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ずれた四男の異世界暮らし ~僕の当たり前は、魔力社会の盲点でした~  作者: ただのゆきや
第1章 魔力なし四男

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第6話 魔力なし四男は父に呼び出される

 その頃、屋敷の書斎では、アルノルトとエルヴィンが向かい合っていた。


 重い机の上には、領地の地図と、いくつかの報告書が置かれている。

 窓の外から差し込む光はすでに傾き始めており、室内の空気は昼間より落ち着いていた。


「そういえば、東の森はどうじゃ」


 エルヴィンが、何気ない調子で言った。


 アルノルトはわずかに眉を動かす。


「なぜ東の森を気にする」


「少し、他所で妙な噂を聞いた。念のためじゃ」


「大きな変化はない。魔獣が増えたという報告もない」


「ならよい」


「ただ、普段は出ない場所で小型の魔獣の痕跡があった」


 エルヴィンの視線が、地図の端で止まった。


「被害はない。森番も、今のところ問題とは見ていない」


「なら、騒ぐ話ではないな」


「お前が聞いたのだろう」


「聞いただけじゃ。だが、同じ報告が続くなら、奥を疑え」


「奥で何かあったと?」


「可能性の話じゃ」


「相変わらず、嫌な見方をする」


「楽な見方をして死ぬよりはましじゃ」


 アルノルトは少しだけ目を細めた。

 普通の相手なら無礼と取る言い方だろう。

 だが、エルヴィン相手には怒る様子を見せなかった。


 二人の間には、長い付き合いの中でできた距離がある。

 近すぎず遠すぎず、余計な飾りを必要としない距離だ。


 しばらく領地の話が続いた後、エルヴィンがふと話題を変えた。


「四男の坊主、魔力足らずと聞いたが」


 アルノルトの視線が、報告書からエルヴィンへ移る。


「検査ではそう出ている」


「ふむ」


「何が言いたい」


「妙な小僧じゃ。魔力が少ないにしては、妙に動く」


 アルノルトはすぐには答えなかった。


 ユキア。

 ヴァンハルト家の四男。


 誕生直後は、四男として一定の期待を受けていた。

 だが、魔力の扱いに問題があると分かってから、その期待は下がっている。


 アルノルトにとって、それは感情ではなく評価の問題だった。

 家の役に立つなら使う。使えないなら、優先度は下がる。

 それだけのことだった。


「虚弱ではない」


 アルノルトは短く言った。


「ただし、魔力が扱えん」


「そこが気になる」


「魔力の少ない子など、珍しいだけだ」


「珍しいだけなら、わしは言わん」


 エルヴィンは口の端をわずかに上げた。


「あの坊主、魔力の気配が無さすぎる。だが、動きは鈍りきっておらん。魔力が抜け落ちた子どもの動きではない」


「お前は、何か見たのか」


「まだ何も」


 エルヴィンはあっさりと言った。


「だから見たい」


 アルノルトは黙った。


 やがてエルヴィンが、杖の先で床を軽く叩いた。


「アルノルト。あの四男坊、しばらくわしに預けてみんか」


「ユキアをか」


「住み込みで寄越せとは言わん。通わせろ。空いた時間でよい」


「お前が人に興味を持つとは珍しい」


「珍しいから言っておる」


 エルヴィンの声には、面白がる響きがあった。

 ただし、子ども好きの老人が珍しい子をかわいがりたい、という調子ではない。


 アルノルトは地図へ目を落とした。


 四男に特別な期待をかけるつもりはない。

 だが、エルヴィンが自分から興味を持つことは珍しい。

 そして、ユキアが知識を得ること自体は無駄ではない。


 魔力が使えないなら、使えるものを探すしかない。


「……よかろう」


 短い返答だった。


 エルヴィンは満足げに、しかしどこか楽しげに目を細めた。


          ◇


 その話が、僕の知らないところで決まっていた頃。


 僕は子ども用の読書室で、シリウスと本を読んでいた。


 読んでいる、と言っても、シリウスは横から覗き込んでいるだけに近い。

