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ずれた四男の異世界暮らし ~僕の当たり前は、魔力社会の盲点でした~  作者: ただのゆきや
第4章 東の森のダンジョン

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第61話 四男は変わった訓練場に向かう

 訓練場へ向かうと、すでに何人かが集まっていた。


 イリスは、シリウスの立ち位置を確かめるように、訓練場の端から全体を見ていた。

 ニコは水筒や手拭いをまとめ、バウルは槍を抱えたまま、足元の石を端へ寄せている。


「バウル、石取りしてくれてるの?」


「はい。走る時に踏むと危ないので」


「それは助かる。ありがとう」


 バウルのしっぽが、少しだけ左右に揺れた。


 本人は真面目な顔のままだ。

 けれど、しっぽだけは隠しきれていない。


「偉いです、バウル」


 シリウスが当然のように近づき、バウルの頭をわしわしと撫で始める。


「えっ、あの、シリウス様」


「ちゃんと先に危ないものを片づけるのは大事ですよ」


「そ、それは分かりますが、僕はそんな子どもではありません」


「でも、しっぽは嬉しそうです」


「しっぽは関係ありません」


 シリウスはにこにこしながら、もう少しだけバウルの頭を撫でた。


 バウルは困ったように耳を伏せた。

 けれど、しっぽはさっきより大きく揺れている。


 バウルも、この三年でだいぶ馴染んだ。

 それでも、褒められるとしっぽが動くところは変わらない。


 それがちょっとかわいいと思っているのは内緒だ。

 そして、僕も撫でてみたいと思っているのは、もっと内緒だ。


 訓練場の向こうでは、ラウガが大きく肩を回していた。

 フィンは弓を手に取り、弦の張りと矢の状態を確かめている。


「おう、坊主。邪魔してるぜ」


「いえ、冒険者ギルドの訓練場には行かないんですか」


「こっちのほうが器具が充実してるからな」


 訓練場の端には、木剣や盾とは別に、鉄の重りが並んだ一角がある。


 鋳鉄で作ってもらったダンベル。

 長い棒の両端に重りをつけるバーベル。

 重さを変える重量プレート。


 最初に並べたころは、ずいぶん奇妙な目で見られた。

 武器でもなく、防具でもなく、ただ重いだけの鉄を持ち上げたり下ろしたりするのだから、当然かもしれない。


 けれど三年も経つと、道具は少しずつ増え、今では訓練場の一部として扱われている。


「他の人と手合わせするなら、あっちのほうが都合良いんだけどね」


 フィンが小さく笑った。


 全員が揃うと、まずは軽い走り込みから始めた。


 ただし、普通に走るのではない。

 魔力を抑えた状態で行う。


 僕の場合は、もともと自然に魔力が巡らないから、普通に走るだけだ。


 グレンとミロスは、三年前に比べればかなり安定している。

 最初は、魔力を抑えただけで足運びがぎこちなくなっていたのに、今は重さを抱えたまま前へ進めているように見えた。


 ただ、魔力がきちんと抑えられているかは、僕が見ただけでは分からない。

 フィンのように魔力の扱いに長けている人が見れば、多少は分かるのかもしれない。

 それでも、本人の感覚と、外から見た動きの変化を合わせて確かめていくしかない。


 軽い走り込みで身体を温めた後は、技術訓練に移る。


 ここでは、普段どおりに魔力を使う。

 技術を確かめる時間にまで無理に抑えれば、今度は本来の動きが確認できなくなる。


 だから、技術訓練と魔力抑制は分ける。


 グレン、ミロス、イリスが中心になり、それぞれの武器や役割に応じた動きを確認していく。

 ラウガたち冒険者がいる時は、こちらから手合わせを頼むこともあった。


 この日は、グレンがラウガに相手を頼んでいた。


 ラウガが踏み込み、グレンが受ける。

 重い打ち込みがぶつかる音が、訓練場に響いた。


「お」


 ラウガの口の端が上がる。


「前より粘るじゃねえか」


「まだ、押し返すだけで精いっぱいです」


「押し返せりゃ上等だ」


 完全に互角とは言えない。

 ラウガの方がまだ余裕を残している。


 それでも、三年前のグレンなら、受けただけで後ろに飛んでいたはずだ。


 その後も、何度か相手を替えながら、技術訓練は続いた。


 それを終えると、筋トレ場へ移った。


 ここでは、また魔力を抑える。


 力を入れる時、この世界の人は無意識に魔力を使う。


 けれど筋トレでは、その助けがかえって邪魔になる。

 身体にかかるはずの負荷まで、魔力が肩代わりしてしまうからだ。


 だから、魔力を抑え、身体そのものへ負荷をかける。


 鍛えた身体に魔力を巡らせれば、ただ魔力に頼っていた時より強く動けるかもしれない。

 身体の強さを魔力がさらに押し上げるのだと考えれば、受けも、打ち込みも変わるはずだ。


 少なくとも、グレンとミロスの三年間を見る限り、この方向性は外れていなかったと思う。


 グレンは、重いバーベルを持ち上げる前に、呼吸を整えた。

 肩、背中、腕の厚みが、三年前とは違う。

 派手に大きくなったというわけではないが、見ただけでも分かるくらい変わっていた。


 ミロスも、腕や脚は締まり、身体つきが前よりしっかりしていた。


「……何回やっても、楽にはならないっすね」


 ミロスが、ダンベルを持ち上げながら言う。


「グレンさん、よく黙って続けられるっすね」


「喋ると余計にきつい」


「俺は喋らないと、もっときついっす」


 ラウガがダンベルを手に取り、片手で持ち上げた。


