けるより、魔力を抑えていられる時間が長かったっす」


 自分で決めたこととはいえ、ミロスの口からそう聞くと、少しだけ肩の力が抜けた。


「雑魚戦で理想に近えのは、坊主のやり方だ」


 ラウガが僕へ顎を向けた。


「僕ですか」


「必要な時だけ魔力を解放して、倒したらすぐ抑える。倒せる相手なら、それで終わりだ」


 帰るためにとっさに選んだ戦い方だった。

 それをラウガから「理想に近い」と言われるとは思っていなかった。


 ラウガは僕の顔を見て、眉を寄せた。


「まあ、敵が間合いへ入るまで魔力を抑えて、紙一重で斬るような、頭のネジが何本か抜けた戦い方まで真似しろとは言わねえが」


 僕は苦笑いした。


 その横で、リズが何度も頷いている。


「リズ、そんなに頷かなくても」


「ですが、危ないです」


 リズは唇を結び、じっと僕を見つめた。


「そこは否定できないけど」


「真似するのは、そっちじゃねえ」


 ラウガが呆れたように息を吐いた。


「魔力を強める時間を短くしろって話だ。雑魚を一撃で落とせるなら、受け止めて、崩して、倒すようなことはしなくていい」


 ラウガはそこで一度言葉を切った。


「それと、もう一つ」


「後ろが弱え」


 ニコの肩がわずかに動いた。

 リズも、自分のことを言われたと思ったのか、姿勢を正す。


「お前らが悪いって話じゃねえ」


 ラウガが二人へ言った。


「リズは治癒役、ニコは荷物持ちだ。二人とも、敵を倒すのが一番の役目じゃねえ」


 ニコは少しだけ力を抜いた。


「今の並びじゃ、後ろから攻める奴が足りねえんだ」


 たしかに、狭い通路では、三人いても全員が前へ出られるとは限らない。


「兵をやってんなら、弓くらい使えねえのか」


「全員、基礎訓練は受けています。専門ではありませんが、扱うことはできます」


 グレンが答えた。


「……使用は可能です」


 イリスが一拍遅れて付け加える。


「ずいぶん頼りねえ言い方だな」


「命中すれば倒せます」


「そこが一番心配なんすけど」


 ミロスが小さくつぶやいた。


「まあ、それでもいい。雑魚戦だけでも使えるようにしとけ。前へ出られねえ場所から攻撃できりゃ、無駄にはならねえ」


「ということは」


 シリウスが身を乗り出した。


「僕がもっと強い魔法を使えるようになれば、兄様の役に立てるということですね!」


 ラウガは、シリウスの勢いにわずかに目を見開いた。


「まあ、使えるようになりゃ、役には立つだろうな」


「はい! がんばります!」


 シリウスは強く頷き、僕の方を見て嬉しそうに笑った。


 役に立てる道が見えたことが、よほど嬉しいらしい。

 僕もつられて口元が緩んだ。

 ただ、張り切りすぎないよう、少し気をつけて見ておいた方がよさそうだ。


 ラウガはシリウスから僕へ視線を移した。


「立場も何も考えねえなら、雑魚相手の理想は、坊主が一番前だ」


 グレンとイリスの顔が、同時に険しくなる。


「シリウスがその近くで動いて、グレン、ミロス、イリスは後ろから射る。リズとニコとバウルは、今の役目を続けりゃいい」


「ユキア様を先頭に立たせるのですか」


 グレンが即座に返した。


「僕も反対です。兄様だけを前に出す必要はありません」


 シリウスまで加わった。


「だから、立場を考えねえ場合の理想だっつってんだろ」


 ラウガが面倒そうに頭を掻く。


「そのままやれとは言ってねえ。坊主は守るもんだって決めたところから、全部考え始めるなって話だ」


 グレンは答えず、僕を見た。


 護衛としては、受け入れにくい案なのだろう。

 それでも、帰り道で僕が前へ出たことで、先へ進めたのも事実だった。


「実際にどうするかは、自分らで決めろ」


 ラウガはそう言って、焚き火のそばへ腰を下ろした。


「ただ、ダンジョンを進むなら、鍵になるのは坊主だと俺は思ってる」


 僕は思わず目を瞬いた。


「強え奴を倒せるからじゃねえ。そういう相手と戦う前に、雑魚で全員が酔うのを減らせるからだ」


 だとしても、奥へ進むための鍵になるとまでは考えていなかった。


「雑魚は坊主を中心に落とす。強えのが出たら全員でやる。そうすりゃ、今より奥へ進めるかもしれねえ」