 僕が文字を追い、ところどころ声に出して読む。

 シリウスはそれを聞きながら、挿絵に目を輝かせていた。


 今日開いていたのは、動物についてまとめた本だった。

 子ども向けなので、絵が多い。

 ただし、実物に出会ったら危険なものも普通に載っている。


 異世界の子ども向けの本、なかなか油断ならない。


「ユキアにいさま、フォルフって強いんですか?」


 シリウスが、ページの端に描かれた騎獣の絵を指さした。


「強いと思うよ」


「馬よりですか?」


「たぶんね。走るだけじゃなくて、戦うこともできるみたいだから」


 シリウスの目がさらに輝いた。


「ぼくも乗れますか?」


「そのうち乗れるかもね」


「やったぁ! その時はユキアにいさまも一緒ですよ」


「僕も?」


「はい! にいさまと一緒なら、フォルフもきっと喜びます!」


 根拠はなさそうだった。


 でも、シリウスは本気でそう思っている顔をしていた。

 その真っすぐさを前にすると、ありがたいような、少し困るような気持ちになる。


「ああ、楽しみにしてるよ」


 僕がそう答えると、シリウスは満足そうに笑った。


 その時、扉の外から控えめなノックの音がした。


「失礼いたします」


 入ってきたのは、執事のオズワルドだった。

 いつものように背筋が伸び、表情は静かで、感情はほとんど読めない。


「ユキア様」


「はい」


「旦那様がお呼びでございます」


 僕の手が、本の上で少し止まった。


 父が僕を呼ぶ時は、軽い用件ではないことが多い。


 シリウスが不安そうに僕を見る。


「ユキアにいさま、なんでしょうか?」


「さあね。大丈夫さ」


 僕は本を閉じ、シリウスの頭に軽く手を置いた。


「先にここまで読んでいて。戻ったら続きを見よう」


「……はい」


 シリウスはうなずいたが、まだ心配そうだった。


 僕はオズワルドについて、父の書斎へ向かった。


 扉の前で一度息を整える。

 オズワルドが中へ声をかけ、許可を得てから扉を開けた。


「ユキア様をお連れいたしました」


「入れ」


 父の声は短かった。


 書斎に入ると、アルノルトは机の向こうに座っていた。

 部屋には地図と紙があり、茶の香りがわずかに残っていた。


「ユキア」


「はい、父様」


 僕は姿勢を正す。


 父の前では、余計なことを言わない方がいい。

 言葉は短く、必要な分だけ。


「明日の午後、エルヴィンのもとへ行け」


 思いがけない言葉だった。


「……僕が、ですか?」


「そうだ。お前に話があるそうだ」


「エルヴィン様というのは、今日いらしていたお客様でしょうか」


「元冒険者だ。魔力、魔物、ダンジョンに詳しい」


 父はそれ以上、詳しく説明しなかった。

 それで十分だ、ということなのだろう。


 僕は昼間、庭でぶつかった老人を思い出した。

 痩せた身体。

 鋭い目。

 こちらを見透かすような、妙な圧。


 あの人が、エルヴィン。

 使用人たちが噂していた、魔力に詳しいという元冒険者。


 なぜ、その人が僕に話を?


 疑問は浮かんだ。

 けれど父の前で、あれこれ聞き返す空気ではなかった。


「分かりました」


「余計な無礼はするな」


「はい」


「学べるものがあるなら、拾ってこい」


 それは励ましではなかった。

 期待でも、たぶんない。


 けれど、完全に無意味だと切り捨てる言葉でもなかった。


 僕は静かに頭を下げた。


「失礼します」


 書斎を出ると、廊下の空気が軽く感じた。


 明日の午後。

 僕は、あの妙に目の鋭い老人のもとへ行くことになった。


 昼間の庭で感じた視線を思い出す。


 エルヴィンがなぜ僕に興味を持ったのかは分からない。

 でも、魔力について何か知るきっかけになるかもしれない。


 不安はある。

 期待も、少しだけある。


 あの鋭い目が、僕の何を見ていたのか。

 その答えを知るのは、明日の午後だ。


 ……できれば、怖い人じゃないといいなぁ。


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