 腕の動きは安定している。

 けれど、見ていると、ふっと力が立ち上がるような気配があった。


「ラウガ、少し巡りが強いね」


 フィンが横から声をかける。


「……分かってる」


 ラウガは短く返した。


 次に腕を下ろす時、肩と腕の力の入り方が、わずかに変わる。


 魔力を使っていないように見えても、完全に抑えきれているわけではない。

 長く戦ってきた人ほど、身体を動かす時に魔力がスムーズに巡る。


 それを抑えたまま鍛えるには、重さの加減も必要になる。


 重すぎれば、身体が耐えようとして魔力が強く巡ってしまう。

 軽すぎれば、今度は身体そのものに負荷がかからない。


 魔力を抑えたまま、身体にちょうどいい負荷をかける。


 言葉にすると簡単だけれど、その加減は難しいらしい。


 そのうえ、僕やシリウスは、大人と同じ負荷をかけるわけにはいかない。

 以前より成長したとはいえ、無理に重さを追えば、鍛える前に傷める。


 前世でも、成長途中の身体に無理な負荷をかけるのはよくないと聞いた覚えがある。

 細かい理屈までは覚えていないけれど、重ければいいというものではない。


 自重と体幹。

 それから、軽いダンベル。


 今の僕には、それで十分だ。


 シリウスは、グレンたちが使っている重りの方をちらりと見た。


 気持ちは分かる。

 大きな重りを持ち上げる方が、いかにも鍛えている感じがする。


「シリウスも、今日は僕と同じ内容ね」


「……兄様と同じですか」


「うん。同じ」


「分かりました!」


 こういう時のシリウスは、扱いやすい。

 強く止めるより、同じ、と言う方が素直に聞いてくれる。


 シリウスが、僕の腕と自分の腕を見比べた。


「兄様みたいになるには、どれくらいかかりますか」


 そう聞かれると、少し答えに困る。


 僕は六歳の頃から、魔力に頼れないまま身体を動かしてきた。

 走る時も、木剣を振る時も、身体を支える時も、まず頼るのは魔力ではなく筋肉だ。


 普通なら魔力が肩代わりしてしまう負荷も、僕の場合は身体そのものに乗りやすい。

 その分、同じ訓練をしていても、筋肉への負荷はかなり違ってくるのだと思う。


 その積み重ねのせいか、同じ年頃の子と比べれば、腕や脚、背中の厚みはかなり違っている。


「焦らなくていいよ。シリウスはまだ身体が伸びている途中だから」


「でも、兄様くらいしっかりしていた方が、かっこいいです」


 この世界でも、鍛えた身体はちゃんとかっこいいようだ。


「じゃあ、なおさら無理はしないこと。傷めたら訓練できなくなるからね」


「はい!」


 訓練場の一角だけを見れば、ずいぶん不思議な光景だと思う。

 剣を振るわず、魔法も使わず、ただ鉄を持ち、身体を支え、息を整えている。


 その後、締めに短い持久走を行った。

 魔力を抑えたまま走るだけでも、疲れた身体には十分きつい。


 走り終えると、皆それぞれ訓練場の端へ下がった。


 ミロスが水を飲み、深く息を吐いた。


「俺、最後の走り込みが一番嫌いっす」


「俺も楽ではない」


 グレンが水を飲んでから答えた。


「え、グレンさんでも?」


「当然だ」


「なら、もう少し嫌そうな顔してくださいよ」


「必要ない」


 ラウガが、がははと笑った。


「坊主の訓練は地味だが、逃げ道が少ねえな。魔力で楽をしようとすると、すぐ止められる」


「楽をするために抑えているわけではありませんから。必要な時に、ちゃんと使うためです」


「言うようになったじゃねえか」


 フィンは水筒を置き、静かに言った。


「森やダンジョンでは必要なことだからね。やらないと進まない」


 ダンジョンという言葉で、意識が東の森へ向いた。


 記録の上では、魔物の目撃も、魔獣の増加も、少しずつ積み上がっている。

 それでも、実際に奥へ踏み込めているのかは分からない。


「ラウガさん」


「あ?」


「ダンジョンの調査は、今どうなっていますか」


 ラウガは水筒を下ろし、少しだけ表情を変えた。

 さっきまでの軽さが消える。


「奥へ踏み込めている、とは言えねえな」


「まだ難しいですか」


「ああ。ただ、入口の近くで魔物を間引いて終わり、って段階でもなくなってきてる」


「本格的に中へ入る、ということですか」


「まだ決まっちゃいねえ。だが、攻略するなら何がいるか、って話は出てる」


 ラウガは、指で訓練場の土を軽く叩いた。


「監視記録はだいぶそろってきた。魔物の出方、魔獣の増え方、草や土の変化、魔力酔いの出方。ガレスとエーベルトの間でも、そういう話は出てる」


 正式に決まったわけではない。

 けれど、準備を考えるところまでは来ている。


 それだけで、遠くにあったものが少し近づいた気がした。


「問題は、長くいられねえことだ。戦闘中はともかく、戦闘以外では魔力を抑える必要がある。寝ている間まで抑え続けることはできん」


 ラウガが続ける。


「魔力酔いがある。魔物もいる。進むだけじゃない。帰ってくることも考えなきゃならん」


「攻略するなら、どうするんですか」


「近くに一時的に休める場所を作る案もあるらしいな。交代で進む話も出てる」


 ラウガの言葉は淡々としていた。

 けれど、その一つ一つが重かった。


 ラウガのように強い人が、魔力を抑えて奥へ進めばいい。

 そういう単純な話にはならないらしい。


 ダンジョンへ入るということが、前より重く感じられた。


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