 そこに、ラウガたちまで加われば、さらに安定しそうだ。


「それなら、次はラウガさんたちも一緒に入るのでしょうか」


 僕が尋ねると、ラウガは首を横へ振った。


「最初から一緒に固まって入っても、全員が戦えるわけじゃねえ。俺なら、先に坊主らを入れる」


「私たちだけで、ですか」


 グレンの声が硬くなる。


「坊主らが雑魚を倒しながら進む。俺らは少し遅れて入って、後を追う」


 ラウガは指で地面へ二本の線を引いた。


「強えのがいたら、そこで追いついて全員でやる。何か起きても、俺らが後ろから助けに入れる」


 今回、後ろに余力のある人たちが残っていたなら、帰り道は少し違っていたかもしれない。


「離れすぎたら、助けに入れないよ」


 フィンが口を挟んだ。


「離れすぎねえようにはする。だが、すぐ追いつく必要もねえ。待つ時間ができたなら、その分休めばいい」


 全員で同じように消耗しながら進む以外の道は、少しだけ見えた気がした。


「今日はここまでにしましょう」


 僕は皆を見た。


「まずは休んで、明日以降に改めて考えます」


 話を終える頃には、日は完全に落ちていた。


 焚き火の明かりの外は暗く、木々の形もほとんど見えない。

 森の奥から、葉の擦れる音が聞こえる。


 バウルの耳が動いた。


「来ます」


 短い声に、空気が変わった。


 警備の者たちが武器を構える。

 ミロスとイリスが立ち上がり、シリウスも剣へ手を伸ばした。

 ラウガとフィン、ミレアも森へ向き直る。


 暗闇の中から、重い足音が近づいてくる。


「熊です」


 バウルが続けた。


 木々の間から、大きな影が姿を現した。


 白い傷の熊だった。


 小型の魔獣を二体、口に咥えている。


 熊は中継拠点へ入り込まず、防柵から少し離れた場所で足を止めた。

 咥えていた魔獣を地面へ置く。


 一体に前脚を乗せ、もう一体を咥え直すと、こちらの手前へ放った。


 湿った音がする。


「帰ったんじゃなくて、狩りに行ってたみたいだね」


 フィンが弓から手を離した。


「また持ってきたんすか」


 ミロスも剣を下ろす。


「受け取っとけ」


 ラウガが言った。


 僕は熊へ顔を向ける。


「いただきます」


 やはり言葉が通じた様子はない。

 熊は自分の前に残した魔獣に噛みついた。


「前と同じものを、少しだけ用意してもらえますか」


 ニコが立ち上がった。


「持ってきます」


「お願い」


 しばらくして、ニコが魔力抜きを済ませた肉と果物を持って戻ってきた。


 ラウガが受け取り、熊の少し手前へ置く。


 熊は食べるのを止め、顔を上げた。

 肉と果物へ鼻先を近づけ、匂いを確かめる。


 先に肉を食べ、続けて果物も口にした。

 食べ終えると、何もなくなった地面へもう一度鼻先を寄せる。


 僕は熊を見ながら言った。


「魔獣を渡せば、おいしいものがもらえると覚えたのでしょうか」


「少なくとも、僕たちのことは覚えているんですよね」


 シリウスの声が弾んだ。


「食べ物をくれる相手として、かもしれないけどね」


「それでも十分です!」


 熊は地面から鼻先を上げ、自分の獲物へ戻った。


 骨を噛む音が、焚き火の向こうから聞こえる。

 やがて食事を終えると、熊は森へ出る前に休んでいた場所の近くへ歩いた。


 大きな身体を伏せる。


 森で枝が揺れると、熊の耳が動いた。


 警備の者たちは、まだ熊から目を離さない。

 けれど、先ほどまでより構えは少しだけ緩んでいた。


 熊が何を考えているのかは、やはり分からない。

 獲物と食事を交換したつもりなのかも分からない。


 少なくとも、帰ったわけではなかったらしい。


 焚き火の明かりの外には、熊の大きな背中があった。

 その背中を眺めながら、ラウガの言葉を思い出す。


 僕が、ダンジョンを進むための鍵になる。

 そう言われた時、不安よりもわくわくする気持ちの方が強かった。


 頭のネジが何本か抜けている。

 たしかに、そうなのかもしれない。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