第7話 魔力なし四男は老人の家を訪ねる
翌日の午後、僕は案内役の使用人に連れられて屋敷を出た。
向かう先は、昨日、庭でぶつかった老人――エルヴィンの家だ。
痩せた身体に、妙に鋭い目をした人だった。
怖いというより、こちらの中身を見ようとしてくる感じがある。
父の命令とはいえ、あの人と二人で話すことになると思うと、妙に落ち着かない。
……まさか、魔力が少ないからといって、変な実験台にされたりはしないよね。
ない。
たぶん。
どちらにせよ、僕にとっては、魔力について聞けるかもしれない数少ない機会だ。
屋敷を出て少し行くと、空気が変わった。
窓から見ていた世界。
いざ、敷地の外へ出ると、全然違う。
僕は、いつもより深く息を吸った。
外だ。
たったそれだけのことなのに、妙にうれしい。
僕は、敷地の外を自分の足で歩く機会がほとんどない。
魔力の少ない子どもは身体が弱い。
そう見られているから、無理をさせない方がいい、という理由がまずある。
それから、もう一つ。
魔力なしの子を、他家の目に触れさせたくない。
そういう理由も、たぶんあった。
誰かがはっきりそう言ったわけではない。
けれど、貴族の集まりや他家への挨拶に、僕が連れて行かれることはなかった。
別に、行きたかったわけではない。
知らない大人に囲まれて、魔力がどうとか、将来がどうとか、そんな目で見られるくらいなら、屋敷の隅で本を読んでいた方がずっといい。
とはいえ。
外の空気は、普通に気持ちいい。
足元の土は、屋敷の庭道より少し硬い。
荷車の跡に靴底が傾いて、僕は歩幅を直した。
屋敷の窓から見ていた道を、今は自分の足で歩いている。
ただそれだけなのに、いつもより遠くへ来たような気がした。
そんなことを考えているうちに、ヴァンハルト邸から少し離れた場所に、小さな家が見えてきた。
大きな貴族屋敷ではない。
けれど、粗末な家というわけでもなかった。
古い建物を手入れして使っているのだろう。
派手な装飾こそないものの、壁も屋根もきちんと整えられ、窓や扉にも傷んだ様子は見えない。
使用人が扉を叩く。
「エルヴィン様。ユキア様をお連れいたしました」
少し間があった。
「入れ」
低く、少しかすれた声が返ってきた。
使用人が扉を開ける。
僕は軽く息を整えてから、中に入った。
部屋に足を踏み入れて、まず思った。
普通の老人の部屋ではない。
壁際には本が積まれている。
棚にも本、机にも本、床にも紐でくくられた紙束があった。
丸められた地図らしきものが壁に立てかけられ、古びた道具や、用途の分からない石、魔獣素材らしきものが箱に入っている。
匂いも、少し変わっていた。
古い紙と、乾いた草と、獣の骨のような匂い。
そこに、かすかな金属臭が混じる。
家庭教師の部屋とは違う。
ここにあるものは、きれいに学ぶための道具ではなく、どこかから持ち帰られた記録や残骸のように見えた。
部屋の奥に、エルヴィンが座っていた。
昨日見た通り、痩せた老人だった。
けれど、ただ弱っている感じはしない。
片足を少しかばうような座り方をしているのに、視線だけはまっすぐこちらへ向いている。
「ご苦労。あとは置いていけ」
「はい。ユキア様、頃合いを見てお迎えに上がります」
「分かりました」
「迎えを忘れるなよ。坊主を泊める支度はしておらん」
案内役の使用人は一礼し、扉の外へ下がった。
部屋に、僕とエルヴィンだけが残される。
……うん。
怖い人じゃないといいなぁ、と思っていた昨日の僕へ言いたい。
少なくとも、気楽な人ではなさそうです。
僕は姿勢を正して頭を下げた。
「ユキア・ヴァンハルトです。本日はよろしくお願いいたします」
「堅い」
第一声がそれだった。
「……はい?」
「子どもがそんな挨拶をしても、肩が凝るだけじゃ。そこに座れ、坊主」
エルヴィンは顎で椅子を示した。
「失礼します」
僕は椅子に腰を下ろした。
座った瞬間、エルヴィンの目が細くなる。
昨日と同じ目だ。
正面から見られているのに、背中の方まで探られているような気がする。
「坊主」
「はい」
「魔力とは何だと思う」
いきなり本題だった。




